第74話 凶行

 少し時は遡る。

 酷く悪魔崇拝者臭い三人組が、渓流植物が生い茂る森の中を歩いていた。

 難民は雨が降ると、この辺りに近づかなくなる。蛇孕川の下流の浅瀬が水域を広げて、葦原が水浸しになるからだ。

 それゆえ、悪事を働いた者からすれば、最適な逃走経路と成り得る。


小鬼ゴブリンさんの指示とはいえ、こんなにうまくいくとは思わなかったズラ」


 弟分の成田なりた豚鬼オークが下卑た笑みを浮かべた。


豚鬼オークの言う通りズラ。混乱に乗じて民家を襲えば、銭や食い物が手に入る。なんもかんも小鬼ゴブリンさんの思惑通りズラ」


 同じく弟分の吉村よしむら僕鬼コボルトが、興奮気味に追従した。

 二人とも小鬼ゴブリンと同じく、山狗の毛皮を頭から被り、汚い尻と褌を晒している。赤の他人が見れば、殆ど見分けがつかない。特に見分ける理由もないが、褌に『国の借金である国債』と書いているのが小鬼ゴブリン、『唯一の解決策は高齢者の集団自決』と書いているのが豚鬼オーク、『大阪売却』と書いているのが僕鬼コボルトである。

 豚鬼オーク僕鬼コボルトは、鋭利な竹槍を右手に持ち、左脇に食料や銭袋を抱えていた。

 難民が視察団を襲撃した際、彼らは蛇孕村に侵入した。付近の民家を襲撃し、日持ちしそうな食料と銭を強奪。抵抗した村人を殺害し、小鬼ゴブリンが指定した場所に合流したばかりである。


「この程度の事で騒ぎ過ぎダニ。叛乱なんて序の口ズラ。ウラが本気出したら、関東で大乱が起こるだあよ」

小鬼ゴブリンさんは、まだ本気出してねえだか?」

「凄いダニ。小鬼ゴブリンさんは本物の悪党ズラ」

「ウラが本気出したら、関東制覇も夢じゃねえズラ。日本征服だって朝飯前でごいす。ウラが日ノ本の総大将になったら、お前達みゃあたちを副大将にしてやるズラ」


 弟分に煽てられて、小鬼ゴブリンも気持ちが大きくなる。

 小鬼ゴブリンは、三ヶ月前から人生の絶頂を迎えていた。

 運命の転機を迎えたのは、今年の春頃。

 母親が流行病を拗らせて亡くなり、茫然自失の態で岩の上に座り込んでいると、美味しそうな蝗を見つけた。

 小鬼ゴブリンは蝗を捕まえようと、音を立てないように近づいたが、蝗も小鬼ゴブリンの動きに反応し、近くの雑草の陰に隠れてしまう。

 二度目は一度目より慎重に近づき、両腕を伸ばして捕らえようとした。だが、やはり逃げられてしまう。蝗の逃げ方が絶妙というか、決して小鬼ゴブリンの視界から消える事はなく、一歩遠い間合いを維持する。まるで小鬼ゴブリンをどこかに誘い出そうとしているかのようだ。

 そこまで考えの至らない小鬼ゴブリンは、不思議な蝗に導かれるまま、普段は絶対に近づかない崖の側まで近づいた。昔は崖から飛び降りた難民もいたが、脱出というより投身自殺である。小鬼ゴブリンも崖の危険性を理解していたので、蝗を諦めて引き返そうとした矢先、ぱらぱらと小石が転がり落ちる音を聞いた。音に反応して顔を向けると、断崖絶壁に亀裂が入り、外界まで続く道が形成されているではないか。

 先度の地震の時に、崖崩れでも起きたのだろうか。岩肌は脆くて崩れやすく、決して安全とは言えないが、斜面に貼りつきながら降りれば、下山できるのではないか。

 すぐに隷蟻山から逃げ出そうとしたが、不思議な声に引き留められた。頭の中で『降りてはなりません』と女の声が響いたのだ。

 悪霊に取り憑かれたのかと驚いたが、頭の中で女の声が響き続ける。


『隷蟻山の外に出ても、野垂れ死にするだけです。食べ物と銭を手に入れなければ、どうにもなりません』


 暫時、小鬼ゴブリンも困惑したが、最終的に女の声を信じた。

 冷静に考えると、頭の中で響く声は当を得ている。金銭や食料がなければ、外界では生きていけない。その程度の事なら、小鬼ゴブリンでも理解できる。

 断崖の亀裂について、小鬼ゴブリンは誰にも言わなかった。自称中二病仲間の弟分にも秘密である。『金銭や食料を手に入れた後でなければ、貴方を置き去りにして逃げ出すかもしれません』という神託を授けられたからだ。

