第21話 真白
『誰だ……?』
どこからともなく、男の声が聞こえた。姿は見えないが、確かに声の主はいるようだ。
「あなたこそ……だれ……ですか? どこにいるんですか?」
『俺は……真白だったはずなんだけど……』
「……? 真白は私ですよ……」
何を言っているのか、さっぱり理解できない。この声の主は頭がおかしいのだろうか。
『真白は俺だ……』
「だから、私が真白ですって……」
『……いや……でも……さっきまで……』
「あの……話がよく見えません……とりあえず、姿を見せてくれますか? 話はそれから……」
『見せるも何も……俺は君の前にずっといるけど……』
……? 意味がわからない。目の前って……鏡のことを言っているのだろうか。
「ふざけてるなら怒りますよ……」
『俺だってふざけてなんかないよ……ただ……気づいたら鏡の中に……って……おい、ちょっと待てよ……まさか……君……本当に真白?』
「さっきからそう言っています……」
『嘘……マジで……?』
この人は本当に何を言っているのだろう? 私が真白であることがそんなに不思議なことなのだろうか?
『えっと……ごめん……少し混乱してて……俺もさっきまで本当に真白だったんだ……』
「はあ?」
『でも、渓谷で足を滑らせて……気がついたらこんな場所に……』
「……」
黙って男の話を聞いていたが、全く要領を得ない。彼は自分が真白だったと言うが、普通に考えてそれはありえない。私が真白であるのだから。
「はあ……私もう行きますね……虚言癖のお喋り手鏡と話す趣味はないんで……」
私は彼を無視して、その場を立ち去ろうとした。
『ま、待ってくれ!』
「まだ、何か用があるんですか?」
『ひとつ……一つ可能性があるんだ……』
必死に懇願する声が響く。彼の言葉には強い意志がこもっており、私の足をその場に留まらせた。
「可能性……とは……?」
興味本位で訊ねる。正直、あまり期待はしていないけど……。
『入れ替わったんだと思う……ここに落ちてきた時に……魂と体が……』
「は……?」
『俺は間違いなく真白としてここまで来た。でも、何かしらの理由で……魂と体が入れ替わってしまった……そういうことだと……思う』
「入れ替わったって……元々私の体ですし……」
『で、でも、君にはここに来るまでの記憶がないだろ? でも俺にはある』
「っ……!」
そう言われてみればそうだ。記憶が……ない。私はその理由を探していた。
「でも……」
仮に彼が言うことが正しかったとしても、私たちが入れ替わったという証拠にはならない。
『じゃ、じゃあ、俺が知っている限り、真白についてのことを教えるよ!』
「……」
私は迷った。彼の言っていることは事実であるかもしれない。でも、それを鵜呑みにしていいものなのだろうか……。
『妹の名前は琥珀。お母さんの名前は美冬。琥珀は悪戯好きの元気娘で、美冬さんは料理が上手い優しい人だ。それと、山の中に小さな花畑があってそこがお気に入りなんだ。他にも———』
「もういいです」
私は途中で遮った。これ以上聞いても仕方がない。私はまだ完全には納得していなかったが、受け入れるしかないようだ。
「あなたの言う通り……あなたはさっきまで私の体の中にいた……。でも、だからなんなんですか? それが私にとって何になるっていうんですか?」
『それは……』
「はあ……」
私は大きくため息をついた。そして、改めて自分の体を見る。
この体で今まで生きてきた。この体で過ごしてきた。私にとってこの体はとても大切なものだ。
一瞬でもその中に見ず知らずの男が入り込んでいたと言う事実に吐き気がする。
「気持ち悪い……」
鏡を割るべく、私は鏡を大きく振り上げた。
『待て! 待て待て!! 俺は琥珀の居場所を————』
ブンッ
風切り音だけが洞窟内にこだました。
私は既のところで思い止まったのだ。気になる単語が聞こえた気がしたから。
「琥珀がどこにいるって?」
『そ、それは……先に進んだら教える…………』
「……」
『いや、そんな怖い顔しないでくれよ……頼むよ……ほら、琥珀を想う気持ちは一緒だろ?』
「……」
コイツ……生意気にも琥珀をだしに使い始めた……。でも、コイツがいなければ、私はここから出ることも叶わないかもしれない。とりあえず、地上に出るまでは割らないでおくか……。
「わかりました……一旦割らないで置いてあげます」
『う、うん ありがとう……』
「ただし、少しでも怪しい動きをした瞬間に割ります。良いですね?」
『はい……』
男だと言うのに妙に弱気な奴だ。
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