第39話 知らない方が良いモノ
「ふぅ……」
脱衣所で琥珀があれこれ理由をつけて触れてこようとしたが、全て払いのけて無事出ることができた。
「帯も結べるようになってきたし、これで少しは琥珀の魔の手から逃れられるかな……」
風呂上がりだからか気分がいい。深紅の絨毯が敷かれた廊下を小気味良い足音を立てながら歩いていく。
階段を上る足取りは舞を踊る巫女のよう。身体は軽く、重力を感じさせない。左右に振れる尻尾はほのかな洗剤の香りをまき散らし、すれ違った宿泊客の鼻腔をくすぐっていた。
「ふふふっ……」
心なしか笑みも漏れてくる。
「お姉ちゃん、楽しそうだね」
「そうかな」
「うん。いつもはもっと静かな感じだけど、今日はすごく明るい気がする」
「まあ、それはそうかも。初めて堂々と露天風呂に入れたし」
琥珀の指摘は当たっている。
今はただひたすらに楽しいのだ。それはこの旅行に来てからずっと続いている感覚だった。
「……? そっか。なら……よかった」
軽やかな足取りのまま、襖を開けると一人ぽつりと座布団の上に腰を下ろしている千鶴の姿が見えた。
「お待たせ」
「おかえりなさい……」
「千鶴は何をしてたの?」
「特に何も……窓の外を見てただけよ」
「そう……」
「……じゃあ、私も温泉行ってくるから」
「うん……」
千鶴は立ち上がると、そのまま俺たちの横をすり抜けて部屋を出て行った。
「なんなの? 歩いているときはうざいぐらいに元気だったくせに、急にテンション下がって……」
「まあ、きっと千鶴にも事情があるんだよ」
不機嫌そうな琥珀の相手をそこそこにして、荷物の整理を始める。
「あれ……」
すると、一つの忘れ物に気付いた。それはお金やスマホよりも大切なモノ……そう、下着だ。
男の頃だったら、そこまで気にしなかったかもしれない……しかし、女性の下着となると話は違う。男の手にそれが渡ったらどんな使われ方をするかわかった物ではない。匂いを嗅がれたり、頭にかぶられたり、最悪の場合アレの処理に使われる可能性だってある!
「どうしました? 何か無くしたものでもありましたか?」
「う、うん……多分脱衣所だから取ってくるね」
「いってらっしゃ~い」
部屋を飛び出すようにして、駆け出した。その足取りは先ほどのように優雅なモノではない。己の貞操を守るために必死な男そのものの走り方だ。
「ハァ……ハァ……」
息を切らせながらも何とか脱衣所にたどり着いた。そして扉を開けた時だ。中にいた誰かに勢いよくぶつかってしまった。
「きゃっ!?」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて頭を下げると、目の前には見覚えのある顔があった。
「ま、真白!? どうして……」
千鶴だ。彼女は心底驚いた様子でこちらを見つめている。
「いや、下着を忘れちゃって……」
「そう……早く取ってきちゃいなさいよ」
「うん……」
そうして立ち上がろうと手に力を入れた瞬間、右手に弾力を感じた。それはどこか懐かしい感触で、何度も触ったことがあるような気がした。
「え……?」
「な、なに? どうかした?」
「いや……」
もし胸を触っていたのだとしたら大惨事だと思いながらも視線を右手に向けたものの、そこにあったのは胸ではなく股間だった。お尻を触ったのかとも思ったが違う。右手は確かに千鶴の足の間に存在していた。
「あれ……」
「さっきから様子がおかしいわよ? 本当に大丈夫?」
「いや、でもこれは……」
これは……アレではないのか? この手に触れる棒状の物体。先端の方は丸くて、少し引っかかりがある……。でもおかしい、千鶴にアレが付いているはずはない。疑問に思ったことを口に出そうとしたところで……
「え……?」
千鶴の顔が真っ青に染まった。
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