第23話 救い

「……はあ……はあ……全然出口に近づいている気がしない……」

『私の体を使っているのに、もう疲れたんですか? ヘタレですね」

「うるさいな……」


 真白は鏡の中から罵ってくる。俺が彼女の体を使い始めてからというものの、彼女は態度が大きくなったような気がする。


「でも、確かに同じ体を共有してるのに、ここまで違うものなのか……」

『動かし方が悪いんですよ』


 今なら真白が鏡を割ろうとしてた理由がわかる。鏡の中から延々と罵られ続けたら、そりゃ割りたくもなるだろう。


「はあ、一旦休憩」


 俺は壁に背をつけて滑るように腰を下ろした。


『情けないですね……』

「真白の体は貧弱なんだよ……。ちょっとは労ってくれ……」

『私の体を使っておいて、よくもそんなことを……』


 洞窟内に充満する湿った空気を大きく吸い込んで、息を整える。

 しばらく休んでいると、どこからか声が聞こえてきた。


「誰かいるのか?」

「……! 緋色さん!」


 間違いない……。声は緋色のものだった。


「白い方の狐か……どうしてここに。私は真っ直ぐ進んできたはずだが」

「あはは……崖から落ちてしまって……気がついたらここにいたんです……」

「それは災難だったな……」


 緋色さんに会えた。それだけで泣きそうになる。しかし、彼女の心底興味なさそうな顔を見て、すぐに涙は引っ込んでしまった。相変わらず無愛想な人だ。


「それで……鏡はあったのか?」

「はい……おそらくこれかと」

「ほう……」


 鏡を手に取ると、彼女はそれをまじまじと見つめ始めた。

 それに不思議な気配を感じつつも、声が聞こえている様子はない。鏡は特定の人物にしか扱えないのだろうか。


「なるほど、確かに妙な気配を感じる。それになぜかはわからないが、お前と引き寄せられるような力も感じる。今はお前が持っておくといい」

「はい……」


 引き寄せられる理由は考えるまでもない。真白の魂と体が共鳴しているのだ。


「では、鏡も回収したことだし、里に帰ろう」


 緋色は体を反転させ、来た道を引き返す。


「出口がわかるんですか?」

「当然だろう? 戻ることも計算せずに進むほど私は馬鹿じゃない」

「そ、そうですよね……」


 遠回しに馬鹿にされた気分だ。迷子になったことに泣いていたことを思い出して、恥ずかしくなる。


「どうした?」

「いえ、なんでも……」


 俺は目を伏せながら、前を歩く彼女を追いかけた。


「あ、あの……」

「ん?」

「ありがとうございます……。私を助けに来てくれて。緋色さんが来なかったら、餓死しているところでした」

「別にたまたま鉢合わせただけだ。気にするな」

「それでもです。本当に嬉しかった……」

「……そうか」


 彼女が振り向くことはなかったが、少しだけ口角が上がったように見える。ぶっきらぼうな緋色さんでも、やっぱり感謝されると頬が緩むんだな……。


「……止まれ」

「えっ?」


 突然立ち止まった彼女を不思議に思いつつ、俺もその歩みを止める。


「どうしました?」

「……あれを見ろ」


 彼女の指差す方向には巨大な影があった。その正体は———

「……マガツヒ」


 それは、三階建のビルを軽く超える高さの巨体を持つ、大蛇のような生き物だった。体は禍々しい鱗で覆われており、その頭からは二本の曲がった大きな牙が生えていた。頭部で輝く赤い瞳はギョロリと俺たちを捉えている。


「大きい……」

「まずいな……もう私たちを殺す気満々のようだぞ」


 マガツヒはこちらに向かってくることはなく、じっと俺たちのことを見据えているだけだったが、その目は明確な殺意を放っていた。


『グルルルルッ!!』


 突如マガツヒが動き出す。その長い胴体を活かし、一気に距離を詰めてくると、大きく口を開けて、鋭利な牙を剥き出しにした。

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