第8話 外の世界
「こっち、こっち!」
琥珀は楽しげに俺の手を引いている。
「待って……」
履き慣れない下駄に苦戦しながらも俺はなんとか彼女についていく。琥珀は時折こちらを振り返りながら歩いてくれているが、俺はそれに気づく余裕すらなかった。
……痛い……歩くたびに足の指の付け根あたりがズキズキする……。
慣れるまで時間がかかりそうだ……まあ、そのうち慣れることを願おう……。
そう思いながらも歩みを進めること数分……。痛みにも少しずつ慣れ始めた頃、俺はようやく周りの景色を見るだけの心のゆとりが出てきた。
いつの間にか周囲は木に囲まれており、地面からは土と苔の香りが漂ってくる。頭上からは鳥たちのさえずりが響き渡り、木漏れ日がチラホラと降り注いでいた。
「そろそろ抜けるかな……」
琥珀はそう言うとさらに足を速める。俺はその後を必死で追いかけた。
木々の間を強い風が吹き始める。それと同時に徐々に開けていく視界。
ついに森の中から抜け出した。
「あっ……」
強風に煽られた髪を押さえながら顔を上げると、目の前に広がる光景に俺は言葉を失った。
眼前に広がったのはどこまでも続く広大な平原。遠くの方には山々が連なっており、そこから流れる清流は大地を二つに分けるように蛇行している。そして、その川に沿うように立ち並ぶのは木造の家屋。その数は軽く百を超えており、大きな集落を形成していた。付近には田畑も広がっており、そこで農作業を行う人々の姿も確認できる。
「きれい……」
俺はただ一言呟くと、その景色に圧倒されていた。
「でしょ? ここからなら平原全体が一望できるんだ」
俺の隣に立つ少女はとても誇らしげに語る。
確かにこれは自慢したくなる気持ちもわかるかもしれない……。それほどまでに素晴らしい眺めだった。
でも、一つ気になることもある。ここは丘だ。それも結構高い。それなのに、ここに来るまで上り坂を歩いた記憶がない。なんなら、下った覚えさえある。となると……
「私たちって山の中に住んでるの?」
「そうだけど。何か変?」
「いや……だって……目の前にあんな広い平原があるのに、どうしてわざわざこんな山の中に住んでいるのかな……って」
普通なら川のほとりに家を建てて、そこを中心に街を作るはず……。それが合理的ってもんだ……。それなのに……なんで……?
俺の疑問に対して琥珀はキョトンとした表情を浮かべたあと、小さく笑った。
「え? だってあっちには人間が住んでて面倒くさいじゃん」
「え?」
「え?」
「人間?」
「うん、人間は嫌い……」
琥珀は俺の問いかけに淡々と答える。
人間が嫌いって……つい最近まで人間だった俺には理解し難い。ていうか、俺たち亜人的な何かじゃなかったの……。
も、もしかして妖怪的なやつだったりするのか……。だとしたら陰陽師みたいな存在に退治されたり……!?
「どうしたの、お姉ちゃん? 急に黙っちゃって」
「いや……なんで人間が嫌いなのかな〜って」
答えによっては、一生引きこもり生活まっしぐらだ……。頼む……! 俺の予想が外れてくれ……!
「んー……私もよくわかってないんだけど……なんか昔から苦手なんだよね……。生理的に無理っていうのかな? あいつら、私のことを見るとお稲荷様〜とか言って拝みだすんだよ!? 油揚げを押し付けてきたりするし。貰えるのは嬉しいけど、私、油揚げそんなに好きじゃないんだよね。どうせ貰えるなら、甘いお菓子とかの方がいいのにな」
琥珀は頬を膨らませながら不満気に語った。
「な、なるほど……」
よかったぁ……。妖怪じゃなく神様だったよ。神様。神様……かみさま…………神様!?
「ええええええ!!!!」
「うわっ! びっくりした……お姉ちゃんそんな大声出せたんだ……」
「こ、琥珀って神様なの!? ただの狐娘とかじゃなく!?」
琥珀の体を前後に揺すりながら尋ねる。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよお姉ちゃん……! なんか口調もおかしくなってるよ」
「あ、ごめん……」
俺は琥珀から手を離すと、今度は優しく肩に手を置いた。
「それで、琥珀は本当に神様なの?」
「いや、なんかよくわからないけど、人里に降りると人間がお稲荷様って呼んでくるんだよ。特に何もしてないのに」
「なにそれ……」
「ていうか、お姉ちゃんの方がよく言われてたんだよ。お稲荷様〜って」
「そ、そうなの……」
自分がお稲荷様と呼ばれているところを想像する。うん、たしかにこれは嫌だ。
上司扱いとか、先輩扱いならまだしも、神様扱いは正直勘弁願いたい。
「でも、まあ、色々と貢いでくれるから、別に悪い気分でもないけどね」
「そっか……」
まあ、本人がいいのであればいいのだろう……。
それにしても、お稲荷様って……。もしかしなくても、俺はとんでもない娘の体に乗り移ってしまったのかもしれない。
神罰が下る可能性も考慮しておくべきか……。
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