第24話 決意
『グルルルルッ!!』
突如マガツヒが動き出す。その長い胴体を活かし、一気に距離を詰めてくると、大きく口を開けて、鋭利な牙を剥き出しにした。
「くっ……!」
緋色が刀を抜く。鞘から放たれた炎の刃は、かろうじてマガツヒの牙を食い止めた。
『グオオオオッ!!』
「大きいだけで……大した力がないな!」
緋色の刃がマガツヒの牙を弾き返す。
一瞬の攻防だったが、緋色の実力は相当なものだとわかる。しかし、マガツヒはその図体に似合わず、俊敏な動きを見せると、再び緋色に襲い掛かった。
「……速いな……だが、捉えきれない程ではない……!」
緋色は的確に攻撃を避けている。しかし、このままではジリ貧だ。いくら強いと言っても、体力には限界がある。いつかは押し切られてしまうだろう。
俺も戦えれば……。
でも、俺には戦う術はない……。俺が加勢しても足手まといになるだけだ。俺にはただ見ていることしかできない……。
『あなたはそこで見ているだけなんですか?』
「えっ……?」
ずっと黙っていた鏡の中の真白が語りかけてきた。
『あなたが戦わないとあの人死んじゃいますよ?』
「わかっているさ……。でも俺にはどうしようもない……。俺には何もできないんだ……」
『そうやって諦めるんですか?』
「仕方ないだろう……」
『…………仕方なくなんか…………ないですよ!』
真白が怒鳴り散らす。初めて聞く彼女の怒りの声に、思わず肩が震えた。
『あなたの体は私のものです。だから、その体の持つ力は私が一番知ってる。その力を駆使すれば、あれを倒すことくらいわけないことです』
「無理だよ……。力があっても、俺に戦うことなんてできないんだ」
真白の言う通りかもしれない……。この体には戦うだけの力があるのかもしれない。俺だってできるなら戦いたいさ……。でも……怖いんだ……
平和な世界で生きてきたから……
武器を持つことなんて考えもしなかったから……
何かの命を奪おうなんて思いもしなかったから……
そんな俺にできることなんか……ないんだ……。
『……』
真白は俺の答えを聞いて、何も言わなくなった。俺の気持ちを察してくれたのだろうか……。
『……確かに、戦うのは簡単なことではありません。たとえ相手がマガツヒであろうとも同情してしまうこともあります。でも……』
鏡の中では吸えるはずもないのに、真白はそこで深く呼吸をする。
『それが人を守るということなんですよ……。守るために、傷つけなければならない時もある。切らねばならない者もいる……。大切な人を、守るためなら……』
「……っ」
真白の言葉が胸に深く突き刺さった。
俺は今までずっと言い訳をしていただけだ。自分が戦えない理由を探していただけだ。
いつの間にか、俺は誰かを傷つけることを恐れて、何もできないと思い込んでいた。誰かを守るために、自分が傷つくことを恐れて……。でも……それじゃダメなんだ……。そんなことでは、誰も救えない……。
「そうだね……」
俺は立ち上がった。もう逃げないと決めた。俺にだって守りたいものがあるんだ……。
腰に刺さった鞘から徐に刀を抜いた。鈍い青の輝きを放つ刃が姿を現す。
『それとさっき気づいたんですけど、鏡の中からでも術は制御できるみたいです。ほら、狐火も消えてないでしょ? なので、術の制御は私がします。あなたはマガツヒを切ることにだけ集中してください』
真白がそう言い終わった瞬間、刃に蒼い炎が灯った。それは熱を持たず、静かに揺らめいている。まるで命を宿しているかのように……。
「ああ、任せて……」
『では……いきましょうか……!』
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