第44話 虎と虎
小原の落下音を聞き届けると、朧は満足げに振り返る。
「お主は無駄話をせぬよな」
「そうだな。特に語る事はない」
同門の士を討たれても、
炯々と輝く猛獣の如き眼光。剥き出しの殺気は、小原や半之丞と根本的に異なる。寧ろ朧の纏う武威に近い。常時、野生に身を置く者の気配だ。
朧の知る限り、
おそらく実力も互角。
双方共に太刀を構えていない。
覇天流には、殆ど構えが存在しない。
虎が鹿の動きを読んで、我が身を前方へ放つように。孔雀が蛇の動きを捉えて、鉤爪を繰り出すように。ただ『太刀は片手で使うべし』という理念に基づき、経験に基づく勘と野生の本能を組み合わせ、自由に動いて太刀を振るう。
相対しながら動かない両雄。
「起こりの読み合い……いや、
一流の武芸者同士が立ち合うと、起こりの読み合いはしない。目線の動きや予備動作に惑わされない為、
対手の思惑に関わらず、
間境とは、間合いの限界線の事だ。彼我の距離に応じて、間境も常に変化する。双方共に動いていないように見えるが、少しずつ距離を詰めているのだ。
当然、対手を斬るには、間境を越えなければならない。一歩踏み込めば、対手を斬り込める間合い。逆に対手が一歩下がれば、打突を躱せる間合い。即ち一足一刀の間合いに、自分の意志で飛び込まなければならない。
それに加えて、片手打ちは五寸の徳あり、という言葉がある。刀を両手で正眼に構えるより、片手で中段に構えた方が、間合いは五寸ほど伸びるという意味だ。しかも片手で打ち込む時は、自然と半身の姿勢になるが、実際は二尺近く伸びる。『打突の間合い』という一点に於いては、刃渡り四尺余の野太刀を正眼に構えているようなものだ。敢えて構えを解いているにも拘わらず、一足一刀の間合いが遠い。覇天流の剣士は、野太刀の間合いで立ち合う。
互いに先手を取るべく、間境を探り続けているが……間積りの鬩ぎ合いなら、
常識的に考えれば、斯様な展開に落ち着く。然し朧が先手を譲るとは思えない。たとえ無理攻めでも、先の先を狙いたがる筈だ。
先の読めない状況に、獺は高揚感を抑えきれない。
結論を言えば、朧が先に動いた。
朧が一歩退いたのだ。
無理にでも先手を取るつもりでいたが、おゆらに握り鉄砲を向けられた時と同様に、己の意志と関係なく、身体が勝手に後退を選択していた。
結果的に、本能が朧を窮地から救った。
限界まで伸びた太刀の切先は、朧の喉元の一寸手前で止まる。
神速の刺突に、朧は瞠目した。
片手刺突は読めていた。
相手より間合いが広いのであれば、刺突で最短距離を狙う。定石通りではあるが、
始めから後の先を狙う気はないが、興味本位で抜き技を試していたら、喉を突かれて死んでいただろう。
二之太刀も迅速だった。
速さと強さは、朧と同等以上。
朧は後方に飛び退き、危うく難を逃れた。
「凄まじい……猛虎の如き
獺の感想は当を得ていた。
朧を追い掛け、袈裟斬りを浴びせる。
後退の拍子を狙われた。
小袖の胸元は、はらりと斬り裂かれる。
朧も無論、百戦錬磨の
再び後方に退く朧。
双方共に、動体視力だけで打突を躱してるわけではない。
対手の行動を先読みする。
同門であるがゆえに、互いの攻め手が読みやすい。
尤も時が経つほど、斬り合いと棋戦の違いは明確となる。
「流石に
多少興奮も冷めたようで、獺が感情を込めずに言う。
読みも技倆も身体能力も互角。然し正面から斬り合うと、体格と得物の差で、必然的に朧が追い込まれる。
水堀を離れて、二人は雑木林に近づいていく。
意の掴めぬ手が増えてきおった。
儂を
面白い。
危険を承知しているが、好奇心に勝てる中二病はいない。
朧は踏み止まらずに後退った。
寧ろ回避に専念する。
対手の切先を限界まで引きつける。
猩々緋の長袖を掠らせ、長い髪に触れさせ、端正な鼻先に引き付け……太刀筋の見切りを一寸以内に縮める。
「馬鹿が」
一瞬、苦笑いを浮かべたが、すぐに餓狼の如き眼光を取り戻した。地面を蹴りつけ、朧の美貌に土砂を浴びせる。
「――ッ!?」
朧は両眼を細めるも、完全に瞼を閉じない。眼球に砂や小石を叩きつけられても、強烈な自我で
――不覚ッ!!
