第92話 村人
田圃の畦に落ちたと気づいた時には、奏は斜面を転がり落ちていた。止まらない。止められない。凄まじい勢いで、田圃に叩きつけられた。
受け身を取る事もできず、泥の上に背中を打ちつけた。
衝撃と苦痛で顔を顰めたが――
すぐに痛みは消え失せた。
『
女中部屋で起きた事は、ヒトデ婆に筒抜けだった。おゆらは奏だけではなく、ヒトデ婆にも真相を打ち明けていたのだ。己の絶対的な優位を見せつけ、裏切りを封じ込めようとしたのだろう。
魔女を裏切れば、十万人の中に選ばれなくなる。尤も己の命すら執着しない老婆は、気にも留めないかもしれないが……今の奏にはどうでもよかった。
要するに負けたのだ。
戦う前から負けていた。
悲惨な現実や絶望に抗う覚悟がなかった。思い返せば、誰かと本気で戦い抜いた記憶がない。争い事を嫌う奏は、他者と競い合う事すら避けてきた。加えて問題が起きたとしても、マリアが解決してくれた。年寄衆が常盤を売り飛ばそうとした時も、奏は何もしていない。ただ最高権力者の許婚に直訴しただけ。自分の力で食い止めたわけでも、年寄衆を説き伏せたわけでもない。
その程度の人間が、誰かを守るなんて……身の程知らずとしか言いようがない。
今ならマリアが『人形遊び』と評した理由も分かる。許婚の権力で取り戻した人形に執着し、「人形が壊れたから、なんとかしてくれ」と許婚に懇願していたのか。さぞかし滑稽に見えた事だろう。愚鈍な許婚に失望したかもしれない。それも仕方のない事だ。現実に抗う術を持たず、強い意志すら持ち合わせていない。力を持たない弱者は、全てを奪われて這い
もう何も考えたくない。
瞼を閉じようとした時、ぼんやりと何かが見えた。
最初、奏はそれを認識できなかった。幻覚や幻聴を体験したので、これも現実のものと思えなかった。
薄く瞼を開くと、次第に何かが大きく見える。動くものが、此方に近づいてきたのだ。人間と同じ姿をしている。
いや――人間だ。
黒い影法師ではない。自分と同じ年頃の娘だ。蛇孕村の住民であろうが……見覚えがない。抑も奏は、住民の顔や名を覚えていない。本家屋敷の外で擦れ違うと、彼らは平身低頭する。直に顔を合わせる機会はなく、住民に名を訊いた事もない。住民の名を知りたいと考えた事すらなかった。
蛇孕村の住民の一人――百姓の娘が、奏の顔を覗き込んでくる。
「あの……大丈夫ですか?」
百姓の娘は、恐る恐る問い掛けた。
薙原本家の若君が、田圃で大の字に寝ているのだ。尋常な状況とは言えないだろう。蛇孕村の住民なら、至極当然の反応である。
「……」
純粋な善意で話し掛けているのだろうが……奏は何も応えなかった。
「怪我をしてるんですか? 御屋敷の女中さんを呼んできます。すぐに戻りますから、無理に動かないでくださいね」
重傷で声も出せないと誤解した娘が、慌てて本家屋敷へ駆け込もうとする。
「……大丈夫です」
酷く掠れた声で、奏は娘を呼び止めた。
「怪我はしていません。疲れたから、田圃で寝転んでいただけです。気にしないでください」
「はあ……」
困惑した様子で、百姓の娘が佇立する。
とても納得できる説明ではないが、本家の若君が「気にしないでください」と答えているのだ。質問を重ねるのも非礼となろう。然りとて何もせずに、この場から離れてよいものか。泥塗れで倒れた貴人を放置する事もできない。
思案に暮れていると、
「僕の話を聞いて貰えますか?」
唐突に奏が喋り出した。
「は……はい。勿論」
動揺しながらも、百姓の娘は首肯した。
彼女も蛇孕村の住民だ。薙原家には逆らえない。万に一つも有り得ないが、この場で身体を求められても従う。従わなければ、蛇孕村で生きていけない。彼女にできる事は、行為に及ぶ前に「光栄至極」と応えるくらいだ。
緊張する娘をよそに、奏は曇天を見上げながら語り始めた。
「実は僕……秀吉公の隠し子なんですよ」
「は?」
脈絡のない発言に、百姓の娘が絶句した。
「僕の母が……先代の
「ええと……」
「尤も秀吉公の血筋であろうと、手籠めにした虜囚が産んだ子供。公式には、秀吉公の庶子と認められず、美作の山奥で育てられました。豊臣家に後継者が産まれない時の予備だそうです」
