第17話 狐と犬

「さて、挨拶はこれくらいにしておいて、早速本題に入りましょう。真白様、琥珀様。あなた方は我らを助けてくれると仰いましたが、具体的に何をしてくれるのでしょうか?」

「当然、マガツヒを退治しに来たんだよ。さっさと退治してお姉ちゃんをモフるの」


 モフるとか恥ずかしげもなく言わないでくれ……。俺は赤面しているのを隠すために俯いた。


「そうですか……。だが、申し訳ない。マガツヒとの戦いはもう終わったのです」

「え!?」


 衝撃の事実に思わず顔を上げる。

 終わった……? もしかして撃退したのか? でも、それならなんでこんなにも里の空気は重いんだ……。


「どういうこと?」

「我々は負けたのです」

「そんな……! まだ、戦える人は残ってるじゃん! そこにいる女とか!」


 琥珀は緋色の方を指差した。だが、彼女は微動だにせず、冷たい視線を向けてくるだけだ。


「確かに、まだ戦おうと思えば戦うことができます。ですが、もう戦う意味がないのです」

「どうして? 退治できていないのなら、また来るんじゃ……」

「来ませんよ。奴らの目的は里を滅ぼすことではありませんから」

「へ?」


 里を滅ぼすことが目的じゃない?

 琥珀の話ではマガツヒは穢れの再生産を目的としているはず……。それなら、里を滅ぼした方が効率が良いと思うけど……。


「ここを襲ったマガツヒは所詮、人間に操られていたコマに過ぎません。目的を持つのは、そのコマを操るたった一人の人間……。そして、そいつの目的は鍵でした」

「鍵?」

「はい。里の東に魂交こんこうの祠という場所があるのですが、奴はこれ以上攻撃しないことと引き換えに、そこの鍵を要求してきたのです」


 なるほど……里が完全に崩壊していないのは……降伏したからなのか……。


「私たちはその要求を呑むことにしました。これ以上、里で犠牲を出したくなかったからです。その結果、里は守られました。ですが……その代償として、奴の手に鍵が渡ってしまいました」


 里長の顔は苦渋に満ちていた。よほど悔しかったのだろう。拳を強く握りしめている。


「何かまずいの?」

「わかりません……我々とて、魂交の祠について詳しくは知らないのです……ただ、あそこに里の神具である【魂交の鏡】があるらしいということだけ言い伝えられています」

「ふぅん……」


 琥珀は心底興味なさそうだ。マガツヒ退治から話が変わってしまって、興味を失ったのかもしれない。


「理由はわかりませんが、どうも奴の手に渡ってはいけない気がするのです。このような乱暴な手段を取る者です。ろくな使い方をするわけがない」

「確かに……」


 魂交の鏡がなんなのかはわからない。それでも、この里の惨状を見れば、それが更なる悪事に使われることは想像に難なくない。


「そこで、お二人にお願いしたいことがあります」

「はい」

「これから緋色、依狛と共に魂交の祠に向かってください。奴の手に渡る前に魂交の鏡を回収してきてほしい」

「それは構いませんが……」

「引き受けてくれますか!」


 里長は嬉しそうに顔をほころばせた。だが、一つ疑問が残る。


「今から行って間に合うのですか?」

「祠の中は入り組んだ洞窟になっていると聞きます。奴は今頃、鏡を探して彷徨っていることでしょう。ゆえに、急いで向かえば、奴より先に鏡を回収できるかもしれません」


 なるほど……本当に祠の中が迷路のようになっていれば、先に回収できる可能性はある。もしできなくとも、出てきたところを捕まえられる可能性もあるかもしれない。

 俺は依狛の方を見る。彼女は視線を送ることで、力強く首肯してきた。

 どうやら、行くしかないようだ……。


 ☆★☆


「足を引っ張るなよ。狐風情が」

「はあ? そっちこそ足を引っ張らないでよ。耳が立っている方の犬」


 琥珀と緋色は睨み合いながら街道を歩いている。その距離はかなり近い。

 二人の視線の間には火花が散っているようにさえ見える。里を出てからずっとこの調子だ。正直、かなり居心地が悪い。


「二人とも仲が良さそうでよかったです!」


 前を歩く依狛が振り返り、ニコニコしながら言った。


「あれがそんなふうに見えるの?」

「はい! 自分と緋色は友達なのですが、自分にもいつもあんな感じで接してくるんです。だから、あれはきっと仲良くなりたい証拠ですね!」

「そ、そうなんだ……」


 彼女のポジティブさには感服してしまう。まぁ……喧嘩するほど仲がいいとも言うし、間違ってもいないのかも?


「まあ、自分の場合、言い返すのはちょっと怖いんで、ひたすら謝っているんですけどね!」

「……な、なるほど」


 あの謝り倒す性格は緋色さんの影響だったのか……。

 緋色が罵り、依狛が謝る。想像しただけでも地獄絵図だ。


「おい依狛、何を話しているんだ? まさか私について、あることないこと言ってないだろうな」

「な、何も言ってないですよ! 本当に!」

「ふんっ……どうだかな」


 緋色の目がスッと細くなる。


「うわー! ごめんなさい! 許してください! 自分は嘘つきです! はい! あることとか、あることとか喋っていました! すみません! ごめんなさい! 許してください! 何でもするわけではありませんけど!」

「うるさいぞ、依狛! 少し静かにしろ!」

「ひぃいいいいいいいい!! ごめんなさい! ごめんなさい……!」

「おい、耳が垂れている方の犬。うざいから、もう謝るな」

「ひぇえぇ……琥珀様まで……すみません! 申し訳ありません! 真白様を好きなさってよろしいので許してください!」


 なるほど、これはひどい。まるでコントを見ている気分になる。

 なぜか、俺が対価として差し出されているし。


「琥珀、あんまりいじめちゃダメだよ」

「うん、わかった!」


 俺が諭すと、彼女は素直に言うことを聞いてくれた。

 姉にだけは従順なんだから……。


「うぅ……すみません真白様」

「そこはありがとうって言ってほしいな……」

「はいっ! 真白様、ありがとうございますっ! 大好きですっ!!」


 この子も大概、単純だ。


「ふんっ、おまえらがしょうもない争いをしている間に着いてしまったぞ。魂交の祠に」


 いや、争いの発端はあなたでしょ……

 そう言いたかったが、これ以上話がこじれるのが嫌だったので黙って祠の方へ目を向けた。

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