第11話 道
包帯を巻くとお母さんは少女を抱き抱えて立ち上がった。
「じゃあ、私はこの子を寝かせてくるわね。琥珀は真白の手当てをしてあげて」
「うん」
「じゃあ、お願いね」
それだけ告げると、彼女は部屋を出て行った。
「はい、腕出して」
「う、うん……」
言われるがままに袖を捲り、左腕を差し出す。すると、琥珀はその白い手をそっと添えてきた。
「ねぇ、琥珀」
「なに?」
「あのとき、森にいた……あの化け物みたいなのはなんなの……?」
ひと段落ついたところで俺はずっと疑問に思っていたことを訊いてみた。
「あれは
「まがつ……ひ?」
聞いたことのない単語だ。
「そ。生き物の悪や穢れから生まれるんだけど、一度生まれると各地に厄災を振りまいて、負の感情を再生産するの」
「再生産って?」
「病とか災害とか、マガツヒはいろいろな厄災を振り撒くのだけれど、厄災に見舞われた土地には多くの悪や穢れが生まれる。そして、それらがまた新たなマガツヒを生むというのを繰り返すんだよ」
「なるほど……」
穢れだの再生産だの、正直よくわかっていないけど、とりあえずマガツヒが恐ろしい存在だということだけは理解できた。
「それじゃあ、放っておくとどんどん増えるってこと?」
「そだね。いつか世界を、飲み込むかも」
返事が軽い……。琥珀はそんなに深刻なことだと思っていないようだ。あの炎があるからだろうか。
「じゃあさ、琥珀が操ってた炎みたいなやつは? あれはなんなの?」
「ん? ああ、あれは私の狐火だよ。一種の術みたいなものだね」
狐火って……。もっと弱々しく燃えるもののイメージなんだけど。少なくとも、あんなド派手な炎の渦を生み出すイメージはなかった。
それに術か……。魔法みたいなものなのかな……。そういうのもあるんだ。この世界。
「お姉ちゃんにも使えるはずなんだけど……まあ、忘れちゃってるよね。使い方」
「うん、ごめん……」
「ううん、大丈夫だよ。また使えるようになるまで、私が守るから!」
琥珀は俺の肩に手を置いて、自信満々に宣言した。その瞳には強い意志を感じる。
「ありがとう」
彼女の優しさに感謝する。そして、同時に、これから自分がどうやって生きていくべきかを考え始めていた。
家の中は日本と似ていて安心したけれど、外には俺の知らないことが沢山あった。まず、あのマガツヒという化け物。それから、琥珀の力。お母さんの秘薬。
どれも俺が元いた世界には存在しないものだ。そして、そのどれ一つとして今の俺には使えない。猛獣の檻に迷い込んだ小動物も同然だ。
でも、だからこそ、自分なりに生きる道を見つけなければならないと思った。それがどんなに険しいものでも……きっと、琥珀とお母さんが一緒なら乗り越えられるはずだから。
☆★☆
「はあ……」
色々とあって疲れた。外に出て早々あんな化け物に襲われるなんて……不運だ。
「そういえば、あの子どうなったんだろう」
森で助けた女の子を思い出す。まだ、名前すら聞いていない。
「元気になってたらいいなぁ……」
そんなことを呟きながら廊下を歩く。トイレに向かっているのだ。疲れていても尿意というものはやってくる。それにどうやら、女の子は男よりも膀胱が弱いらしく、ちょこちょこと催すので厄介である。
「漏れる……漏れる……」
焦燥感に駆られながら早足で歩く。そして、ようやくたどり着いたときにはホッと一息ついた。
「ふぅ……間に合った」
しかし、
扉を開けて中に入ろうとしたとき————
「ひっ……!?」
思わず悲鳴を上げてしまう。
「えっ!?」
なぜなら、そこにはあの少女が座っていたからだ……。
「あっ、あわわっ……み、見ないでください! ……ってあれ?」
「あうぅぅ……」
あまりの出来事に俺は尻餅をついてしまっていた。
そして——————
ちょろろ……
俺の股間からは黄金色の液体が流れ出していた……。
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