左手に飛び道具!
ぞくりと背筋に怖気が奔り、咄嗟に身構えた。
視界を広げると、
狙いは二択。
右脚か左脚。
顔や喉を狙う事はあるまい。地面を蹴り上げて、視界を狭めた意味がなくなる。心臓もないだろう。豊かな乳房が邪魔となり、心臓まで到達しない。
儂の動きを止めるのが狙い……と頭の中で考えていたが、再び肉体が思考を裏切る。反射的に瓢で美貌を防いでいた。
ドスッと瓢に投擲物が突き刺さる感触。
「目を狙いおったか!」
やはり対手も生粋の中二病。素直に脚を狙わず、細めた左目を狙う。型に嵌められるのを良しとせず、難易度の高い選択肢を選ぶ。
これも真剣勝負の妙とはいえ、忌々しい限りだ。
「止めたか。やりおる」
朧の行動を称賛しながら、太刀で左脚を狙う。
易々と脚一本を斬り飛ばすほどの打突。
朧は飛び退いて、強烈な脚斬りを躱した。
不意に、どんと背中をぶつけた。
「カカカカッ、棋盤の隅で四丁とな。投了してもよいか?」
朧は完爾と嗤う。
杉の木に背面を取られ、もはや退避も叶わない。
すでに
「ダメだ。死ね」
「まあ……碁ではないからの。指し手を読み間違えても巻き返し能う」
朧は軽口を叩きながら、両膝を抱えて五尺も跳び上がり、横薙ぎの一閃を回避する。
「――ッ!?」
高い。
突き出された両膝が、
「お主が死ね」
落下の勢いを加えた片手の唐竹割。
常人であれば、防御も回避も不可能。然し
朧が着地した途端、背後で杉の木がズレた。
「覇天流――
朧が前方を見据えて、ぽつりと呟いた。
片手甲冑割とは、覇天流を代表する技だ。
中二病の覇天が戦場を駆け抜け、屍の山と引き替えに完成された技術。稽古の時は、青竹の案山子に具足を着せ、片手打ちで具足を青竹ごと断裁する。片手甲冑割を成し遂げた者が、覇天流目録免許を授けられるのだ。
確かに片手甲冑割を会得していれば、樹木ごと対手を斬り捨てられる。雑木林の中で立ち合おうと、両者共に地の利は変わらない。
覇天が合戦に出始めた頃、武士は槍を専らとした。刀は首を
立身出世を目指す覇天は、中二病らしい結論を得た。
太刀を両手で使うという事は、両腕を縄で縛られてるようなものだ。太刀を片手で扱えば、他の武芸者より俊敏に動ける。片手打ちの方が、一足一刀の間合いも広い。右手が疲れたら、左手を使えばよい。空いた手は、組討や飛び道具に使える。
素直に槍を使おうと考えない処が、間違いなく朧の父親である。
覇天の武名は中国地方に広まり、宇喜多直家の目に留まった。宇喜多家に二百石という破格の厚遇で仕官。修羅の如き太刀は、戦場で味方に恐れられるほどの威力を発揮した。異国の武芸者が、城持ちにまで出世できた所以である。
備前無双の噂を聞きつけて、多くの若者が弟子入りを願った。
然し覇天は、弟子を育成する気がなかった。
その頃には、三好長慶が寿命で死んでいたからだ。
もはや乗り越えるべき壁もない。強迫観念の如き出世の妄念に取り憑かれ、弟子の事など顧みようとしなかった。
俺の動きを見て真似ろ。
合戦で身体を鍛えろ。
真剣勝負で技を磨け。
強者を斃せない者は、覇天流に必要ない。
師匠の理不尽な命令に従い、多くの弟子が命を落とした。過酷な環境に耐えきれず、覇天の下から逃げ出した者も多い。
宇喜多家が豊臣政権に組み込まれた後、ようやく覇天は領内に稽古場を設けた。小原が三本の巻物を解読し、覇天流の技術を体系化したのだ。死亡率の低い稽古法を確立した事で、門弟の数も格段に増えた。小原が行う片手甲冑割の演武も評判を呼び、最盛期は門弟も五百人を超えた。
