第37話 お金
「ここが……」
鳳凰の森に隣接する街、
全方位を成人男性三人分ほどの高さの石壁に囲まれており、唯一外に繋がる門は七色に彩られいる。少しでも程度を間違えば互いを傷付け合いそうな色合いだが、不思議な調和が取れていた。
「鳳凰の森の探索は明日からにして、今日はゆっくり休みましょう」
「そうだね」
門をくぐると、その先には石畳の道が続いており、両脇に白い壁の建造物がそれぞれの背丈で立ち並んでいる。白壁を区切るように伸びる赤い線は和と言うよりも中華に近い雰囲気があった。
この世界に来てから小さな規模の街にしか訪れたことがないので、こう言った街並みは新鮮で、思わず見入ってしまう。
琥珀と依狛は俺以上に物珍しさを感じているようで、キョロキョロと周囲を窺いながら歩いていた。
「なんかというか……すごいですね……建物の屋根があんな高いところにありますよ。四人で肩車しても届かなそうです」
依狛の言う通り、街の中央付近に目をやると、そこには三階建ての建物が鎮座しており、その上の方は空高く天へと伸びていて、視界に収めることができない。
「なんか変な感じ……所々に虹色の飾りがあるし……なんなのあれ」
「あれは鳳凰様を信仰している証しよ。ここら辺はまだましな方だわ。神社にはこれがもっとたくさんあるのよ」
「へえ……」
鳳凰様とやらの信仰はここではかなり根強いらしい。琥珀に捧げ物をする人間の話だけでも大分辟易としたものだが、それ以上となると想像すらしたくない。
「着いたわよ、ここが私たちが泊まる宿よ」
そう言って千鶴が指さす先には、この街の中でも一際大きい建物があった。作りは他の建物と似て白い壁に赤い線が入っているのだが、中から湯気が漏れ出しており、わずかな硫黄の匂いが鼻腔をくすぐる。
「温泉宿……?」
「そうよ」
「え、お金足りる?」
「旅の費用は渡されたから、一ヶ月は余裕を持って生活できるわよ」
「でもそれって千鶴一人分だよね? 四で割ると一週間しか持たないよ?」
「え?」
何を言っているんだといった表情で千鶴の顔は固まった。
「私が四人分出すわけないじゃない……。自分の分は自分で出すでしょう? 普通」
「でも、私お金なんて持っていないし……」
「私も人間の金なんて持ってないわ」
「じ、自分は少し持っていますよ! 人里に物を売りに行ったことがあるので……」
差し出されたのは銅色の小さな硬貨。どう見ても高そうには見えない。
「これじゃあ、全然足りないわよ……」
「そうですよね……すいません」
千鶴以外の誰一人として、金を持っていない。妖怪や神様の世界ではそれで良かったのかもしれないが、人社会においてそれはあまりにも致命的すぎる。このままでは一週間後には宿無しになってしまう。
「ま、まあ、とりあえず今日はここに泊まりましょうよ! 考えるのはそれからでも、きっと大丈夫です!」
「貴重な資金が七分の一失われるんだけど……」
「大丈夫。お姉ちゃんの分は、私がどんな手を使ってでも稼ぐから」
「盗みとかしないでね……」
渋々ながら俺は宿の扉を押した。その向こう側には温かみのある空間が広がっていた。
床は一面薄茶色の板が張り巡らされていて、受付まで伸びる紅染めのふかふかな絨毯は踏み込むたびに柔らかく足を包み込んでくれる。
天井からは明るすぎない光が降り注ぎ、その光を受けて煌めく照明はは高級感溢れる品格を放っており、どこか幻想的な光景を作り出していた。
「いら……しゃい…………ませ……」
出迎えてくれたのは、長い藍色の髪の毛が綺麗な少女だった。
年齢は二十歳くらいだろうか。透き通るような肌と整った顔立ちが印象的な子だったが、その瞳はどこか虚ろげである。
「部屋空いてますか? もしかして予約が必要だったり……」
「予約は……必要……ありません……。部屋も……空いています。四名様ですね……」
途切れ途切れに紡がれる言葉からは生気を感じとることができない。まるで病人と話しているようだ。
「失礼ですけど、お疲れだったりします? 具合が悪いなら休んだ方がいいと思うんですけど……」
「いえ……私は平気です……。ご心配なく」
「そうですか……。なら、よかったです」
彼女は淡々とした口調で答えたが、やはり声に張りがない。本当に大丈夫なのだろうか……。
「それでは……部屋に……ご案内します」
「お願いします」
彼女はおぼつかない足取りで歩き始めた。その後に続くように、俺らも歩みを進める。
「こちらの部屋になります」
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