魂の交わる時

第16話 妖怪の里

 あれから山を抜けて、整備された街道を進むこと数十分。ようやく、目的地である里に到着した。


「これは……」


 辺り一面、焼け野原になっている。辛うじて建物らしきものが残ってはいるが、それもいつ崩れてもおかしくないほどボロボロだ。


「まだ滅んでいません……。間に合いました」


 依狛がホッと息をついた。確かに、建物は崩壊寸前だが、遠目に見ても人が生活している気配がある。


「行きましょう」


 俺と琥珀は無言で首肯すると、足早に里へと入っていった。


 近くで見てみると、この里の惨状がより一層鮮明にわかる。田畑は荒れ果て、家屋は崩壊寸前、人々は皆、傷だらけだ。


「ひどい……」


 俺は無意識のうちに呟いていた。こんな残酷なことをしたのが人間だなんて……思いたくない。


「真白様、こちらです」


 依狛は手招きをしながら、里の中心部に向かって歩いていく。人々から好奇の目で見られながらも俺はその後を追った。


「ここが私たちの里長さとおさの家になります」

「へぇ……」


 案内された家は、他の家と比べても大きい方ではない。だがそれでも、柱が太く、まだ原型を保っていることからもその頑丈さがわかる。


「依狛、ただいま戻りました!」


 家の中に入ると、彼女は大声で叫んだ。そして、すぐに奥の方から一人の男性が姿を現す。


「生きていたのか……」


 彼は俺たちの姿を認めるなり、安堵の表情を浮かべた。だが、その目はどこか虚だ。


「はい! ただいま帰りました!」

「ああ……おかえり……そちらの方は」


 依狛の言葉を聞いてもなお、彼の目には生気が宿らない。それどころか、焦点すら定まっていない。


「真白様と、琥珀様です。お力を貸していただけるとのことでお連れしました」

「そうですか……それはありがたい……このような里のために……」


 男はフラリフラリとおぼつかない足取りで近づいてくる。そして、俺の前で立ち止まると、所々皮の剥げた手を伸ばしてきた。


「よろしくお願いします……」

「は、はい……」


 俺は男の手を握ると、ゆっくりと上下に振った。その手からは見た目以上に彼が疲弊していることが伝わってくる。

 軽い……。まるで棒切れを握っているようだ。


「立ち話もなんですから、どうぞ中に……」

「失礼します」

「おじゃましまーす」


 俺は男に導かれるようにして、玄関の段差を上がる。廊下を歩く途中、襖の隙間から子供たちが見えた。彼らは一様に痩せ細り、目の下には濃い隈が出来ている。その瞳は絶望に染まっていた。


「あの子たちは?」

「里の子供たちです。ここは他よりも頑丈なので……保護しているのです」

「なるほど……」


 彼らの姿に胸が痛む。日本にいた頃、テレビ越しに、戦地で苦しむ子供の姿を何度も見た。だが、実際に目の当たりにすると、その悲壮感は桁違いだ。


「どうかなさいましたか?」

「いや……」


 居間に着くと、そこにはすでに二人の男女が座していた。男性は白髪混じりの髪を後ろに撫でつけた老人。女性は、ピンと立った耳が特徴的で、腰まで伸びた銀髪を後ろで束ねている。鋭く光る緋色の瞳は、何故だか俺を睨みつけている。


「依狛……それがお前の連れてきたか?」

「はい! 真白様と琥珀様です!」


 依狛が誇らしげに言うと、女性は深くため息を吐いた。


「真白様と琥珀様……か。二人ともまだ子供に見えるが? 子供の妖狐二匹に何が出来るというのだ? 私はそんなものより、頼りになる強き者を連れてこいと言ったはずだが?」


 彼女の言葉には棘があった。俺たちに対する敵意のようなものを感じる。


「はあ? 私たちを妖狐なんかと一緒にしないでくれる? こちとら、神様って呼ばれてる存在なんだけど?」


 琥珀が不機嫌さを隠そうとせずに言い返した。すると、女性の顔つきが険しくなる。


「自分を稲荷の狐だと思い込んでいる頭のおかしい娘なのか? 哀れだな」


 彼女は鼻で笑うように言った。


「おまえ……」


 琥珀の目の色が変わる。怒りで我を忘れかけているようだ。止めないと……


「やめて、琥珀!」

「でも!」

「ふんっ……。このようなことで感情を露わにするとは……。やはり、ただの妖狐に違いないな」


 女性は嘲笑うかのように口角を上げる。

 その態度に琥珀の怒りの度合いはさらに上がっていく。俺は必死になって彼女を宥めた。

 このままではまずいな……。なんとか、琥珀の気を収めないと……。


「いい加減にせんか!!」


 俺が頭を悩ませていると、突然、老人が一喝した。その声音は強く、空気を震わせるほどの迫力がある。


「この方々が妖狐であろうと稲荷様であろうと、助けに来てくれたのだ。感謝することさえあれど、文句をつけるなど、あってはならぬことだ」

「しかし、この者たちは子供です! そのような者に何ができると言うのです!?」

「子供だろうと、大人だろうと関係あるまい。我々には助けが必要だ。もし、戦えずとも、せめて傷ついた者の治療だけでもしてくれれば、それでいいのだ」

「……」


 老人の諭すような物言いを聞き、彼女は押し黙る。


「騒がせて申し訳ない。私がこの里の長をやっている鹿十郎かじゅうろう。そしてそっちが村で一番の強者、緋色ひいろ

「……」


 彼女は無言で会釈をした。俺はそれに合わせて頭を下げる。


「さて、挨拶はこれくらいにしておいて、早速本題に入りましょう。真白様、琥珀様。あなた方は我らを助けてくれると仰いましたが、具体的に何をしてくれるのでしょうか?」

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