混乱する娘を尻目に、奏の独白が続く。
「美作には、長く居られませんでした。血腥い政争から逃れる為に、母は僕を連れて蛇孕村へ帰還したんです。でも母は命を落として……僕だけが生き残りました。
相手の意志に関係なく、薙原家の機密事項を語り続ける。
「それから十年間は、本当に平穏な日々が続きました。勿論、辛い事もありましたけど、家族と呼べる人達がいたから。楽しい生活を送る事ができたんです。でも外界の権力者が薙原家に介入してきて……急に事態が一変しました。誰も彼もが、僕の首級や身柄を求めてくる。身の危険を感じた僕は、蛇孕村に籠もる道を選びました」
「……」
「それが裏目に出たんだと思います。女中頭の暴走を抑えられず、叛逆者の濡れ衣を着せられた難民は粛清され、常盤も謀略に巻き込まれました」
「……」
「運良く命を拾いましたが、二度と目覚める事はないそうです。その事を問い詰めたら、おゆらさんが笑いながら言うんですよ。一年半後に
まるで他人事のように、感情を込めずに述懐する。
なぜだろう。
自分でも理由は分からないが、急に心の底を打ち明けたくなった。相手は誰でも構わない。極端な話、庭の松や庵の柱でもよかった。ただ己の心の内を吐露したくなった。
もう奏が思い悩む必要はない。
無様に敗北した弱者が、今後について悩んでも詮無い事。奏が何を話した処で、百姓の娘は記憶を書き換えられる。『
『冷徹な奏』は、すでに結論を出している。
魔女は殺せない。
おゆらを殺してしまえば、最大で二十万の民すら救えなくなる。次の魔女に期待するのも危うい。次の魔女に新しい魂を吹き込む事もできると言うが……肝心な魂を吹き込むのは、常識の対極に位置する
マリアに頼んで、おゆらの封印を解除する。
封印を解かれたおゆらは、再び『
『
『
その程度の違いでしかないと、『冷徹な奏』が結論を出していた。
だから負けたのだ。
奏は自分に負けた。
負け犬にできる事は、惨めに泣き言を
「僕は何を間違えたのかな? 先生みたいに計画を立てれば、こんな結末にならずに済んだのかな? それとも統治者の責任を軽んじていたのかな? 人の命に優劣をつけるべきだったのかな?」
「……」
「いや、違う……そうじゃない。そうじゃないんだ。僕は答えを得ていた。でも答えから目を逸らしていたんだ」
無機質な声音に、感情の色が加えられていく。無自覚のうちに言葉と共に激情も吐き出されていく。
「怖かった……怖かったんだ。自分が死ねば、全ての問題が解決するなんて考えたくなかった。自害する以外に、最善の方法があると信じたかった」
奏の声は震えていた。
屈辱と後悔と恐怖で、子供のように震えていた。
「本当は気づいていたんです。
「……」
「常盤に嘘をついたんです。その場凌ぎの美辞麗句を並べて、我が身を危険から遠ざけようとしたんです。だってほら……反徳川勢力の旗印に掲げられたら、徳川家に命を狙われるじゃないですか。だから嘘をついたんです」
「……」
「『冷徹な奏』とやらが、すでに決断していたのに……臆病な僕が拒んだんだ! 『温厚な奏』? そんな者はいない! 腰抜けの奏だ! 民を慈しむ心なんかない! 深遠な理想も立派な志も……自分の遣りたい事すら見つからない! ただ死にたくなかった! 死ぬのが怖かった! 怖くて怖くて……綺麗事に縋らないと、僕は動く事すらできなかった! その結果がこれです……」
自然と目頭が熱くなる。
悔恨の涙が、両目から溢れ出ていた。
「常盤を守ると約束したのに……僕は守れなかった。御屋敷に来たばかりの常盤は、本当に不安そうで。脆くて儚くて、自分の置かれた状況を全く理解できていない。まるで昔の自分を見ているようでした。だから常盤を守りたかった。僕がマリア姉に助けて貰ったように、常盤も助けてあげたかった。僕みたいな人間が幸せになれるなら、常盤も幸せにならないとダメなんだ!」
激しい怒気に煽られ、右の拳を田圃に叩きつけた。
泥水が飛び跳ね、百姓の娘がびくりと震えた。