弟子の指導を任されていた小原は、覇天流目録免許の師範代。
覇天が武者修行を認めたのは、
「左手は使うな。これでいいか」
「すまぬな。気を遣わせた」
朧は瓢を捨て、右半身の姿勢を取る。
大刀を上段に構えて、左手を刀の峰に据えた。
一方、
戦いが変わった。
剣舞の如き美しい理詰めの斬り合いから、泥臭い組討有りの斬り合いへ。
互いに刀を大きく振り回せば、袖や襟を逆腕で掴まれる。関節技や絞め技――最悪の場合、投げ技から馬乗りで地面に押さえつけられる。
再び動きを止めた両雄。
「これが真剣勝負の膠着状態か。意外に見ている方もドキドキするな」
単なる観客と化した獺を尻目に、朧は眉間に皺を寄せる。
距離が遠い。
両雄の距離が、五間も離れている。
半月ノ太刀で間合いを潰し、大刀から小刀に持ち替え、接近戦に持ち込む事もできるが……同じ技を使う事に抵抗がある。
抑も半月ノ太刀は、初見殺しの
朧が攻め手を決めかねていると、一瞬で膠着状態が破られた。
完全に起こりを消し去り、
「――
検分役の獺が、くわっと瞠目した。
突如、巨体が四間も前方に飛び出し、太刀を片手で逆胴に振り抜く。落とし差しの抜き付けでなければ、唐竹割に拘る理由もない。
朧は虚を突かれた。
垂直跳びで躱す余裕もない。
後方に飛び退く事もできず、腹部に
斬られた――
五間も離れていたお陰で、傷は浅いが……あと一寸深く斬られていたら、臓物が飛び出していただろう。
「胴を断裁するつもりが……間積りを誤った。俺でも飛び込みの間合いは、一歩四間という処か」
「儂の技を盗みおったな!」
「技を盗むのは、覇天流の
不敵に笑う
弾き飛ばされる朧の長袖を掴み、左手で強引に引き寄せた。間髪を入れず、朧の額に太刀の柄尻を振り落とす。
覇天流――
柄尻を頭頂部に叩きつけ、対手の脳と内臓を揺さぶる大技だ。朧の視界に、ぱちぱちと火花が飛び散る。脳震盪で意識が朦朧とする。
太刀が振るう間合いを空ける為、左手で朧を突き飛ばした。意識が飛んだ朧は、蹈鞴を踏んで後退するが――
同時に
「――ッ!?」
いつの間にか、人差し指を立てた朧の左手が、
「意識が飛んだ状態で、対手の右腕を掴んでいたのか!」
獺の声が耳に届いたのか、朧の意識が覚醒する。
「ふんっ!」
軽く左手を巻き込むと、
覇天流に伝わる小手投げ。後世に於いて小手返しと呼ばれる技法だ。己の体重に円運動も加わり、六尺を超す巨体が地面に叩きつけられた。
鼻血を出しながら、仰向けに倒れた
完全に意識を取り戻した朧が、馬乗りになろうとする。胴体を両脚で跨いだ途端、美貌に砂が飛んできた。
「悪足掻きをしおって!」
怒鳴りながら、大刀を首に添えた刹那、
「くっ――」
中指の第一関節を折り曲げ、朧の
両雄の刀が
朧の両腕は、鍔迫り合いで封じ込められていた。
「馬乗りの
朧が嘆息混じりに言う。
事実、朧に抗う術はない。
「これで終わりだ」
「首を
朧がニヤーッと嗤う。
突然、
長い脚が腋の下から肩に掛けられ、凄まじい勢いで後方に引き倒される。脚力で
「返したああああッ!! 馬乗りを返したああああッ!!」
絶叫する獺。
驚いているのは、
視界が波を打つように歪む。
対手を視認する余裕もなく、無我夢中で脚斬りを放った。捨て鉢の一閃は、牽制と成り得たようだ。
「危うい危うい。自慢の脚に傷がつく処であった」
小袖の隙間から右脚を出し、殊更に
