第64話 止まれ!

 卓を囲む三人が驚愕の眼差しを向ける。

 それもそうだ。

 いきなり現れた子供が、あり得ないほど強い手を連続で和了したのだから。


「おい! てめぇ! 何しやがった! イカサマか!?」


 大きな声をあげて立ち上がったのは、依狛から見て左、つまり上家の男だ。その顔は怒りで真っ赤に染まっている。

 無理もない。俺だってこんなことが起きたら、台パンどころの騒ぎではない。


「何を言っているんですか? 自分はただ、自分の天運に任せてツモっているだけです。イカサマだなんて失礼な。自分の運の悪さを人のせいにしないで貰いたいです」

「クソっ……てめえ……」

「それとも、証拠でもあるんですか?」


 その言い方はやっている人のやつだよ……。


「ぐぬぅ……」


 上家は悔しそうに歯ぎしりすると、乱暴に点棒を放り投げて店を飛び出していった。


「ふふふ……。見ましたか。これが自分の力ですよ。真白様」

「あ……うん……」

「少し負けたくらいで、あんなに取り乱すなんて……困った人もいるものですね。雑魚乙です」


 コイツ……完全に調子に乗ってやがる……。

 いつもは、食物連鎖最下位みたいな位置にいるから、きっとその憂さ晴らしをしているんだ。

 今の依狛は会社でストレスを溜めて、FPSゲームで死体撃ち、屈伸煽りしている平社員と変わらない。

 ストレス社会の生み出した化け物だ!

 出会った頃はあんなに大人しい子だったのに……一体どんな狐やら巫女やら鳥やらに悪影響を受けてしまったのか……嘆かわしい限りだ。


「さぁ、真白様。どんどん行きましょう!」

「え……まだやるの?」

「当然です。自分はまだまだいけますよ! 次はもっと高い卓で勝負します」

「いや……これ以上は……」


 依狛は天運によるものだと思い込んでいるのだろうが、あれは初心者特有の幸運と言うやつに違いない。

 普通は役満なんて滅多に出ないし、高い卓となれば、上手くて速い人と戦うことになる。

 役満しか覚えていない依狛が、まともに戦えるはずがないのだ。


「大丈夫です。安心してください。なんて言ったって、自分には二人も神様がついているんですから!」

「二人?」

「はい! 啓示をくれた神様と…………真白様です!」

「な……」


 満面の笑みを浮かべる依狛を見て、俺は言葉を失った。

 彼女の笑顔は、この薄暗い空間に生まれた一番星のように眩しく輝いている。


「あ……ありがとう」


 その笑顔に思わず照れ臭くなって、顔を背けてしまう。

 まさか、自分がそんな風に思われているとは思わなかった。

 確かに神様みたいな存在らしいけど、これと言って神っぽいこともしてあげられてないのに……。

 俺も真白の力が使いこなせれば、時間停止の術で積み込みとかできるんだけど……。


「それじゃあ、今度は千点銀一枚のとこに行きましょう! その次は千点金一枚で大金持ちです!」

「あはは……」


 まあ、依狛の増やしたお金だし、好きにさせておこう。


 ☆★☆


「ぐぬぬ……」

「どうした? 早く切れよ」


 まずい……完全に追い詰められている。やっぱり天運なんてものなかったんだ……。

 最初は少し警戒していた他家も、目が獲物を狙う狩人のような目つきに変わっている。

 このままじゃ負ける……。

 借金まみれの、娼館送りになってしまう。それだけは嫌だ……。どうにかしないと……。

 幸い、子供だからかわからないが、観戦していても何も言われない。普通ならイカサマを疑われそうなものだけど……。

 これなら、何かしらの形で依狛を助けられるかもしれない。

 けど、合図とかを決めてるわけじゃないし、やっぱり術を自力で使うしかない。


「ロン。タンヤオドラ4。満貫。八千点だ」

「うぅ……」


 そうこうしているうちにも依狛の点数は削られていく。

 早くなんとかしないと……。

 琥珀が術を使っていた時のことを思い出すんだ……。


………………

…………

……


 いや、だめだ。全く参考にならない。狐火をポッと出して、それを簡単に操っていた記憶しかない。


「ロン。リーチチートイツドラ二。満貫」

「ぐはぁ……」

「おいおい、嬢ちゃん。もう点棒が無くなっちまったなぁ。けどまだ戦いは始まったばかりで、卓に入った以上途中退場は許されない。ってことはどうするべきかわかるよなぁ?」

「しゃ、借金……」

「ご名答。わかってんじゃねぇか。特別に俺が貸し付けてやるから、戦いを続けようぜ」

「うぅ……」


 依狛は絶望の表情で項垂れる。もうさっきまでの明るさはない。

 やばい……状況がどんどん悪くなっている。早く止めないと……。

 止まれとまれトマレ………………止まれ!

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