第5話 速……すぎる……
陽光のまぶしさにゆっくりと目を開く。窓から差し込む光は枕元を照らしており、外からは小鳥のさえずる声が聞こえた。お姉ちゃんとして初めての朝だ。
「ふぁ〜」
大きな欠伸をしながら身体を起こすと、その爽快感に驚く。
体が軽いのだ。疲れが取れたというより、生まれ変わったような感覚に近い。いやまあ、実際生まれ変わったんだけど。
「これが若さなのか……」
思わず呟く。すると、廊下の方から誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
「お姉ちゃん、おはよう!」
そう言いながら部屋に入ってきたのは琥珀だった。彼女は俺の姿を見ると一瞬固まったが、やがて満面の笑みを浮かべて飛びかかってきた。
「んん〜」
そのまま俺の尻尾に顔を押し付けると、頬擦りを始めた。
「ちょ、ちょっと……」
彼女は俺の声などまるで耳に入っていないようだ。幸せそうな表情をしているが、これはこれでなかなか恥ずかしいものがある。
「もう……」
俺は仕方なくされるがままになっていた。
しばらくして満足したのか、彼女は俺から離れるとこちらに向き直った。
「改めて、おはよう! お姉ちゃん。今日から一緒に思い出、作っていこうね!」
「う、うん」
もうそこには敵意のようなものはなかった。昨日の晩のうちに彼女の中である程度整理がついたのだろうか。もしそうなら俺としてはありがたい限りだ。
「私ね、昨日の夜いろいろ考えたんだ。それでね……」
彼女はそこで一旦言葉を切ると、微笑んだ。
「私の中には、お姉ちゃんとの記憶がちゃんと残ってる。だからまずは、それを新しいお姉ちゃんとたどってみたいんだ!」
そこまで言って、彼女は再び抱きついてきた。
「これから、二人で頑張ろうね……」
彼女の小さな背中は微かに震えていた。
「うん……」
彼女なりに妹としてできることを考えてきたのだ。それに答えるためにも、精一杯姉として振る舞わなくては。
俺はそっと彼女を抱きしめ返した。
「ありがとう……琥珀……」
「…………さ、ご飯食べようか」
「うん……!」
俺と琥珀は手を繋いで部屋を出ると、昨日と同じように居間へと向かった。
「あ、起きたの?」
そこには朝食の準備をするお母さんの姿があった。いい匂いがする。昨日もそうだったが、美雪は料理がうまい。そんな母親の元に生まれてきた俺たちは間違いなく幸運と言えるだろう。
どこか他人事のようにそう思った。
「あの……手伝う……」
「あら、別に気にしなくていいのよ?」
「いや……何かしたい」
「そう? じゃあこれ、持っていって」
お母さんは味噌汁の入ったお
「私も手伝うー」
琥珀もお椀を両手で持って、後ろをついてきた。
その様子がとても愛らしくて、思わず目を細める。しかし、彼女に目を奪われていたせいだろうか……「あっ」俺は足を滑らせてしまった。
「危ない!!」
咄嵯のことで反応できなかったが、なんとかお盆だけは守ろうと腕を伸ばす。
しかし、予想していた衝撃はいつまで経っても訪れなかった。
「え?」
気がつくと俺は、お母さんに抱きしめられていた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ、うん……」
一体、何が起きたのだろう……。彼女は台所にいたはずなのに……。それに味噌汁も無事だ。床には一滴も垂れていない。
「ごめんなさい……」
「いいのよ。でも、これからは気をつけるのよ? また頭を打ったなんて言ったら、困っちゃうから」
お母さんはホッとした様子でため息をつくと、すぐに持ち場に戻って行った。
「お姉ちゃん……大丈夫?」
「大丈夫だよ……」
俺は呆然としたまま、琥珀に返事をした。
なんとも言えない違和感を感じる。今のお母さんの速さは、明らかにおかしかった。まるで瞬間移動したかのような……。
いや、まさか……ね……俺は首を横に振った。そんなことあるわけない。きっと考え過ぎだ。
「何してるの? 早くしないと冷めちゃうわよ」
「そうだね……」
俺はお味噌汁の入ったお椀を慣れない小さな手で運んでいった。
☆★☆
「「ご馳走様でした」」
「お粗末さま」
みんなが食べ終わると、お母さんは食器を流しへと運ぶ。
不思議なことにここでの生活は日本と大きくは変わらない。ご飯もいつも見るようなものだし、トイレや布団だって日本のものに似ている。
でも、テレビやパソコンといったものは一切見当たらない。
ここって地球なのかな?俺はぼんやりと考える。
「ねえ、お姉ちゃん」
不意に横から話しかけられた。見ると、いつの間にか隣に座る琥珀の顔が目の前にあった。
「なに……?」
「お風呂はいろ!」
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