第20話 交錯
あの日は雨が降っていた。
「お姉ちゃん待って!」
妹の琥珀が私の後を必死に追いかけてきている。
「おそいなぁ、琥珀は」
「まって……よぉ……はぁ……はぁ……はぁ」
彼女が追いかけているのは私じゃない。私の尻尾だ。小さい頃から琥珀は私の尻尾を触るのが好きなのだ。
「追いついた!」
パフっ
琥珀の手が私の尻尾を捕まえる。
「ふわぁ……モフモフだぁ……」
「ちょっと……あんまりへんな触り方しないで……」
「えぇー、この触り方だとお姉ちゃんも気持ちいいでしよ?」
「そ、それは……」
彼女の言う通り、その撫で方は妙に心地よく、思わず声が出そうになる。
「ふふ、こうするともっと良いんだよ」
「ちょっと……いい加減に……」
「えいっ!」
ぎゅっ!
「んっ……!?」
彼女の手が私の尻尾を強く握る。その刺激に耐えきれず、甘い吐息を漏らしてしまう。
「ほら、お姉ちゃんも気持ちいいんじゃん」
「うぅ……ち、違う……。もう、怒った……」
琥珀の尻尾に狙いを定めて、思いっきり飛びかかる。
「きゃう!?」
「残念でした!」
しかし、簡単にかわされてしまった。顔から地面に突っ込んで泥だらけになってしまった。
「悔しかったら、捕まえてみなよ」
「むぅ……」
琥珀は楽しそうに笑っている。私はムッとして、もう一度、琥珀に飛びかかった。
「よっと」
「うぅ……なんで……」
何度やっても当たらない。それどころか、どんどん引き離されていく。
「今度こそ……」
助走をつけて、全力で琥珀に向かってジャンプをしようとしたその時———
「あっ……」
踏み込んだ足が地面を滑った。足元にある大きな岩が一瞬のうちに目の前に迫ってくる。
ドスッ…………!
「う……あ……」
鈍い音を立てて、地面に叩きつけられる。体中に激痛が走った。
「お姉ちゃん!? お…ちゃん? 大……夫!?」
琥珀の悲鳴が聞こえる。でも、上手く聞き取れない。視界がぼやける。体の力が抜けていく。
「お姉ちゃ……し……り……!………………ん!!」
琥珀の声が遠くなっていく。やがて、私の耳は彼女の声を聞き取ることができなくなった。
☆★☆
「うぅ……ここは……」
暗い、とても暗い空間。ピチョンピチョンという水滴の落ちる音だけが響いている。
地面はゴツゴツしていて、ひんやりとした冷気が肌を刺す。
「どこ……ここ……」
全くわからない。私は琥珀と遊んでいて……その時、頭を打っ……て……そこからの記憶がない。
「琥珀……? 琥珀!」
妹の名前を呼ぶが、返事はない。近くにはいないようだ。
「琥珀……琥珀! どこにいるの!」
不安感と焦燥感に襲われ、何度も、なんども、名前を叫ぶ。だが、その叫びは虚しく反響するだけだ。
「誰か……いないの?」
誰も答えない。ただ、冷たい風が吹き荒れているだけ。
「怖い……よ……」
いつの間にか、涙が頬を伝う。拭っても、拭っても止まらない。心細い。寂しい。悲しい。そんな負の感情が次から次に溢れ出てくる。
「うぅ……」
どう考えても自分が暗闇の中に閉じ込められている理由がわからない。
「もしかして……」
捨てられた? 転んだ後……目を覚まさないからって……捨てられたの……?
「うっ……ううっ……」
一度、その考えに至ったら、もう止められなかった。涙が滝のように流れ出す。嗚咽が漏れる。
「うっうっ……」
どうして……こんなことに……。悪い夢なら早く醒めて……。
「……あれは……」
視界の端で何かが輝いた。
暗闇の奥に光る何かが見える。涙を袖で拭き、恐る恐る近づいてみると、そこには古びた鏡が落ちていた。
「なにこれ……」
見たことのない模様が描かれている。これは……文字……なのかな……。
「……!」
突然、鏡に映る自分の姿が歪む。まるで水面に石を投げ入れた時みたいに。
『誰だ……?』
どこからともなく、男の声が聞こえた。姿は見えないが、確かに声の主はいるようだ。
「あなたこそ……だれ……ですか? どこにいるんですか?」
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