第66話 依狛ママ
「ええ、余裕も余裕ですよ。琥珀様に比べれば、あなたたちなんて蟻以下です。自分の天敵は狐とか鳥とか……そんな感じの奴らでして、人間なんて怖くもなんともありません!」
余裕綽々といった様子で煽り続ける依狛。そんな彼女の煽りに、イカサマ被害者たちは怒りを募らせる。
「余裕ぶってんじゃねえぞ!」
一人の男が依狛に向かって殴りかかる。だが、彼女はそれをひらりとかわすと、男の懐に入り込んだ。そして、そのまま掌底を顎に打ち付ける。
「ぐはっ……」
たった一撃で男は気絶してしまった。
「こいつ!」
別の男が依狛に向かって蹴りを放つ。前方からの蹴りだったが、その足を中心に体を空中で回転させ、それをかわした。
「なっ……」
それどころか、回転の勢いを生かして、そのまま背後にいた男の腹に回し蹴りをお見舞いする。
「ぐふっ……」
二人を瞬く間に倒してしまうと、依狛はニヤリと笑みを浮かべる。
「雑魚乙です。さあ、残りもかかってきてください。まとめて相手になりますよ」
「く、クソがぁぁあぁ!」
☆★☆
「ふぅ……」
あっという間に、イカサマ被害者は全員地に伏していた。それを見届けると、依狛は大きく息を吐く。
「大丈夫ですか? 真白様」
「うん……」
差し出された手を取ると、感じていた恐怖が薄れていくのがわかる。先程まであんなに怖かったのに……。
「まったく、真白様も真白様ですよ!」
「え……」
「まさか術を使って自分の手助けをしていたなんて……。いくら神様でもやっていいことと悪いことがあります!」
「ご、ごめんなさい……」
普段は謝ってばかりの依狛が珍しく怒っている。それだけ心配をかけていたのだと思うと申し訳なくなってきた。
「わかればよろしいのです。でも、今回は本当に危なかったんですからね!」
「う、うん……」
「まったくもう……」
呆れたように呟いてから、依狛はイカサマ被害者の方に金の入った袋を放り投げた。
「すみませんでした。お金は全部返します。返しますので、もう自分達には二度と関わらないでください。次来るようなことがあったら、その時は丸焼きになる覚悟をしていて下さい」
「……」
気絶している彼らから返答が聞けるはずもない。はずもないのだが、僅かながら彼らの体がプルリと震えたように見えた。
「さ、帰りましょうか」
「うん……」
依狛が前を歩き出す。俺は彼女のモフモフの手をギュっと両手で握りしめたまま、その後ろを歩き出した。
「なんですか〜。今日は随分と甘えん坊さんですね」
「……ダメ?」
「い、いえ……別に……」
予想外の反応だったのか、照れ臭そうに顔を赤らめる彼女。
そんな彼女が愛おしくて、俺はもっと強く抱きしめた。
「あ、あの……ちょっと力緩めてもらえませんか……。痛いです……」
「やだ……」
「そんなぁ……」
いつも通りの困った表情を浮かべている。けれど、その表情もいつもより少し頼もしく見えてしまって……
「胸も大きいし、依狛の方がお母さんに向いてそう……」
「え? な、なんて!?」
「なんでもない……」
「えぇ……」
困惑する彼女を他所に俺は微笑んだ。
そのとき、足元からチャリンッと何かを蹴飛ばした感触が伝わってきた。それは、銅色に輝くコイン。
「ん? あ! これは銅じゃないですか!!」
慌ててそれを拾い上げると依狛はそれを天高く掲げた。
「これで収支トントンだね」
「はい! ……いや、真白様と楽しめた分、自分たちの大勝利です!」
「そっか……」
嬉しそうな顔を見て、思わず俺も笑顔になってしまう。
「そうだね……」
夕日に打たれた銅貨は、まるで金貨のようにキラキラと輝いていた。
☆★☆
「それで……どこに行っていたの?」
「え、えと……まあまあ、落ち着いてくださいよ。千鶴様」
全身に汗をまといながら正座する依狛に、もうあの時のような頼もしさはない。
「落ち着いているわよ? 私は。あなたこそ汗ダラダラで大丈夫?」
「あ……いや…………えと……と、賭場に行っていました……。真白様と……」
「……へえ。私、賭場に行ったの? 真白も連れて?」
「は、はい……」
「おまえはどこまで馬鹿なんだぁ!? お前一人で散財するならいざ知らず、可憐で純情な乙女である真白をあんな汚くて臭い、汚物の掃き溜めみたいな場所に連れて行くなんて……お前は何を考えているの!?」
「ひぃ……で、でも収支はトントンだっ…………」
「収支なんてどうでもいいのよ!!」
千鶴の強烈な地団駄にボロ宿の床はミシミシと音を立てて悲鳴を上げる。
「やっぱり馬鹿は、お灸を据えないとわからないみたいねぇ……」
「ひ、ひぇぇえぇ! す、すみませんでした! ごめんなさい!! 申し訳ありません!!! 自分の全財産である銅一枚を差し出すのでどうかお許しを!!」
「だから……金の……問題じゃないって…………言ってるでしょーが!!!」
「うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」
それから一時間ほど宿の中は依狛の悲鳴だけが鳴り響いていた。
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