第6話 おふろ

「ねえ、お姉ちゃん」


 不意に横から話しかけられた。見ると、いつの間にか隣に座る琥珀の顔が目の前にあった。


「なに……?」

「お風呂はいろ!」

「……? まだ朝だけど……」

「え? お風呂は朝入るものでしょ?」


 彼女は不思議そうに首を傾ける。

 いや……普通夜じゃないの? そう言おうとしたが、止めた。生活様式が違うのかもしれない。


「……わかった。入ろっか……」

「やった!」


☆★☆


「準備できた?」

「うん」


 俺は部屋に戻って着替えを手に持つと、脱衣場に向かった。


「……!!」


 中には既に服を脱ぎ終えた琥珀が待っていた。

 軽い気持ちで承諾してしまったが、よく考えるとこれってもしかして……いや、もしかしなくても……混浴……!!

 いや、今俺の体は女の子だけど、心が耐えられない。年端も行かない少女と裸の付き合いなんて……。


「どうしたのお姉ちゃん、入らないの?」


 琥珀は不思議そうにこちらを見つめている。


「あ、いや……」


 俺は覚悟を決めると、服に手をかけた。

 俺は女の子。俺は女の子。私は真白。私は真白……私はお姉ちゃん!

 よし。自分に暗示をかけつつ、帯を解いて、着物を脱いでいく。しかし、そこで別の問題が発生した。

 恥ずかしい。すごく恥ずかしい。なんでだ、男の頃は全然平気だったのに……。俺は胸を押さえて俯いた。顔が熱い。心臓がバクバクと鳴っているのがわかる。


「お姉ちゃん、何してるの? 早く行こうよ……」

「ちょ、ちょっとまって……」


 意を決して下着に手をかけると、一気に下ろした。女の子の身体で初めて裸になる。その事実に、俺の顔はさらに熱くなってしまう。

 俺は自分の体を隠すように、両腕を前で交差させる。恥ずかしくて、まともに琥珀の方を見ることができない。


「ひゃっ!」

「えへへ〜、お姉ちゃんの肌綺麗だね〜」


 俺の気持ちをよそに琥珀は俺の身体に触れると、ペタペタと触ってきた。くすぐったい……。


「もう……あんまり触んないで……」

「んん〜」


 彼女は俺の言葉などまるで耳に入っていないようで、今度は俺の身体に抱きついて、胸に顔を埋めた。


「お姉ちゃん、温かい……」

「ちょ、ちょっと……」


 慌てて引き剥がそうとするが、意外と強い力でホールドされており、離れることができない。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。俺の心拍数はどんどん上がっていき、呼吸が荒くなる。


「……? お姉ちゃん大丈夫?」

「う、うん。大丈夫だから離れて……」

「え〜」


 琥珀は不満げな声を上げると、「しょうがないなぁ」と言って今度こそ離れた……

 俺は安堵のため息をつく。危なかった……。もう少しで風呂に入る前に茹で上がるところだった……。


「じゃあ、行こっか」

「う、うん……」


 タオルで身体を隠しながら、浴室の扉を開けると中に入る。

 中には木造の大きな浴槽があり、湯気が立っていた。床は大理石のような石が敷き詰められており、まるで旅館の浴場のようだ。


「わぁ……」


 思わず感嘆の声が出る。こんなに大きな風呂に入ったことはない。日本にいた頃はせいぜいシャワーくらいだった。俺は恐る恐る足を踏み入れると、ゆっくりと腰を下ろす。


「んん〜」


 温かな温度が全身に染み渡っていくのがわかる。これはクセになりそうだ。


「お姉ちゃん」


 しばらくすると背後から琥珀の声がかかった。振り向くとそこには髪をまとめた彼女が立っている。


「入る前にちゃんと身体洗わないとだめだよ!」


 そういえばそうか……。シャワーだけの生活で忘れていた。


「ほらここ座って」


 言われるがまま、彼女の指さす椅子に腰掛ける。


「お姉ちゃん、体の洗い方覚えてる?」


 覚えていないと言うのも嘘だが、覚えていると言っても嘘になる。女の子の体の洗い方なんて知らない。


「う、ううん……」

「そっか……」


 琥珀は少し考え込むような仕草を見せると、やがて何か思いついたのか手を叩いた。


「じゃあさ、今日だけ特別に教えてあげるね!」

「え?」


 そう言って、彼女は俺の背後に回り込んだ。


「ちょ、ちょっと!」

「いいから、じっとしてて……」


 耳元で囁かれると、背筋にゾクッとした感覚が走る。


「こうやってね、泡立てて……」


 琥珀は俺の頭にシャンプーを垂らし、優しく髪を撫で始めた。

 人に頭を洗ってもらうのってこんな感じなんだ……。なんだか懐かしいな……。


「ひゃうんっ!」


 耳に当たった指がくすぐったくて変な声が出てしまった。


「ご、ごめんね! 痛かった?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「そっか。じゃあ、続けるね……」


