第65話 悪いことはするもんじゃないです!
…………………………あれ、止まった?
強く念じていた瞼を開くと、静止した世界が広がっていた。
そして、卓の上には積み直されたばかりの牌の山。
う、上手く行った! 正直あまり期待していなかっただけに驚きが大きい。
けど、これはチャンスだ。これで依狛を助けることができる!
「ふふふ……」
誰も動けないその空間で一人、不敵に笑う。
そして、俺は牌山に手を伸ばした。
見せてやろう……。誰もいない卓で磨き上げてきた俺の積み込みを……。
何を隠そう。俺は積み込みの達人なのだ! 特に誰とやるわけでもなかったが、アニメで見た燕返し(麻雀のイカサマの一種)がカッコよかったので、それとセットで練習してきた……。
今こそその成果を見せる時だ!
*アニメやこの小説でイカサマに興味を持ったとしても、絶対に真似をしないでください。やるとしても、主人公のようにぼっちで、誰にも見られない場所でやりましょう。
牌山をひらくと、その中から役満に必要な牌をかき集める。それを依狛の手に渡るように積み直せば完成だ。
時間が止まっている分、普通の積み込みより遥かに簡単だ。
後は時間を動かすだけ……よし!
「……ん? 少し山が動いたか?」
「は? 気のせいだろ」
「……だよな」
よし……。うまくいった。積み込んだ牌は綺麗に依狛の手に渡っている。
他の奴らは違和感を感じているみたいだけど、時間停止だ。バレるわけがない。
「……!? つ、ツモです!」
「は? 何を言って……」
「天和緑一色四暗刻。親の三倍役満は十四万四千点です!」
「は?」
「はい?」
「はああああ!?」
卓を囲む三人は一斉に声をあげた。
そりゃそうだ。あんなのを見せられたら、誰でも驚く。
「ど、どういうことだ! 何が起きてる! イカサマだ! イカサマに違いない!」
上家が喚き散らす。しかし、証拠がない以上、イカサマだと決めつけることはできない。
「ふふ……。残念でしたね。自分には天運がついているので」
依狛は勝ち誇った顔でそう言い放った。
「……くそが」
上家は苦虫を噛み潰したような顔で呟くと点棒を投げて、席に座り直す。
よし! これなら行ける!
☆★☆
依狛の勢いは凄まじかった。天和が炸裂してから、連戦連勝。次々と点棒を稼いで行き、大勢の客を退店させていた。
俺も何度かイカサマを使ったのだが、まだ見破られていない。
もう金五百枚近く稼いだし、そろそろ潮時かな……。
そんなことを考えていると、とんとんっと肩を叩かれた。
振り返れば、そこにはあの大男が立っていた。
「な、なんですか……」
まさか……イカサマがバレた!? でも、時間停止なんて見破れる訳がない。けど、イカサマ以外の理由で肩を叩く理由も思いつかない……。
「お客さん。ちょっと着いてきて貰おうか……」
「え?」
大男は有無を言わさず、俺の腕を掴むと店の外へと連れ出した。
そのまま、路地裏へと連れて行かれる。
え……なに……これ……。やばくない? もしかして……殴られる? やばい……怖い……。
賭場の路地裏に連れて行かれら奴の末路なんてロクなものが思い浮かばない。まずい……。
表から見えないところまで来ると、彼は壁に向かって俺の体を放り投げた。
「うぐっ……」
背中を強く打ち付け、肺の中の空気が全て押し出される。
痛みに耐えながら、体を起こすと、目の前には拳が迫ってきていた。
「ひぃ……」
思わず情けない悲鳴をあげてしまう。けれど、それは俺の顔面に当たることはなかった。
寸でのところでピタリと止まる。
「……おまえ、イカサマしてただろ。正直に言わないと、次はこの拳がお前の可愛い顔にめり込むことになるぞ」
「い、いえ……そんなことは……」
「嘘をつくな! お前が術を使っていることはわかってんだよ。お前が何やら念じた後、山の位置が少しずれていた。なんの術かは知らんがお前が何かしているのは間違いない!」
「…………」
そんな……気付かれていたなんて……。でも、何の術なのかはまだ見破られていない。それなら、まだ言い逃れも……
「逃げられるとか思ってないよな? 試しにお前がいない状態であの嬢ちゃんに打たせてみるか? きっとボロ負けするだろうよ」
「……っ!!」
「どうした? 反論があるなら言ってくれ」
「す、すみませんでした……」
「ふんっ。最初からそう言えばいいんだ」
そう言うと、男は俺の胸ぐらから手を離した。そして、俺に背を向けると、歩き始める。
「じゃあ、後は好きにしてくれ」
「え……」
男がそう言うと、影から今まで戦ってきた人々がぞろぞろと現れた。
全員が俺の方を見つめている。その瞳からは敵意しか感じられない。
「ちょ、正直に話したのに……」
「なんだ? 俺は手を出さないと言ったが、他の奴らは何もしないとは一言も言ってねぇぜ」
「な……」
「じゃあな」
大男はそのまま立ち去っていった。それとは逆にイカサマ被害者たちはゆっくりと近づいてくる。
「ま、待ってください! お、お金は返すんで許して……」
必死に懇願するが、彼らは聞く耳を持たない。
「へぇ……金を返すだけで許してもらえるとでも? 君はお金を稼ぐためにイカサマをした。それっていけないことだよね? なら、相応の罰を受けなきゃ」
「俺は体で払ってもらえるならそれでいいけどなぁ〜」
「ぎゃははは! そりゃあいい! 体はちっさいけど、顔は悪くないもんな」
下卑た笑い声をあげる男たち。その視線は俺の体を舐めるように這う。
気持ち悪い……。
性的恐怖というものを生まれて初めて感じる。全身が粟立つのがわかった。
このままではやばい……。そうだ……術があるじゃないか。時間を止めて逃げればいい。
深呼吸をして……冷静に、もう一度。
………………
…………
……
止まらない……どうして!? さっきまでは止められたのに。
「おいおい、震えちゃってかわいそうに。安心しろよ。俺たちは優しくする方だからよぉ」
「ひっ……」
やばい……。やばい……。やばい……。
やばいやばいやばいやばいやばい。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
もうだめだ。そう思った時だった……。
ドスンッ!
何かが肉にめり込んで、骨が軋む音が聞こえた。顔をあげてみれば、そこには天を舞う男の姿。
ニ、三回転ほどすると頭から地面に突き刺さった。
一体……何が……。
「はあ……ギャンブル中毒の汚い手で、神聖な真白様の肌に触れないでくれませんか?」
聞き覚えのある声。そして、特徴的な喋り口調。
「テメェら……やっぱりグルか」
「グルとは人聞きが悪いですね。私はただこの方をお守りしていただけですよ。それより、あなたは私の恩人に手を出しましたね? なら覚悟はできているのでしょう?」
「はんっ。お前一人でこの人数に勝てるとでも?」
「ええ、余裕も余裕ですよ。琥珀様に比べれば、あなたたちなんて蟻以下です。自分の天敵は狐とか鳥とか……そんな感じの奴らでして、人間なんて怖くもなんともありません!」
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