第41話 コレ アレ ソレ

「ほら、早く行くわよ。寒いったらないわ」

「う、うん」


 彼女の言葉に木製の扉を開けると、中に充満していた湯気が俺たちの視界を埋め尽くした。

 今の温まった身体には、その熱気ですらうっとうしく感じられる。硫黄の匂いも今やただの腐卵臭にしか感じられない。


「いい感じじゃない」

「そ、そうだね……」


 上機嫌な彼女に対して、俺の心は曇り気味だ。最大限ゆで狐にならないようにするつもりだが、彼女より先に上がったら拒否しているのだと勘違いされかねない。それだけは避けなければ……。


「どうしたの? 気分悪いの? やっぱり私とはいるのいやなんじゃ……」

「う、ううん! 大丈夫だよ! 元気いっぱいだから」

「そう……? ならいいけど……」


 千鶴は不思議そうな目でこちらを見つめていたが、「まあいいわ」と言って、椅子に腰掛けた。


「ほら、背中流して。もしかして私の肌に触れられないとか言わないわよね?」

「いや、大丈夫だけど……」

「そう……よかった」


 安堵の笑みを浮かべて、千鶴は目を閉じた。

 俺は彼女の背中に立ち、石けんを手に取った。

 それをタオルで包み込んで泡立てると、ゆっくりと彼女の背に当てていく。


「んっ……」


 艶やかな声が漏れ聞こえてくる。それはどこか色っぽくて、男体から発せられたものとは思えない。


「痛かった?」

「いや、全然平気よ。もっと強くしてもいいぐらい」

「わかった……」


 手に力を込めて、ゴシゴシと擦っていく。時々指に触れる絹のような滑らかさで、ずっと触っていたくなるような感触だ。


「なかなかうまいじゃない。でも、上ばっかり洗ってないで、下も洗ったらどうなの?」

「うっ……」


 下にはアレが存在している。男の頃は毎日洗っていたそれだが、いざ他人のモノを、それも女の子としてのソレを触るとなると、緊張してしまう。


「ほら、早く洗いなさいよ」

「わ、わかってるよ……」


 意を決して、千鶴の前にしゃがみこむ。

 ぷにっ


「ひぇっ!?」


 触れた瞬間、本能的に手を引っ込めてしまった。


「な、なによ? どうかしたの?」

「い、いや……なんか、すべすべしてるっていうか……つるつるで……ちょっとびっくりしちゃった」

「は、はあ? なに、馬鹿にしてるの?」

「ちがう、違う!! ただほら、もっと堅くて、毛が生えてるイメージだったからさ」

「何よそれ……いいから早く洗いなさい!」


 彼女の視線が冷たい。これ以上怒らせるのはマズいと思い、急いで作業に取り掛かる。

 男の頃の癖だろうか、彼女のそれを他の部位よりも念入りに洗いたくなる。


「い、いつまで洗ってるのよ! もしかしてそこが好きなの!? 真白ってそういう女なの!?」

「え!? あ、いや、その……」


 言われてから気付いたが、確かに俺は彼女の股間を入念に撫で回していたようだ。


「ごめん!」


 慌てて手を離すと、千鶴は俺の方へ向き直る。その頬が僅かに紅潮しているように見えたが、気のせいではない。

 いや……彼女はまだこらえている方か……。俺がやられる側だったら、間違いなく気を失っているところだ。


「も、もう……抵抗がないのはわかったから、早く全身を洗ってよね!」


 千鶴は恥ずかしさを誤魔化そうと、再び俺に背を向けた。

 ………………

 その後千鶴の身体を綺麗に洗い終えると、ようやく二人で温泉に浸かる。


「はぁ……生き返るわね……」


 千鶴は心地良さそうに呟いた。俺の体も少しは冷めたようで、これなら十五分くらいは耐えられそうだ。


「ねえ、真白」

「なに?」

「どうして私のことを気持ち悪く思わなかったの?」


 彼女は唐突にそんな質問を投げかけてきた。


「それは……なんて言うか……男の体には慣れてるからかな?」

「は……なにそれ。やっぱり真白ってそういう女なの……」

「ち、違う! 違う! そうじゃなくて、説明しづらいんだけど……」

「冗談よ。自分の月経も管理できない奴がそんなことできるわけないものね」


 ……否定はできないな。


「それにしても温泉なんて久々に入ったわ。やっぱりいいわねぇ……。全てから解放される気がするわ……」

「ねぇ、良かったらなんだけど、千鶴のこと教えてくれないかな……」

「……別にいいわよ。面白い話じゃないけど」


 千鶴はそう前置きしてから、静かに語り始めた。

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