「……不思議な気分だ。お前と話す事はないと考えていたが……実際に太刀を交えると、急に無駄話がしたくなった」
「馬乗りの返し技なら教えぬぞ」
「それも興味深いが……本当に無駄な話だ。覇天様に
「半之丞が良い例だ。覇天流門下の若武者は、意外に実戦経験が少ない。なかには、皆無という者すらいる。如何に鍛練を重ねようと、実戦では雑兵程度の働きしか望めない。全ては覇天様の不徳に起因する。
異国渡りの武芸者が直家に重宝されたのは、純粋に剣技を見込まれたからではない。覇天が世事に疎い余所者だからだ。外様の新参者でありながら、直家に忠義を尽くす武将。
主命であれば、古参の忠臣だろうが、主君の親族であろうが、躊躇なく討ち果たす。
同輩や上役に疎まれようと、進んで汚れ役を引き受ける。直家が主家筋の
然し直家が岡山城下で病死した途端、覇天を取り巻く環境は激変した。
家督を継いだ秀家は、まだ十歳の子供である。政治ができるわけもなく、直家の異母弟の
徐々に権力は旧来の家臣に集中し、覇天は宇喜多家の中枢から外れていく。元々古参の家臣から憎まれていたうえに、不意打ちや騙し討ちが得意な武将は、世代交代された宇喜多直家の重臣――
小田原征伐の際、宇喜多勢も関東に出陣しているが、覇天は海上封鎖を命じられ、何ヶ月も船の上から小田原城を眺めていた。
つまり覇天は、小田原征伐で武功を立てていない。
それ以降は、事実上の隠居状態。主君の秀家に直訴して、なんとか慶長の役に加えて貰えたが、渡辺家の御家騒動で家来衆に不信感を抱いていた覇天は、身銭で野伏や足軽を集めて出陣し、古参の家来に渡辺城の留守を任せた。弟子から武功を立てる機会を奪ったのだ。
「お主の無駄話など初めて聞いた。面白い。続けよ」
興味が湧いたようで、朧も半歩後ろに下がる。
「小田原征伐で軽んじられていた時点で、覇天流に未来はないと確信した。ゆえに覇天様の許しを得て、早々に渡辺城を飛び出した。他の門弟も理由をつけ、他国の武将に鞍替えした。後に残されたのは、時世も読めぬ
宇喜多家の御家騒動とは、関ヶ原合戦の前年に起きた内紛である。
慶長四年、
次郎兵衛は
最終的に徳川家康の調停で沈静化したが、秀家に反発した家臣団や一門衆は宇喜多家を出奔し、関ヶ原合戦で東方につく。
主家の御家騒動の最中、覇天は中立を貫いた。
どちらの派閥につくかを迷う間に、宇喜多騒動が終結していたのだ。
当然、秀家についた重臣は、覇天の日和見を快く思わない。秀家の信頼も得られず、関ヶ原合戦では城詰めを命じられた。覇天の家来衆は戦場で太刀を振るう事もなく、城を枕に討ち死にする事もなく、惨めな生き恥を晒す事となった。
合戦の勝敗は、あくまでも結果論だ。
どちらの軍勢が勝つかなど、一兵卒に分かる筈もない。
ただ多くの覇天流門下の武士は、中二病を自認しながら、己の生き方を選ばなかった。
惰性で生きてた者は、真の中二病に非ず。渡辺家の御家騒動や朧の出奔に関与してない
「人の斬り方しか知らぬ者が、合戦に出ないでどうする? 俺は武者修行の旅を続け、合戦が起こる度に陣を借りた」
「……」
「唐入りの際は、
「……」
「俺は仕官の誘いを断り、伊予今治を出奔した。覇天様が黒田様の下に身を寄せていると聞き、福岡まで赴いてみれば……なかなか愉快な事になっているではないか。奏様の首級と引き替えに、渡辺家に仕官できるという。加えてお前が奏様を守護しているとか」
居丈高に語りながら、
何を企んでおる?