 この頃から小鬼ゴブリンは、頭の中で響く声を『中二病の神様の告げ』と思い込んでいた。お告げに従えば、羽根が折れて動けない野鳥を捕らえられる。粗末な石槍で猪や鹿を仕留める方法を教えてくれたり、食べられる野草や茸まで教えてくれるのだ。

 幼い頃、父親から漫画マンガの話を聞かされており、頭の悪い小鬼ゴブリンは「これは中二病の神様のお告げズラ。ウラは中二病の神様に選ばれたでごいす。ついにウラも魔法を会得したズラ」という誇大妄想に取り憑かれた。

 折りしも薙原家と結びつきを強めた左馬助は、先代当主が残した館に女衆を匿い、難民集落で指導的な立場に返り咲いていた。それに反発する者も多く――独り身の男衆ばかりだが、左馬助の方針に従えない者達を吸収し、少しずつ勢力を拡大。館に住む大凡の民と対抗する派閥を形成した。

 勿論、御膳立てをしてくれたのは、小鬼ゴブリンが盲信する中二病の神様だ。中二病の神様に従えば、何をしてもうまくいく。

 だから『薙原家の者達が墓を掘り返して、難民の遺体を食べています。この話を左馬助にすれば、薙原家に復讐すると息巻くでしょう。左馬助をそそのかしなさい。難民を誑かすのです。左馬助と手を組んで、視察団を襲いなさい。叛乱のどさくさに紛れて、村人から銭や食料を奪えば、安心して村の外に出られます』というお告げが下された時、一時でも左馬助と組む事に不快感を覚えたが、『心が乱れた時は、薄紅色の蛾を見なさい』というお告げも下されており、宙に舞う変な色の蛾を見るだけで、簡単に不快感は消え失せた。

 左馬助と仮初めの和睦を結んで、難民集落を視察する行列を襲撃。

 流石に難民集落を二分する派閥の頭目と言うべき小鬼ゴブリンが、使節団襲撃の現場を放置するわけにもいかず、視察団襲撃の指揮権を預かった。後は返り討ちにされない程度に暴れ回り、他の難民を見捨てて逃げ出すつもりだった。

 然し予想外の出来事が起きた。

 薙原家の女中が担ぐ乗物に目を付け、強引に木戸を開けた処、豪奢な南蛮幼姫ゴスロリ装束に身を包んだ銀髪の少女が、驚愕の眼差しを向けてきた。

 驚いたのは、小鬼ゴブリンも同じである。

 難民集落視察団の代表がお福だと、全く予想していなかった。左馬助から「有り得ないと思うが、念の為に言っておく。お福が視察団に同行していた時は、絶対に傷つけるな」と指示されていたが、小鬼ゴブリンは左馬助の子分ではない。

 竹槍で刺し殺してやろうと、右腕を振り上げた刹那、『銀髪の娘は、誰にも邪魔されない場所まで連れ去り、確実に殺さなければならない』と脈絡もなく思い立ち、常盤を乗物から連れ出し、吊り橋から隷蟻山に向かおうとしたが、蒼い着物の娘(奏を男装の麗人と誤解している)に邪魔されて、奇妙な武具で手傷を負わされた。逆上して蹴り飛ばそうとしたが――急に五体が言う事を聞かなくなり、無様にも吊り橋から転倒。咄嗟に常盤の右足を掴んだが、どうにもならずに蛇孕川へ落下した。

 水面に叩きつけられた時、流石の小鬼ゴブリンも死を予感したが、中二病の神様は彼を見捨てなかった。

 気がついた時には、川岸に生えた渓流植物の枝に絡まり、蛇孕川の急流を上から見下ろしていた。

 下流の川岸に打ち上げられていれば、凄い幸運と思い込んでいただろう。然し樹木の上というのは、いくらなんでも有り得ない。

 有り得ない出来事が、現実に起きている。

 つまり新しい魔法を会得したのだ。

 生命の危機に瀕した小鬼ゴブリンに、中二病の神様が二つ目の魔法を授けてくれたのだ。

 それも空間転移。

 異能力バトル系漫画マンガやSF板芝居アニメの定番。小鬼ゴブリン漫画マンガを読んだ事もなければ、板芝居アニメを視た事もないが、父親から存在だけは教えられていた。

 憧れの魔法を会得し、小鬼ゴブリンは有頂天である。

 新しい魔法に相応しい名も考えた。


 その名も消費税しょうひぜい


 空間転移と何の関係もないが、名を聞いただけ日本が滅びそうな魔法である。

 もはや左肩の傷も気にならない。

 今後、消費税は切り札に使うつもりだ。豚鬼オーク僕鬼コボルトに教える気はない。中二病の神様に選ばれた魔法使いは、小鬼ゴブリンだけで十分。所詮、彼らも小鬼ゴブリンの捨て駒に過ぎないのだ。


 げらげらげら。

 この山を下りたら、ウラの伝説が始まるズラ。


 幼稚な誇大妄想に浸りながら、民衆を襲撃した弟分と合流し、予定通り断崖の裂け目に向かう。


小鬼ゴブリンさん」

「ぶっ、ぶんっ、ぶ、ぶ、ぶんっ♪ ウ、ウ、ウラたち大蔵一家おおくらいっか♪ だあれもウラには逆らえない♪ 日ノ本の民はウラの家来♪ 日ノ本の民はウラの奴隷♪ せいおーお♪ せいおーお♪」

小鬼ゴブリンさん!」

「うおっ!? 敵襲かっ!?」


 一応、隠密活動の筈だが、呑気に歌い始めていた小鬼ゴブリンは、豚鬼オークの呼び掛けに気づかず、おろおろと狼狽えて周囲を見回した。


「女の声が聞こえるズラ」

「薙原家の女中か!?」

「よく分かんねえけんど、なんか叫んでるみてえズラ」


 耳を傾けてみると、遠くから女の叫び声が聞こえてくる。

 三人は金切り声に誘われて、茂みの中に入り込む。小鬼ゴブリンが樹木の陰から顔を出すと、銀髪の娘が涙を流して喚いていた。誰かと口論でもしているのかと思えば、虚空を見つめて叫んでくる。

 恐怖で乱心したのだろうか?


「どうするだか?」


 僕鬼コボルトが尋ねてきた。


「どうするもこうするも――」


 弟分の問い掛けに、小鬼ゴブリンは笑みを浮かべた。

 冷静に考えれば、常盤に構わず蛇孕村から逃げるべきだ。然し無防備な獲物を無視する事など、小鬼ゴブリンにできる筈がない。

 ろくに教育など受けた事はないが、小鬼ゴブリンも過酷な難民集落の生活で一つだけ学んだ事がある。

 弱肉強食。

 この世の全ては、強者が決める。

 弱者は強者に媚びへつらい、強者を楽しませなければならない。

 常盤の熱狂的な一人芝居が終わると、小鬼ゴブリンは茂みの中から出てきた。二人の仲間を引き連れて、常盤の前に立ち塞がる。


「おぉおおおおふううううくうううう!」


「与太郎……」


 常盤は恐怖を硬直し、地面に革袋を落とした。


「どうやら乱心したわけじゃあなさそうでごいす。安心したズラ。これから嬲り尽くしてやろうってのに、心が壊れてたらつまらねえでごいす」


 小鬼ゴブリンは竹槍の先端を突きつけて、常盤に近づいてくる。仲間の二人が分かれて、常盤の逃げ場を塞ごうとした。


「来ないで!」


 常盤は金切り声を上げると、左袖の中から燧石銃すいせきじゅうを取り出し、両手で構えて小鬼ゴブリンに巣口を向けた。


「もしかして鉄砲かあ!?」

「ひイイイイ――」


 豚鬼オーク僕鬼コボルトが、大袈裟に動揺した。


「て……鉄砲じゃねえでごいす! あんなに小さな鉄砲があるわけねえズラ! 見掛け倒しの玩具ズラ!」


 仲間の前に虚勢を張るが、小鬼ゴブリンも後退りしている。


「これは玩具じゃない。すぐに証明してあげる」


 常盤が冷たく言うと、悪魔崇拝者は及び腰になる。

 彼らは燧石銃の存在を知らない。

 つまり連射ができないという弱点も知らないのだ。

 初弾で小鬼ゴブリンを撃ち殺せば、豚鬼オーク僕鬼コボルトは這々の態で逃げ出すだろう。

 常盤は明確な殺意を抱き、小鬼ゴブリンを眉間に狙いを定めて、豪ほどの迷いもなく引き金を引いた。


「ひえええ!」


 小鬼ゴブリンは頭を抱えてうずくまり、情けない悲鳴を上げた。


「勘弁してくだせえ! もう悪い事はしねえでごいす! 消費税も廃止します! ガソリン税も廃止します! PB黒字化目標も撤回します! どうか命ばかりはお助けを――ってあれ?」


