第57話 話が違うじゃないですか!
「遅いですよー!」
「まったく、待ちくたびれたわ」
依狛は口を尖らせながら、文句を言う。千鶴も呆れ気味だ。でも、その表情はどこか嬉しそうにも見える……。
「ごめん……」
「ふんっ。まあいいわ。とりあえず、これで全員揃ったし、早速遊びましょうか」
「賛成です! 泳ぎましょうよ! 自分、泳ぎには自信ありますよ!」
はやる気持ちを抑えられないのか、依狛はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。その度に砂埃が舞って、彼女の新品の水着に降りかかる。
どうやら無難な黒のビキニを選んだようだ。
布面積が狭いわけではないのだが、彼女の大きな胸が強調されて、目のやりどころに少し困る。
「あ、そう。私はいいわ。日焼けしそうだし」
「私も泳げないから、行ってきていいよ」
「羽が濡れるから無理」
「私も……やめとこうかな……」
「えぇ!?」
ノリノリの依狛とは対照的に、四人揃っての不参加宣言。これには流石の依狛も驚きの声を上げる。
「ど、どうしてですか!? せっかく海に来たんですよ!? 水着買った意味は!?」
「そうね。でも、泳ぐのだけが海じゃないでしょ」
「そ、それはそうですけど……真白様! 真白様はあんなに海に行きたがっていたじゃないですか!?」
「うぐ……確かに行きたかったけど……みんなと一緒にいたいなって……」
自分の言っていることがすこし恥ずかしくて、視線を砂浜に落とす。
すると、肩に柔らかな手が乗せられ、体がピクリと跳ねた。
「へぇ〜お姉ちゃんがそんなこと言うなんて、寂しがり屋なんだね〜」
ニヤリとした笑みを浮かべながら、琥珀は耳元で囁くように言ってくる。
「ち、違うもん……!」
慌てて否定するも、その声はあまりにも弱々しい。自分で言っていても説得力がない。
「ふふ。素直じゃないんだから」
クスッと笑うと、琥珀は俺の頭を撫でた。
それが妙に心地よくて、思わず目を細めてしまう。
「うぅう……琥珀の意地悪……」
「はいはい。意地悪で結構」
「本当に皆さん泳がないんですか?」
「「「「うん」」」」
「そうですか……」
息のあった四人の返答に依狛はがっくりと項垂れる。そしてしばらくすると、納得しきらないような表情で海の方に体を向けた。
「分かりました。じゃあ、自分は一人で海に行ってきます。せいぜい皆さんは皆さんで楽しんでください」
ふてくされた様子の依狛はそのまま海に走って行った。
その背中を見送ると、「じゃあ、私たちも何かしましょうか」と千鶴が言った。
「何するの?」
「さあ? 特に決めてないわ」
「んな、適当な……」
「砂遊びはどう?」
唐突に提案してきたのは、雲雀だ。
「砂遊び? 子供じゃないんだから……」
「ん。けど、ここには無限とも言えるほどの砂がある。作れるものは無限大。四人の力を合わせれば宇宙だって創造することができる」
「それはちょっと大袈裟なような……。でも、いいんじゃないかな。四人で合作を作るの」
「ちょうど日陰が欲しかったところだし。いいよ」
「まあ、真白とならやらないことも……ないわ」
満更でもなさそうな様子の三人を見て、俺も口角が上がってしまう。
「よし! それじゃあ、やろう! 歴史に残っちゃうくらいの超大作を作っちゃおう!」
こうして、俺達は海を背にして、壮大なる砂の芸術を作り始めたのだった。
☆★☆
30分後。
もはや、俺は目の前の光景に呆気を取られて、自分の手を動かすことをやめていた……。
「まあまあ、いい感じ……」
琥珀が横になっているのは、砂の城の下だ。それもかなり巨大な……。
崩れたら生き埋めになってしまいそうなものだが、その城は砂とは思えないほどにカチカチに打ち固められていて、崩れそうもない。一体なにをどうしたらこうなるのか……。
「そっちもなかなか大きいわね」
千鶴の足元にも立派な砂の城が出来上がっているものの、琥珀の物に比べれば遥かに小さい。
合作だったはずなのだが……気づけば琥珀は一人で自分の日陰を確保していた。
「う、うーん……。頭が痛い。ちょっと浅瀬で涼んでくる……」
「いってらっしゃい」
ゆっくりと立ち上がり、千鶴に見送られながら、おぼつかない足取りで歩いていく。しかし、途中でなにか柔らかいものにつまずいて、顔面を砂に埋めた。
「うぶっ……うう……ううう……」
「惜しい。あと少しで踏まれることができたのに」
つまずいたところに目をやると、砂の中から七色の鳥が顔を出していた。その表情はなぜがものすごく残念そうで、理解に苦しむ。
「ひ、雲雀……。なにしてるの?」
「ここに隠れていれば真白に踏んでもらえると思って。けど、計算が甘かった。反省」
彼女は淡々と答える。
いったいなにに反省しているのだろうか……。というか、なんで俺に踏まれるのが前提で話を進めているのだろう……。
琥珀も危ない子だけど、雲雀も別方向の危なさを感じる……。
「次こそは踏まれてみせる。だから、踏みに来てね。真白」
「え、う……うん」
彼女は謎の決意表明をすると、そのままどこかに消えていってしまった。
「もうこんな時間なのね。わたしもお昼ご飯確保してくるわ」
「わ、わかった」
そう言うと千鶴もどこかに行ってしまった。
残されたのは俺と琥珀だけ。けれど、琥珀は眠ってしまっているようで、実質一人ぼっちだ。
束の間の静寂が訪れる。聞こえるのは波の音と風に巻かれる砂の擦れる音だけだ。
(なんか……落ち着く)
いつもならこんな状況になると緊張してしまうのだが……今は不思議と心が落ち着ている。きっと、すぐにまた賑やかな時間が戻ってくると言う確信があるからだ。
「……………?」
しかし、その静寂に僅かな亀裂が入る。
「なんだろう……この匂い」
どこからか香ばしい、魚の焼けるような匂いが漂ってきた。
どこか懐かしいその匂いに誘われるようにして視線を漂わせると、白い煙が立ち上っているのが目に入る。
気づけば、その麓に吸い寄せられるようにして、足が動いていた。
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