泣き虫巫女と虹色の羽
第34話 泣き虫巫女
「真白様、大丈夫ですか……って、なにか垂れてますよ!?」
「へ……?」
依狛に言われて足下を見てみると、確かに何かが滴っているのが見える。これは……血だ。
なんで……怪我なんてしていないはずなのに……。
「真白様、失礼します」
「え、ちょ……」
突然俺のスカートを捲り上げると、依狛はその中をまじまじと見つめてきた。
「な、なにを……」
「じっとしててください」
それだけ言うと、今度は顔を近づけてくる。ヒクヒクと動く彼女の鼻が少しくすぐったい。
「ん……くん……あぁ……やっぱり……」
「やっぱり?」
「これは月のモノですね」
「月のモノ?」
聞きなれない言葉だ。この世界特有の病気だろうか。
「月経ですよ。まだ経験されたことはありませんでしたか?」
「げっ……けい……?」
……思考が追いつかない。月経とはあれのことだろうか……あの女性器から出血するという……。
いや、でも……そんな……ありえない……。
「ふふっ……ついにお姉ちゃんにも来たんだね……この時が……」
「こ、琥珀……なにか知ってるのか?」
「うん。女の人が子供を産む準備ができたっていう証だよ。だから、私と赤ちゃんを作れるってことだよ……お姉ちゃん」
「作らないよ! 女の子同士だし! それに近親相姦じゃん!」
「そんなの関係無い。私は愛さえあれば性別なんて超えられると思うんだ」
「越えちゃダメな壁だと思うんだけど……」
うぅ……女になった以上、いつか来るモノだと覚悟していたけど……実際に経験してみると想像以上に辛い。女性のそれについて理解しているつもりだったのに、まさかここまでとは……。
「真白様、お辛そうですが、ここで足を休めるわけにはいきません。我慢できそうですか……?」
「う、うん……なんとか……」
「では、急ぎましょう」
股間に不快さを感じながらも、一歩ずつ歩みを進めていく。早く処理しないと下着が大変なことになりそうだ。
しかし、痛みに耐えながらも、街道を進んでいたその時……
「待ちなさい!」
俺の行く手を阻むように、一人の少女が姿を現した。桃色の髪の毛をそよ風に揺らしながら、紫水晶のような瞳でこちらをじっと見据えている。服装はまさしく巫女さんといった印象で、頭には笠を被っていた。
「あなたたちね! 里を荒らし回る蛮族って言うのは!」
彼女は敵対心むき出しでそう叫んだ。
里を襲う蛮族。おそらくあの女のことだろうが……
「あの……どちらさまでしょうか?」
「妖怪に名乗る名などないわ! おとなしく降参して、私に退治されなさい!」
どうやら話し合いができるタイプではないようだ……。でも、傷つけるのは気が引ける。できれば平和的に解決したいのだけれど……。
「依狛、この人知ってる?」
「いえ、自分も知らないです」
「ちょっと! 無視しないでよ!」
俺たちの態度に痺れを切らしたのか、彼女は大幣(お祓い棒)を抜いて構えを取る。やる気満々のようだ。仕方ない……手荒なことは避けたかったが、穏便に済ませるのは諦めよう。
「琥珀……お願い」
「任せて」
「ふふんっ、私に逆らったこと後悔するといいわ!」
彼女は自信たっぷりの様子でそう言い放ち、そのままの勢いで突っ込んできた。
突撃してきた!? 巫女さんみたいな格好だからてっきり術を使って戦うものと思っていた……。まずい、琥珀が間合いを詰められる!
「うげっ……」
しかし、彼女は琥珀を間合いに入れることなく、わずか三歩目で地面に顔を擦り付けていた。それはまるで見えない何かにつまずいたように……。
「琥珀……何かした?」
「な、何もしてないよ……」
尻を突き出した間抜けな格好のまま彼女は動かない。もしかして……力尽きた? 転んだだけで?
「あの……大丈夫?」
俺は恐る恐る彼女の肩に手を置いてみる。すると、びくり身体を震わせて、ゆっくりとこちらを振り向いてきた。その顔は涙で濡れており、頬も真っ赤に染まっていた。
「う……うぅ……」
わずかに響く嗚咽。その声は弱々しく、とても可憐なもので庇護欲を掻き立てられる。
「あ、あの……ごめん……」
自分でもなぜ謝っているのかわからないが、彼女の泣き顔を見ると無性に謝りたくなった。生理の痛みを忘れてしまうほどに悲痛な表情をしていたのだ。
「ぐすっ……うえぇぇん」
「えっと……その……」
どうしよう……慰め方が分からない。そもそも泣いている理由がいまいちわからない……。転んだのが原因なのだろうけれど、痛いからなのか、悔しいからなのか……。
「うぅ……うわぁあああん!」
「お姉ちゃん、そいつ放って置こうよ。意味わからないし」
「で、でも……」
こんな人気のない街道沿いに、泣いている少女を一人残していくわけには……。強姦や誘拐される可能性だってあるかもしれないし……。
「自分がなんとかして見せます!」
「ほ、本当?」
「はい! 真白様はそこで見ていてください!」
自信ありげな言葉を言い放ち、依狛は泣きわめく少女の前に両手をつく。そして――――
「大変!! 申し訳ありませんでしたー!!! 自分達が何をしたかわかりませんが、許してください!!」
額を思いっきり地面に叩きつけた。なんと見事な土下座である。その姿はまさに侍そのもの。綺麗な土下座だ。
「ちょ……何やって……」
「………………うわあぁああああん!」
依狛の奇行を目の当たりにして、さらに激しく泣く少女。もう収拾がつかない……。
「こういうのは甘やかしちゃダメなんだよ。もっと叱りつけるように行かないと。ほら、泣く子も黙るなんとかって言うじゃん」
明らかに的外れなことを言っている。中には黙る子もいるかもしれないけれど、この子には間違いなく逆効果だ……。
「いい加減、泣き止めよ……雌。泣き止まないと、ぶっ〇すよ?」
「ひっ……」
琥珀は殺気を込めた視線を向けながら、低い声で脅すような言葉を吐く。その様子は先ほどまでの可愛い妹ではなく、完全に悪の組織のボスだった。
「うわああぁぁあぁぁぁあぁぁぁああん!!」
当然のように火が付いたかのように号泣を始める少女。もはや誰も止められそうもない……。
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