第47話 家出

 かなたんは燃え尽きていた。

 余興の舞を舞う前から、かなたんの背中はすすけていた。

 薙原本家当主の許婚にあるまじき醜態を見られ、かなたんは「うわあああ! 僕を殺してくれええええ! 首を刎ねて裏山に埋めてくれええええ!」と壁に頭を打ちつけ、床の上で転げ回った。

 暫く七転八倒した後、折檻状せっかんじょう一枚で織田家から追放された佐久間さくま信盛のぶもりの如く、虚ろな目で庭の景色を眺めている。

 もはやかなたん音頭を踊る気力など残されていない。

 それでも常盤は優しかった。


「私は気にしてないから。奏も疲れてるんだよ」

「……」


 然し慰めの言葉が、かなたんの心を抉るように突き刺す。

 呆然としていたかなたんが、常盤の横顔を見遣った。


「寝てないの?」

「――えッ!?」

「目の下にクマができてる」

「これは……かなたん音頭の事を考えてたら眠れなくて」

「そうだよね。普通は緊張するよね」


 狼狽する常盤を横目に、静かな声音で語る。

 ようやく平静を取り戻したのだろう。常盤が安堵すると、急にかなたんが乾いた声で笑い出した。


「ふっふっふっ……」

「……奏? どうしたの?」

「あーはっはっはっはっ!」


 かんたんが肩を凝らして哄笑した。

 心配そうに常盤が近づくと、かなたんは立ち上がった。


「――無理! こんなの絶対無理だから! 薙原家の構造改善! 人身売買の廃止! 作州の牢人衆への対処! 徳川家と渡り合いながら、如水の魔の手から逃れる! 他にも問題だらけなのに、なぜかマリア姉に女踊りを強要されて……そんなにいっぺんに、なんでもかんでもできるかああああ!」


 かなたん御乱心。

 かなたんの絶叫が、蛇孕神社の境内に響き渡った。

 常盤は愕然とする。

 かなたんが喚き散らす姿を初めて見た。

 戸惑う常盤を尻目に、かなたんは童の如く瞳を輝かせた。


「家出しよう」

「――えッ!?」

「二人で村祭りを見物する。十年もこの村に住んでるのに、一度も村祭りを見物した事ないんだよね。常盤もそうだろ?」

「そうだけど……」

「なら善は急げだ! 着替える時間がないから、村の人に気づかれないように、遠くから焚き火を見物しよう!」


 かなたんは興奮気味にまくし立てた。


「待って。巫女神楽は……狒々祭りはどうするの?」

「マリア姉とおゆらさんに任せるよ! おゆらさんなら御屋敷で宴の支度をしながら、蛇孕神社に眷属を飛ばして、祭祀を執り行う事もできる! 後は主役のマリア姉がいれば、どうにでもなるよ!」

「で……でも私は小鼓を打たないと――」

「僕がなんとかする」


 常盤の両肩を掴み、真摯な評定で断言した。


「薙原家で存在感を示すのもいいけど、今より地位を高めた方が、常盤の将来の為になるよ! 多少強引でも、僕がなんとかするから!」

「本当……?」


 青い瞳を輝かせ、常盤の顔が綻ぶ。


「男に二言はない! さあ、一緒に村祭りへ行こう! 子供の頃から、村祭りの焚き火を見物してみたかったんだ!」


 常盤の手を取り、かなたんは木戸を開けた。


「でも无巫女アンラみこ様のお許しを得ないと……」

「家出に許しなんかいらないよ。それにこの部屋は、警護役の巫女衆に監視されてる。今頃、大慌てでマリア姉に報告してるんじゃないな」

「なら余計に無理。巫女衆に捕まる」

「大丈夫! 子供の頃にマリア姉と鎮守の森を探索したからね。巫女衆が知らない抜け道も把握してるんだ」

「ええと……」


 未だに踏ん切りがつかない常盤に、


「僕は常盤と行きたいんだ! 他に難しい理由なんていらないよ! とにかく僕についてこい!」


 正面から眼を見据えて、珍しく命令口調で訴えた。

 ぽかんとした常盤は、次第に青い瞳を涙で潤ませた。


「行きたい……私も奏と一緒に行きたい」

「決まりだ!」


 かなたんは声を弾ませると、着替えもせずに廊下へ飛び出した。

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