 だが、発砲音が聞こえない。

 恐る恐る振り返ると、常盤が怒鳴り散らしていた。


「どうして不発するのよ!」


 常盤も混乱しながら、燧石を挟んだ火鋏を上げて、再び引き金を引くが、何の変化も起こらない。

 この時になり、ようやく常盤も不発の原因に気づいた。

 火縄式鉄砲と同様に、燧石銃も周囲の湿気に左右される。燧石と当たり金を擦り合わせても、湿気で火花が散らなければ、銃身に籠めた玉薬が爆発しない。当然、巣口から鉛玉も発射されなくなる。

 加えて常盤は、蛇孕川に落ちて短筒を濡らしている。動作不良を起こすのも、当然の結果であった。


「そら見ろ! やっぱり玩具だったズラ! ウラは最初から見抜いてたズラ!」


 燧石銃に怯えていた小鬼ゴブリンが豹変して、生き生きと粋がりながら常盤に近づく。退路を塞いでいた豚鬼オーク僕鬼コボルトも後方から迫り来る。


「げらげらげら」

「ズラズラズラ」

「ダニダニダニ」


 下品な笑声を発しながら、悪魔崇拝者が常盤を取り囲む。

 常盤は振り返り、豚鬼オーク僕鬼コボルトの間を擦り抜けようとするが、脚の速さを比べるまでもなく、簡単に捕まえられた。左右から両腕を掴まれて、無理矢理地面に押し倒される。身体を仰向けにされて、二人に両腕を押さえつけられた。


「離せ、下郎! 私に触れるな!」

「ウラたちを下郎呼ばわりかあ。三年ばかりで偉くなったなあ」


 竹槍を担いだ小鬼ゴブリンが、二人に押し倒された常盤を見下ろす。


「与太郎の分際で……」

「ウラは与太郎じゃねえ! 極悪非道の中二病――橋下小鬼はしもとゴブリンでごいす」


 常盤を恫喝し、恐怖という重い鎖で縛りつける。


「う~ん♪ 実に良い気分ダニ。昔もこうしてお前を苛めてやったあズラ」

「――」

「どうだあ? あん頃を思い出したかあ? ウラは物凄く思い出すズラ。あん頃は楽しかったなあ。おみゃあを這い蹲らせる度に、最高の気分を味わえたズラ。こういうのを優越感っていうだろうなあ」


 震える弱者を見下ろし、彼我の実力差を感じて優越感に浸る。果たして世の中に、これほどの快楽があるだろうか。

 小鬼ゴブリンは、幼い頃からお福が嫌いだった。思春期の少年が、好意を持つ異性に悪戯をする気持ちではない。弱々しい常盤を見ていると、苛めて苛めて苛め尽くして、心身共に屈服させたいという衝動を抑えきれなくなるのだ。

 銀髪の長い髪も白い肌も青い双眸も、何もかもが気に入らない。特に他人の顔色を窺う態度が、余計に小鬼ゴブリンの嗜虐心を煽る。難民集落という閉鎖した社会で、お福という弱者を痛めつける事は、悪魔崇拝者を楽しませる最高の娯楽だった。

 如何に痛めつけてやろうかと考えていると、小鬼ゴブリンの脳裏に視察団を襲撃した時と同じ思考が割り込んでくる。

 誰にも邪魔されない場所で、確実に銀髪の娘を始末する。

 ただし――

 常盤を殺すのは、徹底的に嬲り尽くしてからだ。


「良い着物べべ着てるなあ。薙原家に拾われて、良い思いしてきたんだろ? ウラたちが、鼠や蚯蚓を食ってた頃、おみゃあ美味うめええ物をたらふく食って、綺麗なお着物べべを着てたっちゅうわけか? 一度でいいから、ウラもそんな暮らしがしてえズラ」


