第14話 代償
「あ〜〜〜〜!!!! めちゃくちゃモフりたいなーー!!」
「えっ?」
突然の大声に、琥珀はビクッと身体を震わせて足を止めた。その瞳は驚愕に見開かれている。
「えっと……」
俺は戸惑っていた。自分でもなぜこのような行動に出たのかわからないのだ。でも、ここで動かなければ後悔するような予感がして、咄嵯に叫んでしまった。
「えっと……その……犬娘の尻尾も、手も、耳も…………すごくモフりたい!!」
「……はぁ?」
俺の言葉に、琥珀は呆気に取られたような顔をしている。それは当然の反応だろう。俺自身、なにを言っているのかわからないのだから……。
「……真白様?」
隣を見ると、依狛がきょとんとしている。それもそうだ。いきなり叫んだ奴がいれば誰だってそんな顔をする。
俺は恥ずかしさのあまり、頬が熱くなるのを感じた。穴があったら入りたいとはこのことだ。
「……別に、こんな犬のものじゃなくても、私の尻尾を好きなだけ触らせてあげるよ?」
「いや…………狐と犬とでは……モフモフ感が全然違う!」
「お姉ちゃん……おかしくなっちゃったの? ああ、でも色々あったからね。疲れてるんだね」
琥珀は哀れむような目で俺を見る。その視線がさらに羞恥心を加速させた。だが、俺はもう止まらない! 止まれない!
「私は至って正常だよ! ただこの前、琥珀の尻尾を触ったときに
「……なにそれ?」
「……わかんない」
俺にもわからなかった。今この場で適当に作った造語なのだから当たり前だ。
「でも、とにかく! 私はこの子をモフりたい!」
琥珀の前に立ち塞がるように両手を広げる。
「……はぁ、お姉ちゃんどいて、そいつ蹴り飛ばせない」
「ダメ! 琥珀が彼女のお願いを聞くまでどかない!」
「……はぁ」
琥珀は大きなため息をついた。そして、ゆっくりと俺に向かって歩き出す。その足取りは重く、明らかに怒っていることがわかる。もしかして、蹴られるんじゃ……。
俺は来る衝撃に備えて身構えた。
「……あれ?」
しかし、予想に反して痛みはなかった。その代わりに、ポンっと優しく肩に手が置かれる。
「わかったよ。その子のお願いを聞いてあげよう」
「ほ、本当!?」
「うん、その代わり条件があるんだ……」
琥珀は妖艶に微笑んだ。口から覗く小さな八重歯が妙に艶めかしくて、俺はゴクリと唾を飲み込む。
「私にもお姉ちゃんをモフらせて」
「へ?」
予想外の返答に間の抜けた声を出してしまった。
「だから、お姉ちゃんをモフらせてくれるならマガツヒ退治に行ってもいいって言ってるの」
「それだけ? べつにいいけど……」
「ほんと!?」
俺が承諾すると、まるで花が咲くように、彼女はパァーッと表情を明るくした。
「うん……」
「やったっ!」
琥珀は小さくガッツポーズをしている。そこまで喜ばれると、少し照れくさい。
「えへへ……私が満足するまで…………どんなに抵抗しても……離さないからね…………ふへへ……」
彼女は怪しげな笑みを浮かべて俺を見ている。その瞳は欲望に濡れており、俺は身の危険を感じた。
「はあ……はあ……限界までモフり倒したら、お姉ちゃん……どんな顔をするのかな……楽しみだな…………」
「ひっ……」
背筋が凍るような感覚が全身を走る。それと同時に風呂場での記憶も思い出された。
あの甘い感覚が蘇る……。あれが自分の意思に反して、永遠に襲ってくるとしたら……。考えただけでも体が熱くなって、心臓がバクバクと脈打つ。
「お姉ちゃん?」
「ひゃい!」
いつのまにか琥珀の顔が目の前にある。どうやら考え事をしていたせいで近づいてくるのに気付かなかったらしい。
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫……」
「じゃあ、早速行こうか。早くお姉ちゃんをモフりたいし!」
「うぅ…………」
マガツヒ退治が無事に終わっても、きっと俺は無事では済まないのだろうな……。そんな確信めいたものを感じながら、琥珀の手を取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます