第45話 君の未来

「私を傷つけてもいいけど……真白はダメだ」


 今ここで俺は傷ついているんですけど……。あなたが放り投げたことによって……。


「はあ? あなた、頭おかしいの? 自分で傷つけるじゃん!」


 そう言われて初めて、彼女は顔面で滑っている俺の方を見た。


「気付かなかった。けど、あれはあなたから真白を守るために仕方なくやったこと。よって、無罪」


 無表情のまま彼女は淡々と喋る。その表情は自分は悪くないと言っているようで、ずっと見ていると少しずつ怒りが湧いてくる。


「あ、あなたねぇ……」

「まあ、落ち着いた方がいい。私は本当に敵意はないし、真白におしっこをかけられたことも怒ってない」

「え……お、お、お……おしっこ!?」


 琥珀の驚きの声が森に響く。そのとき、反射的に身体が動いた。勢いよく起き上がり、彼女の口を押さえる。


「んーっ」

「ちょ、ちょっと何言ってるかわからないな……」

「べふにわふぁひはなにもふぁるいことはいっふぇない。まひろがおひっこをひっかけたこともだまっては(別に私は何も悪いことは言ってない。真白がおしっこを引っかけたことも黙ってた)」


 パタパタと動く彼女に本気で脱出する気はなさそうだ。しかし、この手は緩めてはいけない。この手を離せば俺の痴態が拡散される恐れがあるからだ……。それだけは何としても阻止しなければならない……。


「むぐー。はなひて。はなひてくれふぁいとまひろのちたいをさらふー(離してくれないと真白の痴態を晒すー)」


 彼女はじっとりとした目つきでこちらを見つめてくる。そんな目で見られたって……。というか、なんで俺がこんな目に……。俺は被害者なのに……。


「ぷはっ」


 手を離したら離したで、痴態が晒されそうな気もしたが、これ以上抵抗すると余計なことまで話しそうな気がしたので手を離した。


「まったく、ひどい扱いを受けた。危うく、息ができないことに興奮を覚えてしまうところだった。探し人にそんなひどい扱いをしていいの?」

「探し人……」


 窒息に興奮を覚えそうになることに突っ込みたくもなるが、それよりも聞き逃せない言葉があった。探し人。やはりこの子が……。


「探し人ってまさか……」

「そう、私が鳳凰こと雲雀ひばり。よろしく」


 雲雀と名乗った少女は、握手を求めるでもなく、ただじっとこちらを見据えている。


「えっと私は……」

「あなたは琥珀。知ってるよ。近くに千鶴と依狛がいることも」

「な、なんで……。それに私たちが鳳凰を探していることまで知ってるし……。あなた一体何者……」

「私は知ってるよ。全部知ってる。あなたたちの名前も、人柄も、秘密も、おしっこの味も」

「え……」


 俺が呆気に取られていると、琥珀の頬がみるみると赤くなっていく。


「そ、それどういう意味よ!」

「そのままの意味。私にはわかる。だって、ずっと待ってたんだもん」


 琥珀は恥ずかしさを隠すように声を上げたが、それでも尚雲雀は動じる様子もない。

 ずっと待っていた……。さっきも言っていたけれど、一体どういう意味なんだ。噂の未来視とやらをした結果とか? いや、それだけじゃ理由にならない。だってまるで、彼女は俺たちのことだけを特別視しているような……。


「ここにいてもどうしようもないよ。帰ろう。私が目的だったんでしょ? なら、もうここにいる必要はないよね。真白の服もおしっこに濡れてるし」

「おしっこは関係ないよね……」


 俺の返答を意に介さず、彼女は一人歩き始めた。その足は俺たちのたどってきた道を正確になぞっていて……。まるで、行くべき道がわかっているかのよう。


「ほら、真白も早く」

「あ、うん……」


 これだけ会話しても、彼女のことはほとんど何もわからなかった。けれど、一つだけわかることがある。彼女は間違いなく俺たちのことを知っていた。そして、きっと行くべき道も知っている……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る