「それも僕の幻想です。全て僕の望む理想の世界。僕はマリア姉に理想を押しつけて、真実を見ようとしなかった。陽炎を追い掛けてるなんて考えたくなかった。誰も彼もが一人きりで……誰とも分かり合えないから。残酷な世界にも尊いものがあると思い込んでいたんです。僕は馬鹿だから……」
涙の滴が、目元から両耳に伝わる。
いずれこの涙も枯れ果てるだろう。おそらく涙が止まる頃には、残酷な現実を受け入れている筈だ。どうせ自決などできないのだから。意志もなく理想もなく。世の流れに従いながら、傀儡の如く生きていく。
それが運命なのだろう。
世の流れに逆らえるほど強くないから――
「私は学問を修めていないで、お話の内容がよく分かりません」
奏が口を閉ざした時、百姓の娘が怖々と喋り始めた。
理解できなくて当然である。錯乱した本家の若君が、「自分は豊臣秀吉の隠し子だ」と喚き散らしているのだ。正気を疑いこそすれ、理解を示す道理がない。それでも狂乱する若君を捨て置く事もできず、彼女なりに話を合わせようとする。
「ただ奏様のお話を聞く限り、何かに悩んでいるわけではなく、何かに迷っているのではないですか? 道に迷っているだけなら、すでに目的地は定められている筈です。先代の
何気ない言葉に、奏の表情が激変した。
「母と面識があるんですか!?」
田圃に両手を突いて、泥塗れの上体を起こし、百姓の娘に尋ねた。
「私ではありません! おっ
思わず娘は口を滑らせた。
蛇孕神社の祭主と、蛇孕村の百姓に接点などある筈がない。住民の大半は、直に
表情を強張らせて、娘は田圃の上で平伏した。
「申し訳ありません! 絵空事を申しました! 薙原家に叛意なんかありません! どうか御慈悲を――」
「貴方の父親を処断したりしません! 勿論、貴方や貴方の家族の安全も、僕が責任を以て保障します! たとえ薙原家が許さなくても、僕がなんとかしてみせます! だから教えてください! 僕の母は……貴方の父親に何を話したんですか?」
「……」
娘は平伏しながら、必死に考え込んでいるのだろう。奏に真実を話すべきか、沈黙を貫き通すべきか。
暫時の沈黙の後、娘は土下座しながら語り始めた。
「私の父は、蛇孕村の百姓です。
消え入りそうな声で聴き取りづらく、内容も分かりにくいが、
今から二十年前。
百姓の娘や奏が生まれる前の事。
当時、血気盛んな娘の父親は、同年代の仲間と悪事を働いていた。尤も薙原家に飼い慣らされた住民の一人。畑仕事をしないとか、隣家が飼育する鶏を逃がすとか、薙原家に差し出す
在る時、彼は言った。
「俺は蛇孕岳を登るぜ」
蛇孕村を囲む四方の山々は、薙原家が厳重に管理しており、無許可で山に立ち入る事はできない。尤も薙原家も暇ではない。勝手に猿頭山や馬喰峠に立ち入る者は、基本的に黙認していた。ただし、蛇孕岳は別だ。蛇神信仰の原点であり、薙原家の聖地と呼ぶべき場所。常に巫女衆が鳥居を見張り、住民は近づく事さえ許されない。然し奇妙な事に、蛇孕岳に侵入した者を処罰する掟がなかった。普通に考えれば、論を待たずに死罪であろう。ただ蛇孕村の歴史上、蛇孕岳に侵入した住民が一人もいないので、罰則すら定められていなかった。
そこで悪童の一人が考えた。
罰当たりでも構うものか。
八百年も続いた慣習を、俺がぶち壊してやる。
特に信念や美意識など持ち合わせていない。他の者が恐れる事を、自分が成し遂げてみたい。中二病と言うより、無知ゆえの無鉄砲。
流石に他の悪童に止められたが、周囲から止められるほど意欲が高まり、ついに巫女衆の監視を潜り抜け、一人で蛇孕岳に入り込んだ。そして小半刻もしないうちに、蛇孕岳の中腹辺りで迷子になった。
猿頭山や馬喰峠と違い、蛇孕岳は原生林が生い茂る難所。様々な種類の樹木が不規則に立ち並び、侵入者の行く手を遮る。闇雲に頂上を目指すと、己の位置すら掴めなくなる。山登りに慣れた悪童も例外ではない。
途中で遭難した事に気づき、慌てて下山しようとするが……如何にして引き返せばよいのか分からない。高い場所から低い場所に移動しているので、間違いなく下りているのだろう。だが、大きな岩を迂回したり、狭い獣道に入り込むうちに、徐々に不安が押し寄せてくる。
俺は本当に下山しているのか?
さしもの悪童も焦燥感を隠しきれず、泣きそうになりながら彷徨い続けていると、偶然にも蒼い巫女装束の娘と出会った。
剣術の稽古をしているのだろう。蒼い巫女装束の娘は、竹藪の中で白木拵えの野太刀を振り回していた。
端麗な美貌と優雅な所作に心を奪われて、悪童は呆然と立ち竦む。
年齢は十代の半ば。悪童より一つか二つほど年上だろう。長い睫毛に、淡い薄桃色の唇。湖面のように静かな瞳。陶磁の如く白い肌。巫女装束の娘が野太刀を振るう度に、鴉の濡れ羽色の髪がなびく。
初対面ではあるが。
彼女が蛇孕神社の祭主――
「
震える悪童に頓着せず、唐突に
悪童の気配に気づいていたのだろうか。
質問の意味が分からない。
言葉を取り繕う余裕もなく、悪童は現状を打ち明ける。
度胸試しのつもりで蛇孕岳に登り、遭難して下山できなくなった。薙原家に逆らうつもりはない。蛇神様を侮辱する気もない。自分が愚かでした――
平身低頭して命乞いをする悪童。
「其方は迷うているようだ」
「もし悩んでいたら、其方を斬らねばならなかった。懊悩を抱えて神域を侵したのであれば、其方の首を蛇神に捧げなければならぬ。自らの命を捨てるほど思い詰めていたのであれば……世事に疎い私は、其方の苦悩を解する事もできず、楽に死なせてやる事しかできなかった。然し其方は悩んでいない。道に迷うているだけだ。私も民の首を刎ねたくはない」
「……」
「迷うているのであれば、すでに目的地は定められている。後は己の進む道を決めるだけ――」
静かに語りながら、
「下山したいのであれば、私の指差す方へ進みなさい。巫女衆に見つかる事はないでしょう」
悪童は言われた通り、
それだけの物語。
幼稚な冒険譚に過ぎないが、悪童を改心させるほどの衝撃的な出来事だった。二十年も時が経ち、結婚して子供ができても、夕餉の時に「『悩む』と『迷う』は違うんだぞ」と偉そうに語り始めるのだ。
娘は父の話を信じていない。
母に頭が上がらず、蛇孕岳に登る度胸もない。
加えて父の話が本当だとすれば、死罪を命じられてもおかしくない暴挙だ。父がその話をする度に、母が「滅多な事は口にするな!」と叱責するのも当然。思わず口を滑らせた娘が、本家の若君に許しを請うのも当然というわけだ。
「全部、おっ父の法螺話だと思うんです! おっ父は悪い人じゃないです! 頭が悪いだけなんです! どうかおっ父を許してください!」
田圃に這い蹲り、父の助命を懇願する娘。
彼女の言葉は、奏の耳に届いていなかった。
「『悩む』と『迷う』は違う……?」
口元に右手を当て、神妙な面持ちで考え込む。
奏は悩んでいた。
どう考えても、選択肢が一つしか導き出せなかった。だから絶望的な未来に悲観していたのだが……他にも選択肢があるのか?