 げらげらと笑うと、豚鬼オーク僕鬼コボルトもつられて笑う。


「だから何? アンタと関係ない」


 精一杯の勇気を振り絞り、嘗められないように虚勢を張るが、小鬼ゴブリンには逆効果でしかない。


「なんでウラたちと同じ難民のくせに、おみゃあだけが特別扱いされて、薙原家に拾われるでごいすか! 異人の子っちゅうだけで依怙贔屓されるなんて許せねえズラ!」

「ひい!」


 錯乱する小鬼ゴブリンに気圧されて、常盤は短い悲鳴を上げた。


「ウラのおやんは、三ヶ月前に死んだあズラ。同じ難民からも嫌われるような乱暴者でよぉ。悪党のウラから見ても、酷え父親てておやだったズラ。それでもウラもおやんも、おやんを頼りにしてたダニ。おやんが『復興税』っちゅうて、他の難民から奪う食料を当てにしていたでごいす。それなのに、どうしても酒の味が忘れられなくてよう。蛇孕村に忍び込んで、酒を盗んで逃げようとしたズラ。ウラやおさんを見捨てて、隷蟻山から抜け出そうとしたズラ。だけんども、すぐに捕まえられて……そんから、おやんはどうなったと思う?」

「離して!」


 常盤の懇願に聞く耳を持たず、小鬼ゴブリンは興奮して捲し立てる。


「盗みで捕らえられた死罪。そんくりゃあ、ウラも覚悟してたでごいす。だけんど薙原家は、酷い方法でおやんを殺したズラ。大勢の村人を広場に集めて、拷問から処刑まで一部始終を見せたでごいす。ウラにのこを持たせて、おやんの身体を切らせたでごいす。おやんもその後、病でおっんだ。なあ、これでも関係ねえ言うだか? ウラがこんだけ酷え目に遭わされたのに、異人の血を引くお前が幸せに暮らすだと!? そんなのおかしいズラ! 世の中、間違ってるズラ!」

「知らない! そんなの知らない!」


 常盤は必死に暴れるが、男二人に両腕を押さえつけられ、上体を浮かす事もできない。


「お前のおおとやんもおかしいズラ! 善人ぶって偉そうに指図してたくせに、薙原家の交渉役に選ばれた途端、女ばかり館に囲い込んで、ウラたちを遠ざけたズラ! 難民集落の女を独り占めしたズラ!」

「おっとうは、そんな事しない!」

「したんだよ! ウラたちが女を分けてくれって頼んだら、鉈を振り回して追い掛けてくるだあよ!」


 逆上した小鬼ゴブリンが、竹槍を振り下ろす。


「――ッ!?」


 竹槍が美貌の左脇に突き刺さり、常盤は青褪た顔で息を飲む。

 三寸ほど横にずれていれば、顔を串刺しにされていた。

 もはや小鬼ゴブリンに、他人の言葉は通じない。

 欲望と憎悪を喚き散らすだけの獣に、人間の言葉など意味を成さないのだ。


「お前もお前のおおとやんも薙原家も、どいつもこいつもおかしいズラ! 何もかも不公平ズラ!」


 小鬼ゴブリンは、常盤の両脚を抱え込んだ。加えて右手を西腰巻スカートの中に忍ばせていく。


「イヤ……」


 生理的な嫌悪感に耐えきれず、常盤は何度も頭を振った。

 恐怖に怯える美貌を眺めながら、小鬼ゴブリンは常盤の身体に覆い被さる。


「散々良い思いしてきたんだろ? 幸せに暮らしてきたんだろ? それなら、ウラたちにも幸せを分けてくりょう」

「イヤ……イヤイヤ」


 小鬼ゴブリンの醜悪な顔が、常盤の美貌に迫り来る。


「イヤああああああああッ!!」


 少女の絶叫が、薄暗い森の中に響いた。




 復興税……正式名称は復興特別税。東日本大震災の復興費用を所得税と法人税と住民税で賄う――という名目で、国民の税負担を増やす悪夢の制度。災害大国の日本で災害が起こる度に増税をしていたら、日本国民が貧困化して全滅する。


 巣口……銃口


 三寸……約9㎝


 PB黒字化……日本政府が日本国に課した経済制裁


 粗利益……売上から仕入を引いた差額

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