第44話 全部知ってる
「君が起きるのをずっと待っていたよ。おはよう………………真白」
「え……」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がドクンッと大きく脈打った。どうして名前を……。
「……どうしたの? 口を開いたままだと虫とか入っちゃうよ? あ、もしかしてまだ起きてないのかな?」
俺の顔に手を伸ばそうとする彼女。だが、俺は反射的に一歩後ずさって避けてしまう。
「?」
「……わ、私の名前を知ってるの?」
「うん。知ってるよ。だって、ずっと待ってたもの」
「……待ってた?」
「そう……ずっと……ずっと……ずっと……君を待っていたんだよ」
どういうことだ……真白の知り合い? いや、それにしては会話が不自然すぎる。起きてるだとか寝ているだとか……一体何の話なんだ……全く見当が付かない。
「それとも、真白って読んでるから、君はそんな顔をしているのかな?」
「は?」
思わず眉を寄せた。俺が真白じゃないとでも言うつもりか……。
「でも、君が真白として振る舞っているから、私も……君を真白として扱っているんだよ? それに君の名前は知らないしね」
「な、何を言って……」
彼女は柔らかに微笑む。やはりそこに悪意などなくて、それどころかこちらへの好意すら感じる。
「ああ……じゃあ、アレはどうかな……日本の男性はこう呼ばれると喜ぶんだよね……お兄ちゃん」
「な……」
俺は目を見開いた。今、なんて言った? 俺のことを日本人と言ったのか? どうして……。そもそも日本を知っていること自体おかしい。それにお兄ちゃんって……。まるで……中身が男だって知っているみたいに……。
「あれ……余計に動かなくなっちゃった……大丈夫?」
「え……あ……」
心配そうな顔を向けてくる彼女に、俺は戸惑いを隠せなかった。
思考がまとまらない……。疑問がどんどん浮かび上がってくる……。この子はいったい何者なんだ……。どうして真白の名前を……どうして……。
「ふふっ、大丈夫……。怖がらなくてもいいよ……。私は君の味方だから……」
吐息混じりの優しい声が耳元で囁かれる。
それはまるで子供をあやす母親のようで、俺の中に渦巻く不安を優しく包み込んで心から取り除いていく。
「あ……」
頭にふわりと彼女の翼が置かれた。そのままゆっくりと撫でられる。不思議と嫌悪感はなかった。むしろ心地良いぐらいだ。
この世界に来てからたくさんの人に頭を撫でてもらったけれど、彼女のそれは他のどれよりも柔らかくて、暖かくて、優しかった。
「大丈夫……何も怖いことはない……」
「う……あ……」
意識がぼんやりとしてくる。頭がボーッとする……。何も考えられない……。
俺はそのまま彼女の胸に飛び込んだ。柔らかい……とても温かい……。このまま眠ってしまいたい……
「おいで……」
甘い声で誘われる。その声に従うように、彼女の胸に顔をうずめた。
「あ……あぁ……」
「よし、よし……」
頭を撫でてくれる。気持ちが良い……。暖かい。このまま……ずっと……こうしていられたなら……
「何をしている……」
突如、冷たい声が二人の世界を切り裂いた。
「え……」
ハッと我に返る。そして、俺はようやく自分が今、何をしていたのかを理解した。
「……琥珀」
琥珀はいつの間にか背後に立っていて、鋭い視線をこちらに向けていた。その目はまるで汚物を見るような目をしていて、全身が震え上がる。
「……私はただ真白を慰めていただけ」
「慰めていただけ……ねぇ……」
琥珀は吐き捨てるように呟くと、ゆっくり、けれど確実に距離を詰めてきた。
「まあ、いいや、早くお姉ちゃんを離してよ……」
「いやだ。離したら攻撃してくる。それに、真白も離れたくないと言ってる」
「え……」
実際離れたくはないけれど……。この状況でそういうことは言わないでほしい。
「ほら、こんなに甘えてるよ」
そう言いながら彼女は俺の頭を抱き寄せてきた。
「あっ……」
その光景を見た琥珀の顔が目に見えて強張っていく。これはまずい……。
「ああ、そう……。だったら、このまま焼き鳥にしてあげるよ。お姉ちゃんは少しやけどするけど、別にいいや」
紅い炎が周囲に漂い始める。本当に攻撃するつもりだ……。どうにかしないと……。混乱していて気付かなかったけど、この子が多分鳳凰だし……。このままじゃ全てが無駄になる!
「ちょっ、待っ……」
「ぽいっ」
「え……」
俺の言葉は遮られ、体が宙を舞った。顔は少しずつ地面との距離を縮めて……
「ぐえ」
滑るように地面と接触した。突然すぎるその行動に俺はカエルが潰されたような声を出すことしかできない。
「私を傷つけてもいいけど……真白はダメだ」
今ここで俺は傷ついているんですけど……。あなたが放り投げたことによって……。
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