第12話 新しいモフモフ

「本当にごめんなさい!」


 少女は深々と頭を下げて謝っている。その顔はまるでりんごのように真っ赤に染まっていた。


「あはは……気にしないで」

「でも……」

「私が確認しなかったのも悪いから」

「でも……」


 さっきからこれの繰り返しだ……。彼女は申し訳なさそうにして、ひたすら謝罪の言葉を口にしている。

 でも、本当に怒ってはいないし、そもそも漏らしたのは俺の方なのだから、彼女がそこまで思い詰めることではないと思うのだが……。


「本当にごめんなさい……」

「もういいってば」

「ごめんなさい……」

「あー、もうっ」


 一向にやむ気配のない彼女の言葉に、少しイラつきを覚える。


「別に大丈夫だって言ってるでしょっ!」

「ひぃ……」


 少し語気を強めて言うと、少女はビクッと身体を震わせた。


「……」

 なんだか俺が悪いみたいじゃないか……。まったく……。

「本当に気にしてないから。もう謝らないで」

「はい……わかりました」


 彼女はまだまだ謝りたそうな様子だったが、とりあえずは納得してくれたようだ。


「それより、あなたの名前は?」


 俺は話を逸らすように質問をした。このままでは話が進まない。


「あっ、すみません……。まだ名乗っていませんでしたね。自分、生狛いこまと申します!」

「いこま……ちゃん?」

「はい! よろしくお願いします!」

「うん、私は真白。よろしくね」

「はい! 真白様ですね!  覚えました!」

「えっと、できれば呼び捨てにしてほしいかな……」

「了解しました!  真白様!!」

「……」


 駄目だ……。この子は人の話を聞いていない……。


「よろしくお願いしますね! 真白様!」


 彼女は握手を求めてくる。

 差し出された彼女の手はとてもモフモフだった。両手は共に茶色の毛で覆われており、指先には肉球らしきものがついている。


「えっと……」


 どうやって握手すれば良いのかわからない。彼女のモフモフの手は俺の手の中に収まりそうにはない。どうしよう……。


「……?」


 彼女は満面の笑みで俺の答えを待っている。仕方がない……。俺は右手をゆっくりと前に出した。そして、人差し指と親指を使って、指の一本だけつまんでみる。


「よ、よろしく」

「はいっ! こちらこそ、よろしくです!」


 手を離す際に、さりげなく引っ張ってみたが、彼女の手袋のようなそれは脱げることはなかった。どうやら本物のようだ。

 目の前に立つ彼女の姿を見てみれば、その手が何なのかもすぐにわかった。

 肩にかかるくらいの髪の毛は綺麗な茶色で、その中からは申し訳なさそうに焦茶色の犬耳が垂れている。

 服装は緑を基調とした着物のようなものを着ているが、お腹の部分が大きく露出していて、そこからはふさふさの尻尾が顔を覗かせていた。

 つまり、彼女は犬娘というわけだ。狐娘を見た後だから、そんなに驚きもしない。


「真白様? どうかされましたか? 自分の姿、何か変でしょうか?」

「あ、いや、お腹と足が寒そうだな〜って」

「あぁ……この服ですか? こっちの方が動きやすいんです。それに自分、体温は高い方なんで、寒くもないんです!」


 新緑色の瞳を輝かせて、自信ありげに語る彼女。その目線は俺よりも頭ひとつ分ほど高く、背丈の差は歴然だ。しかし、それでいて、不思議と威圧感はない。むしろ、守ってあげたくなるような雰囲気を持っている。ただ……


「大きい……」

「はい? なにがですか?」


 身長差もあって、俺の目線の高さにちょうど大きな膨らみがあった。それは、今にも弾けてしまいそうなほど大きくて、俺の胸についている慎ましいものとは大違いである。

 男の気持ちを強く保っているはずなのに、性的な感情ではなく、劣等感を感じてしまっている自分が情けない。


「いや、なんでもない……そ、それよりさ、依狛ちゃんはどうしてあんなところに倒れていたの?」


 これ以上、そこに視線を向けるのは良くないと思い、俺は慌てて話題を変えた。


「…………襲われたんです」


 一瞬の間があってから、彼女は口を開いた。その声音には怒りが含まれているようで、表情は真剣そのものだ。


「マガツヒに……だよね?」

「はい……。でも、マガツヒだけじゃありません。人間がマガツヒを連れて、私たちの里を襲いに来たんです」

「に、人間が!?」


 予想外の返答に驚く。人間とマガツヒ、相容れない存在に感じるけど……。


「はい……。ここから少し北に行ったところに自分たちの里はあるのですが、普段はマガツヒの影もない平和な場所なんです。でも、あのときは違った。怪しい出立ちの女が大量のマガツヒを引き連れて里に現れたんです」

「……マガツヒを引き連れてって、あれって従えることができるの?」

「いえ、少なくとも私の知る限りでは無理です。そんな芸当ができるなんて聞いたことがない……」

「じゃあ、その女はどうやって……」

「わかりません……。でも、事実としてアイツはマガツヒを従えていました。そして、その矛先は自分たちに向けられた……。必死に抵抗したけど、多勢に無勢で…………。そこで、自分は助けを求めてこちらへ逃げてきたんです」


 彼女は悔しそうに唇を噛み締めた。


「でも、追手にやられてしまって……真白様たちが助けてくれなかったら、間違いなく死んでいました。本当にありがとうございます」

「私は何もやってないよ。お礼なら琥珀に言ってあげて」

「はい、もちろん琥珀様にも後で感謝を伝えます。でも、まずは真白様に言いたかったので……。ありがとうございました」

「うん……」


 こんなに素直に感謝されると少し照れ臭い。俺は誤魔化すように頬を掻いた。


「……それで、助けていただいた身として非常に無礼であることを承知の上でお願いしたいことがあるんです」

「お願い?」

「はい……。力を貸してほしいのです。きっと今も里では多くの同胞が闘い、苦しんでいます……。それを救ってほしいのです……!」

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