第63話 突き進む狛犬

 扉を開けると、ムワッとした熱気が溢れ出して来て、思わず顔を背けてしまう。

 室内は薄暗く、天井には提灯ちょうちんのようなものが吊るされており、ゆらゆらと光を放っていた。


 店内では、大勢の客が賭け事に熱中しているようで、大声で怒鳴り合っている。中には喧嘩をしている人もいるようだ。まさに混沌という言葉がぴったりな空間である。……なんか思っていたよりヤバいところだった。

 やっぱりやめようかな……と思い始めた時だった。目の前に突然大きな人影が現れたのだ。


「なんじゃ貴様らは……。ここは子供の来るところではないぞ」


 目の前に現れたのは、身長2メートルはあろうかという巨漢の男だった。

 彼は威圧するようにこちらを見下ろしてくる。

 刺青のようなものも見えるし、到底カタギとは思えない!


「え……あ…………え……あの…………」


 まさに蛇に睨まれた蛙状態だ……。なんとかして逃げなければ……。しかし体は動かない……いや動かせない!……あぁ……もうだめだ……殺される……。


「自分、賭け事に興味があるんです!」


 依狛が前に躍り出て、そう叫んだ。

 いやいやいや! ダメだ依狛! この賭場は綺麗な賭場じゃない。殺されちゃうよ! ほら! 見て! 男のこめかみがピクッと動いた! これはもう駄目だ……!


「……本気なのか?」

「はい! もちろんです! ここにお金だってあります」


 銅貨を自信満々に見せつける依狛。しかし、男の反応はあまりよろしいものではない。


「その程度じゃあ、場代も払えねぇな」

「そんな……」


 依狛は絶望したように膝をついているが、俺は内心ホッとしていた。

 よかった……。これで依狛も諦めがつくだろう。


「……けど」

「けど?」

「ここで俺との賭けに勝ったら、特別に千点あたり銅一枚の一半荘だけ勝負させてやる。お前が負けたらこの銅は俺がもらう」

「……な」


 何を言っているんだ。コイツは……。いま、追い出されて残念さようなら。の流れだったじゃないか!

 それなのに……賭けに勝ったら半荘だって? どうしてそんなことを言い始めるんだ……。せっかく帰れそうだったのに!

 というかその賭けはこっちに都合が良すぎる。何か裏があるんじゃ……。

 もしかして、遊ばせるだけ遊ばせておいて……後で借金として取り立ててきて……体で払うことになって……


「いいですね! その話乗りました! やります! 絶対に勝ちます!」

「ちょ……」


 ダメだ! それは罠だ! やめておいた方がいい!

 そう言いたくても、全く口が動かない。

 男が怖い……。怖すぎる……。

 こんなゴツい男、日本にいた頃でも、恐怖していただろうが、いまはその比ではない。

 俺はか弱い少女なのだ。体が小さい分、男が大きく見えるし、女性であるから暴力以外の恐怖もある。


「よし。賭けの内容は簡単だ。この銅が表ならお前の勝ち。裏なら俺の勝ち。いいな?」

「はい! それで構いません」

「あわわ…………」


 俺が恐怖に震えているうちにも、賭けは進んでいく。


 そして、銅は宙を舞い、クルリと回転した。


「…………」

「…………」


 もはやこうなれば祈るしかない。

 うら裏ウラ裏うらウラ……


 パスッ


 男の手の甲に銅貨が収まった。そして、男はゆっくりと手を開く。


「……表だ」

「……やったぁ!! やりましたよ! 真白様!」

「あ…………が…………」


 喜びの声をあげる依狛だったが、俺の頭の中には絶望の二文字しかなかった。

 終わりだ……おしまいだ……。

 これから一体どんな目に合うのか……。想像するだけで恐ろしい……。


「約束通り……一半荘だけ打たせてやる。それ以上は認めん。もし、それ以上やるなら、金が必要になるからな」

「ふふん。自分には神様がついているので問題ありません。大勝ちして、次の戦いに繋げて見せますよ」


 依狛は余裕の表情で笑っている。しかし、役満しか知識のない彼女に勝てるわけがない。

 しかも、こんな雰囲気の賭場だ。イカサマをしてくる奴だってきっといる。

 ……もはや、覚悟の準備をする他ないだろう。


 ☆★☆


「ロン! 大三元、字一色、四暗刻! 親の三倍役満!! 十四万四千点!!」


 どうしてこうなった……。

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