僕が向かう目的地?
僕の目的は――常盤を絶望から解き放つ事だ。
『
他に有り得る筈もない。
そんな事に気づかないなんて――
「ふ……ふふふふ」
不意に笑声が漏れた。
「はは、はははは……」
「?」
娘が怪訝そうに沈黙するも、奏は哄笑を止められなかった。腹の底から溢れ出る喜悦を抑えきれない。
「ははははははははッ!!」
童の如く両手で田圃を叩き、恥も外聞もなく笑い続ける。
なんと不気味な光景であろうか。先程まで泣き続けていたかと思えば、今度は笑い始めたのだ。娘が戸惑うのも無理からぬ事。
奏自身、これほど声を荒げて笑うなど、生まれて初めての経験だ。身分の高い者は、己の所作を律しなければならない。幼い頃より世話役から貴種の嗜みを叩き込まれており、礼節を弁えぬ笑い方など知らなかった。
今の自分は、異常な振る舞いをしている。
自覚はしているのだが――
これが笑わずにいられようか。
毎度の如く勢いで娘に「なんとかします!」と断言したが、具体的な方法を何一つ考えていなかった。これまでもそうだ。一体、何度同じ台詞を繰り返してきた事か。当然、長続きする筈もなく、自縄自縛に陥った。
ならば、どうすればよいのか?
簡単だ。
実現すればよいのだ。
自分の言動に責任を持つ。
有言実行を心得る。
その場の勢いで断言したのなら、自分の責任で実行するのだ。たとえ一時の情動といえども、その時の気持ちは本物だった。『温厚な奏』か『臆病な奏』か知らないが、偽りのない本心だった。
それなら、なんとかしてみせよう。
有言実行するだけで、目的地へ辿り着けるなら、もはや迷う必要はない。自分の望みを叶える為に、自分の選んだ道を進むだけだ。
徐に立ち上がると、平伏する娘を見下ろす。
「気持ちが落ち着いてきました。解放されたというか、雑念が吹き飛んだというか……貴方のお陰です」
「恐悦至極!」
「貴方の父親や貴方を裁くつもりはありません。無罪放免。納得できないなら、恩赦と捉えてください。僕の話を聞いてくれた御礼です」
「ははーっ!」
決して顔を上げない娘に、奏は困り顔で考え込む。
きちんと対面して感謝の気持ちを伝えたいが、恩人に「面上げ」と命令したくない。改めて名を訊くのも躊躇われる。ヒトデ婆が、二人の遣り取りを盗聴しているのだ。無関係な娘を薙原家の暗闘に巻き込みたくない。
「誰の弔いですか?」
暫し考えた後、奏は別の事を尋ねた。
「……川沿いに住む船頭の親子です」
百姓の娘が暗い声で言う。
民家を襲撃したのは、悪魔崇拝者と聞いている。狡猾な魔女に操られていたとはいえ、必要以上に
「本当に痛ましい事件でした。薙原家の……いや、僕の力不足が招いた結果です。みなさんに統治能力を疑われても仕方がない」
奏は渋面を浮かべながらも、優しい口調で語り掛ける。
「そのような事は決して――」
「貴方にお願いがあります」
「な……なんなりと」
「いずれ薙原家から、御遺族に弔事の文と香典が贈られます。それと別に……僕の言葉も御遺族に伝えてください」
「……」
「全ての
決然と伝えると、奏は踵を返した。
「本当に……貴方に会えて良かった」
奏は去り際に、消え入りそうな声で呟いた。
最後まで平身低頭していた娘は、去り行く奏の目を見られなかった。先程まで泣き叫んでいたと思えないほど、強い意志を秘めた眼差し。覚悟を決めた少年の双眸を見る事ができなかった。
検注帳……耕作地の面積や家屋の数を調査した帳簿。蛇孕村の場合、住民が調べた検注帳と、薙原家が調べた検注帳を見比べて、内容に矛盾点が見つかると、再度住民に検注帳の提出を求める。他の地域なら厳罰に処される処だが、蛇孕村では罪に問われない。
小半刻……三十分
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