 彼女は再び手を動かすと、丁寧に頭皮をマッサージしていく。


「どう……かな?」

「うん……気持ちいい……」


 正直自分でやるより断然上手い。これは毎日やってほしいレベルだ。


「よかった」


 彼女はほっと胸をなで下ろすと、再び手を動かし始めた。

 ……………………

 …………

 しばらくすると、彼女は手を止めてシャワーで俺の頭の泡を流していく。


「髪の毛は長いから、しっかりと流すんだよ」

「わかった……」


 そういえば、この体になってから髪が長くなったことをすっかり忘れていた……。女性の髪の毛の手入れは大変だって聞いたことはある。


「次は体だね」


 琥珀はボディーソープを手に取り、俺の体に塗りつけていく。


「んん……」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない……」


 三十歳の男の肌よりはるかに柔らかい女の子の肌は敏感に刺激を感じ取ってしまう。彼女の小さな手が滑る度に、なんとも言えない快感が全身を走り抜ける。


「ふぅん……」


 琥珀は不敵な笑みを浮かべると、さらに激しく動かし始めた。

 彼女の細い指が触れる度に、吐息が漏れてしまう。俺は必死に我慢するが、体がビクビクと震えるのは抑えられない。


「あれれぇ? お姉ちゃん、どうかしたの?」


 琥珀はわざとらしく聞いてくる。


「ゃ、やめて……」

「どうして? こうされると気持ちいいでしょ?」

「き、気持ちいいけど……だめ……んん……」


 琥珀は手の勢いをさらに増し、同時にもう片方の手で尻尾を弄り出す。


「あっ……そこは……」


 敏感な尻尾を触れられて、身体が大きく跳ねる。


「ダメだよ。尻尾も洗わないと」


 彼女はそう言うと、容赦なく責め立て続ける………………。流水が身体を流すまでの間、俺は為す術もなくされるがままだった。


「はぁ……はぁ……」


 やっと解放された頃には既に息絶え絶えになっていた。


「これで終わり……」


 彼女はそう呟くと、ゆっくりと背中から離れる。俺はホッとして、大きく深呼吸した。


「えへへ……気持ち良かったでしょ」

「……」


 俺は無言で立ち上がると、彼女から距離を取った。


「ど、どうしたの……? そんな怖い顔して……」

「……きらい」


 俺は黙って浴槽の方へと歩いていく。


「ま、待ってよぉ……」


 琥珀は慌てて追いかけてきた。俺は振り返ることなく、そのまま風呂に浸かる。


「うう……ごめんなさい……」


 彼女の謝罪を無視して、俺はそっぽを続けた。


「あのね……ちょっと調子乗りすぎちゃった。前のお姉ちゃんもくすぐったくて嫌いだって言ってたのに……ごめんなさい……」


 琥珀は涙目になりながら謝ってきた。

 ……さすがにやりすぎたかもしれない。俺は大きくため息をつくと、口を開いた。


「……次からはしないで」

「う、うん……気をつける」


 浴槽の中は暖かいのに、空気は少し冷たい……。俺は琥珀の手を握って自分の方に引き寄せる。


「お姉ちゃん……?」

「……許さない」

「え……?」

「……責任取って」


 困惑する琥珀の横腹を思いっきりくすぐってやる。


「きゃはははは!」


 すると、彼女は大声で笑い出した。


「こっちもお返し!」


 続けて、金色に輝く琥珀の尻尾を掴んで、思い切り引っ張る。


「あぁぁぁあーー!!」


 彼女は悶絶しながら暴れまわる。俺はそれを押さえつけると、脇の下をくすぐり続けた。


「お姉ちゃん! ストップ! ストーップ!」


 彼女は息を荒げながらも叫ぶ。俺は仕方なく手を止める。


「はぁ……はぁ……もう……いきなりひどいよ……」

「先にやったのは琥珀でしょ」

「それはそうだけど……」


 しゅんと肩を落として落ち込む彼女を見て、少し罪悪感を覚える。……仕方ない。俺は彼女に歩み寄ると、その頭を撫でた。


「……もう怒ってない?」

「うん、もう怒ってない。おあいこ」

「本当に?」

「本当……」

「……よかった」


 琥珀は安心したように微笑むと、こちらを見つめた。


「ねえ、お姉ちゃん」

「なに?」

「明日も一緒にお風呂入ろうね」

「……うん」


 温まった体が冷えてしまう前に俺たちは風呂場を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る