第13話 モフりたい

「お願い?」

「はい……。力を貸してほしいのです。きっと今も里では多くの同胞が闘い、苦しんでいます……。それを救ってほしいのです」


 依狛は頭を下げたまま俺を見つめる。そこには切実な願いが込められていた。できることなら彼女の力になりたい。でも、俺にはそんな力はない。彼女を救うことができるのは…………


「お姉ちゃん、いる?」


 俺が悩んでいると、不意に襖が開かれた。見れば、そこには琥珀が立っている。


「琥珀……」

「お願いします!」


 事情を説明しようとすると、依狛が大きな声で割り込んできた。そして、そのままの勢いで、琥珀の前に膝をつくと両手を合わせて懇願する。


「どうか、私に力を貸してください! このままでは里が滅びてしまうのです……」

「…………」


 必死の形相で頼み込む彼女に琥珀は何も言わず、じっと見下ろしているだけだ。その顔からは何を考えているのか読み取れない。


「お姉ちゃん。この子どうしたの?」

「里がマガツヒに襲わたんだって……。それで助けを求めてきて……」

「ふーん」


 俺の説明を聞くと、彼女は依狛の方へと向き直った。そして————————


「嫌だよ」

「……っ!?」


 あまりにもあっさりとした返事に依狛は愕然としていた。その顔からは彼女の深い絶望が見て取れる。


「そ、そんな……」

「だって、私に得がないよ。私はお姉ちゃんを護るので手一杯だし。それに、妖怪ごときを助けるためにわざわざ危険な目にあうのも馬鹿らしいしね」

「よ、妖怪?」


 緊張した空気の中、俺は思わず声を出してしまった。


「ああ、お姉ちゃんはまだ知らなかったね。世界には、大きく分けて人間とマガツヒ、妖怪、そして、その枠組みに入らないその他の者が存在するんだよ。それでこの犬は妖怪」

「私たちは違うの?」

「全然違うよ。私たちは人間の祈りから生まれた。いわば、マガツヒと対をなす存在。神様なんだ」

「え、でもあのときは神様じゃないって……」

「そうだね。私は自分のことを神様とは思ってないから。でも、説明するなら神って言葉が一番わかりやすいからそう言っただけ」


 彼女は悪びれた様子もなく淡々と語る。

 なるほど……人間の信仰から生まれたのなら、確かに妖怪とやらを助ける義理はないのかもしれない。でも、本当にそれでいいのだろうか……。


「うぅ……」


 依狛の顔から血の気が引いていく。もはや死人のようだ。それほどまでに、今の彼女は追い詰められていた。


「お願いします……。どうか、お願いします……。私がなんでもしますから……。私の体を売っていただいても構いません。ですので……ですので……」


 ついには泣き出しながら土下座までし始めた。その姿は痛々しいほどに悲壮的だ。


「お願いします……」


 彼女は額を地面に擦りつけている。それでも、琥珀の答えは変わらない。


「嫌だよ。おまえの体なんて興味ないし」

「そんな……お願いします……」

「しつこいな…………」


 琥珀は苛立たしげに舌打ちすると、おもむろに右足を振り上げた。蹴り飛ばす気だ……



「あ〜〜〜〜!!!! めちゃくちゃモフりたいなーー!!」



「えっ?」


 突然の大声に、琥珀はビクッと身体を震わせて足を止めた。その瞳は驚愕に見開かれている。


「えっと……」


 俺は戸惑っていた。自分でもなぜこのような行動に出たのかわからないのだ。でも、ここで動かなければ後悔するような予感がして、咄嵯に叫んでしまった。


「えっと……その……犬娘の尻尾も、手も、耳も…………すごくモフりたい!!」

「……はぁ?」


 俺の言葉に、琥珀は呆気に取られたような顔をしている。それは当然の反応だろう。俺自身、なにを言っているのかわからないのだから……。

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