朧は、
「小原さんから、お前の話を聞いたぞ。俺のいない間に、随分と暴れたそうだな。三十余名の門弟を叩き伏せ、印可状と極意書を奪い取ったとか。然しどうにも
ふんと朧は鼻で嗤う。
「やはり立身出世に興味なしか。お主も儂と同じ人斬り包丁。遣い手が定まらねば、世に災いを齎す妖刀に過ぎぬ。一振りでも少ない方が、世の為人の為であろう」
「同感だな。どちらか一振りは折れるべきだ。それでこそ中二病――」
「秘太刀――虎ノ爪。見せて貰おうか」
背水の陣で、朧の攻め手を誘う。
免許皆伝の者しか見る事を許されない秘剣。然し
退路を断つ事で中二病を誘導し、奥の手を引き出させる。
発想は悪くない。
だが――
「――断る」
途端に興味をなくしたようで、朧は億劫そうに言い捨てた。
「この期に及んで、天邪鬼を気取るか」
「お主は勘違いをしておる」
「何?」
「剣の奥義は、己の力で
小刀に左手を添えて、朧は前に進む。
「覇天の太刀捌きを見ておれば、自ずと奥義も予想能う。お主らの稽古を見ておれば、秘太刀を伝授されるまでもない。覇天は、儂が奥義を自得したと悟り、止む無く印可状と極意書を渡したのじゃ。極意書を
「そんな馬鹿な! 騙りを言うな!」
「語りに非ず。朱雀や棗橘も秘太刀を自得したそうじゃ。抑も人の斬り方など、他人から教わる事か。それでは、お主が虚氣と呼ぶ者と変わらぬ」
「ぬう!」
彼の誤解は他にもある。
虎ノ爪の術理を予測できていない事だ。踏み出す一歩目から高速で間合いを詰め、確実に先の先を奪い、刺突か逆胴の二択で最適な打突を選ぶという神業。高速移動と緊急停止に耐え得る脚力がなければ、如何に天稟があろうと会得できない。必要な才能は、鬼神の如き身体能力だけなのだ。
生来の強者が、より強くなる為の秘術。
虎ノ爪を避けられたとしても、朧は水堀の手前で緊急停止できてしまう。これでは戦闘意欲も削がれる。
無造作に歩み寄り、朧は小刀を抜いた。
「二刀流……?」
覇天流に二刀流の技は存在しない。片手で太刀を使うべしという理念もあるが、何より一太刀で対手を斬り裂く事こそ
「加えてもう一つ、お主の誤解を解いてやろう。覇天流の秘太刀は虎ノ爪のみに非ず。二つあるのじゃ」
「なんだと!?」
驚愕する
「偖も偖も……此処で第二の秘太刀を見せると、捻くれ者の儂は面白うない。代わりに、珍しい技を見せよう」
朧は嗤いながら、左手の小刀を掲げた。
「京にいた頃、見様見真似で覚えた技での。
投げる?
それとも小刀は誘いか?
朧は、天に向けて小刀を放り投げた。
「一体、何の真似だ?」
「今投げた小刀はの。お主の頭上から落ちてくる」
「――おのれッ!?」
朧は摺り足で間合いを詰め、右手の大刀で逆胴を狙う。
刀を刀で受けるなど、剣士が最も恐れる行為。
それでも鎬で受けを試みる以外、生き残る道は残されていない。左腕と太刀を失う覚悟がなければ、横一文字に胴を断裁される。
「ほい」
「――ッ!?」
気の抜けた声を発して、逆胴を途中で止める。素速く大刀を戻した後、切先を無防備な胸の中心に当てた。
同時に小刀が、
そして決着がついた。
三寸も大刀を押し込めば、切先が
梟爪剣とは、高度な心理戦。言葉で対手の行動を制限し、投擲した小刀に意識を向けさせ、必殺の横薙ぎを放つ――と見せかけ、硬直した対手の急所を貫く。精密な技術と巧みな駆け引きを交えた妙技と言えよう。
「何か言い残す事はあるか?」
「……」
ニヤリと嗤いながら尋ねた。
もはやこれまで――
中途半端に躱そうとしても、深手を受けて二之太刀で仕留められる。
己の太刀を力なく地面に落とす。一瞬顔を顰めて、左肩の小刀を引き抜く。血塗れの小刀は、軽く脇に投げ捨てた。
朧は一部始終を見届ける。
中二病の死に様を汚すつもりはない。
右手の人差し指と中指を頭に添え、
「テヘペロ (・ω<) 」
次の刹那、大刀が
刀身を引き抜いた後、返り血が朧の頬を染めた。
実に見事な死に様だった。
無論、辞世の句ではない。
中二の台詞だ。
己の生涯や死の概念を詠うのではなく、人生で一度は口にしたい台詞を言い残し、中二病として華々しい最期を遂げるのだ。
頬に付着した血を拭いながら、大刀の血も振り払う。
「ふむ……斯様な処かの。如何であった、獺殿?」
強者を斃した興奮を抑えきれず、獰猛な笑みを浮かべる朧に対し、
「たーのしー」
獺は努めて冷静に応えた。
間積り……間合いの見切り
虚隙……対手の攻め手を誘う隙。フェイント。
五寸……約15㎝
一尺……約30㎝
四尺……約120㎝
アタリ……次に打てば、石を取れる状態
四丁……アタリの連続で全ての石を奪う
四間……約7.56m
五間……約9.45m
人中……人間の急所の一つ。鼻の下と上唇の間。
涼雲星友……宇喜多直家
備前宰相……宇喜多秀家
慶長四年……西暦一五九九年
豪姫……前田利家の娘
安堵……土地の権利保障
宛行……土地の権利委託
坂崎直盛……旧名・
脇坂様……
黒田様……黒田長政
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