第26話 一瞬の輝き

『では……いきましょうか……!』


 真白のかけ声と同時に地面を強く蹴った。マガツヒとの距離を一気に縮める。内なる力を解放したこの身体は、一瞬にしてマガツヒを間合いに収めた。


「ふっ!!」


 そして、勢いそのままに、右の刃を一閃する。青い軌跡が弧を描くように宙を切り裂いた。


『ギャアアッ!!』


 まるで豆腐を切るような感覚。蒼炎の前においてはその強固な鱗も意味を成さない。

 刀を振るった推進力を生かして、空中で身体を捻りながら回転させ、左の刃を薙ぎ払う。本来、このような踏み込みの甘い斬撃は、硬い鱗に阻まれ、傷をつけるはできないだろう。しかし、真白の力を借りた一撃は、容易に鱗を断ち切った。


『グアァッ!!!!』


 大地を揺るがすほどの悲鳴が洞窟中に響き渡った。普段の俺だったらその轟音に身体を止めていたかもしれない。しかし、今の俺はその程度で止まることはない。恐怖を力に変えてまた右の刃を振るう。そして、その勢いで左――右――左……舞を踊るように連続で切り刻んでいく。


『グオオォッ!!』


 マガツヒは苦し紛れに、そい牙で噛み付いてきた。しかし、それは悪手だ。


「遅い……!」


 たとえ、右の刃が間に合わずとも、左の刃がそれを簡単にいなす。受け流された牙は空を切り、地面に深々と突き刺さった。

 間抜けに大きく開いた口は切るに容易い。俺はすかさず、炎の刃を滑らせるようにして口内に滑り込ませ、上顎と下顎を分断した。


『グオオッ!?』


 もはやその口は武器にならないだろう。攻撃力を失ったマガツヒに対して、こちらも防御を捨てた連撃を浴びせていく。


「はぁっ!!」


 巨体に無数の傷が刻まれた。奴の再生能力も次から次へと増えていく損傷に間に合っていないようだ。徐々にその動きは弱まっていく。あと少しだ……!――――

「なっ……」


 そう心に念じながら、最後の一太刀を振り上げたその時、視界を紫色の液体が覆い尽くした。おそらく毒液か何かだろう。そうわかっていても、すでに体が宙に浮いていて避けられない。

 まずい……!

 俺は咄嗟の判断で腕を交差させて守りを固める。しかし――――


『大丈夫ですよ……』


 真白の声が聞こえた。すると次の瞬間には、その液体が俺の眼前で止まった。いや、液体だけではない。俺たちを除いた世界全てが停止しているのだ。


「な、何が起きて……」

『説明は後です! 今はあいつをバラバラにしちゃいましょう!』


 自分以外の全てが止まっているというのはとても不思議な感覚だ。目の前には無防備なマガツヒの姿がある。

 斬撃をたたき込んでもそれが動くことはない。切ったという実感もない。それでも、俺はただひたすらに刀を振るい続けた。

 そして、百を超える連撃が網目状の跡をつけた頃……再び世界が色を取り戻した。



『その穢れが一片も残らぬように、木っ端微塵にして差し上げましょう――――神葬炎舞しんそうえんぶ!』



 止まった時間の中で刻まれた斬撃が動き出し、マガツヒを一瞬にしてサイコロステーキに作り替えてしまった。破片となったそれらに蒼い炎がまとわりつき、完全に燃やし尽くす。もう再生することは叶わないだろう。


『やりましたね……!』

「あ、ああ……」


 真白が俺の身体から出て行く。途端、全身から力が抜けた。


「はぁ……はぁ……」


 体中から汗が流れ出る。全力疾走をした直後のような疲労感と虚脱感が襲ってきた。立っていることもままならずその場に倒れ込む。


「おい!」


 緋色さんが駆け寄ってくる。


「はは……ちょっと疲れたみたいです……」

「お前……」


 彼女は俺を見下ろしている。その表情はどこか心配そうだ。俺のことを気遣ってくれているのか……。


「どうしてくれるんだ……その刀がなければ、明日から戦うことができないではないか!」


 そっちか……。激しい戦いをしていたこともあって、彼女の刀の刀身を短くしたことを忘れていた。


「す、すみません……緊急事態だったもので……。必ず換えのモノを用意するんで許して下さい……」

「阿呆か。刀の換えなど効かん。まあ、それは命にも言えることだがな……」

「え? いまなんて……」

「な、何でもない! とりあえず許してやると言うことだ! 刀も自分で用意するから、おまえは何もする必要はない」


 緋色は早口にまくしたてると、そっぽを向いてしまった。

 もしかしたら照れてるのかな?……口は悪いけどやっぱり心優しい人なんだろうな……。


「……何をニヤついている?」

「いえ、別に……」

「……」


 しばらく沈黙が続いたが、俺の名前を呼ぶ声でそれは打ち破られた。


「お姉ちゃーん!」

「真白さまー!」


 どうやら琥珀と依狛が俺のことを探しているようだ。こちらも大声で答えてあげたいところだが、その程度の体力すら残っていない。


「こっちにいるぞ!」


 代わりに緋名が返事をしてくれた。二人はすぐにこちらに向かってくる。


「お姉ちゃん! もう。どこに行ったのかと思ったよ!」

「あはは……ごめん。二人を追いかけようとしたら崖に落ちちゃって……でも、おかげで鏡を見つけることができたよ。ほら」


 俺はポケットから例の鏡を取り出した。


「……はあ、もう危ないことしちゃだめだからね。やっぱりお姉ちゃんは私がいないとすぐ死にそうになるんだから」

「はは……そうだね。これからはもっと注意するよ」

「うん。じゃあ帰ろっか。こんなジメジメしたところにずっといたら気分悪くなるし」

「そうだね」


 俺は重い腰を上げる。まだ本調子ではないが、これ以上ここにいるわけにもいかない。


「おっとっと」


 足下がふらついた。やはり先ほどの戦いで消耗し過ぎたのだろうか……。


「肩貸しますよ! 自分、力にだけは自信あるんで」

「ありがとう」


 日本にいた頃はあり得なかったようなやり取り。俺の身体が真白のモノだからだろうか、それとも……


「じゃあ、出口まで飛ばしますよ!」

「ちょっ、そんな急ぐことないでしょ!?」


 俺の制止も無視して、依狛は洞窟を走り抜ける。その結果、また迷ったのは言うまでもない。

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