第19話 運命の架け橋

「うぅ……自分が食べられている光景を想像してしまいました……でも、まさか本当に食べるわけじゃ……ないですよね?」


 依狛が怯えながら琥珀を見る。


「本気だよ? 食べられたくなかったら、早く、帰り道と鏡を見つけてね!」

「ひえぇぇ! ごめんなさい! すみません! すぐに見つけますからぁ!」


 依狛は泣きそうな声で叫び、先へと進む速度を上げた。

 その速度は尋常ではない。まるで何か恐ろしいものに追われているかのようだ……。


「依狛……速い……待って……」


 慌てて彼女の後を追うが、あっという間に彼女の姿は暗闇の中に消えていった。


「依狛……? どこにいるの……返事をして……」


 いくら呼びかけても、帰ってくるのは静寂のみだ。


「うぅ……ぐすっ…………」

「お姉ちゃん? 泣いてるの?」


 堪えきれなかった。日本で平和な生活をしていた時には決して感じることのなかった恐怖が心を蝕み始める。


「ごめんね……私が変なこと言ったから……でも、大丈夫だよ。アイツだって馬鹿じゃない。すぐ戻ってくるって」

「うっ……うん……」


 琥珀は震える体を優しく包み込んでくれた。


「……それに、私はずっと一緒だから」


 耳元で囁かれる優しい言葉。

 その言葉から伝わる温もりが俺の涙腺を余計に刺激する。


「うっ……うぅ……こはく…………」

「うん、私はここにいるよ」


 俺は琥珀を力いっぱい抱き締めた。彼女は何も言わずにただ受け止めてくれる。

 中身は男、それも三十歳近いおっさんだというのに……情けない。

 そう思っても、溢れる感情を抑えることができなかった。


 ☆★☆


「真白様〜! 琥珀様〜!」


 しばらく経つと、遠くの方から依狛の声が聞こえてきた。どうやら無事だったようだ。


「それらしき道を見つけました! こちらです! 来てください!」


 俺たちは依狛の案内のもと、急いでその場所へと向かった。


「これは……」


 巨大な地下渓谷を自然のものとは思えない細い道が貫いている。


「こんなの通れるかな……」


 幸い、壁から生える白い水晶のような鉱物が光っており、視界は良好だ。それでも道幅は狭く、人がすれ違うにはギリギリの広さである。しかも下は断崖絶壁だ。落ちたら確実に助かるまい……。


「でも、宝物を隠すのなら、ここが一番適していそうじやありませんか? キラキラしてて綺麗ですし」

「確かに……」


 キラキラしているのはあまり関係ない気もするが、この細い道は自然のものとは考え難い。

それならばこの細道が宝を守るために作られたものの可能性も十分ある。


「自分は余裕ですよ。この程度の道」

「私も大丈夫かな。一番不安なのはお姉ちゃんだけど……」

「…………」


 俺は無言のまま、渓谷の下を覗き込んだ。

 底が見えぬほどの深い闇が広がっている。落ちれば、まず命はないだろう。


「む、無理……絶対に無理……」

「じゃあ、お姉ちゃんはここで待ってて。大丈夫、すぐに終わらせてくるから」


 琥珀は俺を安心させるように微笑むと、依狛と共に先に進み始めた。


「あ……待って…………」


 一人になった途端、再び不安が襲いかかってきた。慌てて二人を呼び止めようとしたが、俺の小さな声はもう二人には届かない。


「まだ、追える……」


 二人の背中を見つめ、俺は呼吸を荒くする。心臓の鼓動がうるさいほど高鳴る。

 嫌だ……一人になりたくない……。

 二人を追うべく、俺はゆっくりと細道に足を踏み入れた。恐怖で足が震える。脈が早くて、体が無意識に揺れる。


「落ち着け、こんなの平均台より全然太いじゃないか……こんなの簡単に渡れるはずだ」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「……よし……もう少し」


 一歩、また一歩と慎重に歩を進める。


「あと少し……あと少しで……」

『キィィイイィ!』

「ひっ……!?」


 突然、耳障りな甲高い鳴き声が辺りに響き渡る。


「ま、マガツヒ!?」


 俺は反射的に振り返った。そこには俺めがけて真っ直ぐ飛んでくるコウモリのような生き物の姿がある。


「くっ……!」


 咄嵯に身を屈めて避けようとする。しかし、足がもつれ、そのままバランスを失ってしまった。


「あ……!」


 体が宙に投げ出される感覚を覚える。次の瞬間、激しい衝撃とともに意識を失った。

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