第43話 三好長慶
教皇庁の外交使節改め三好長慶の奴隷一行は、河童が用意した大船に乗せられた。
福江島を出港した大船は、長崎や博多に立ち寄り、
途中でザザが「他の司祭はどうした!? 彼らは別の船に乗っているのか!?」と騒いでいたが、帆柱に縛りつけると、屍のように動かなくなった。
大船が堺に近づくと、奴隷達は異様な光景を目撃した。
彼らの前に
元々堺は、摂津国と和泉国の境に位置する。漁場豊かな
戦国時代に入ると、堺は国際的な貿易拠点の地位を確立していく。
武士の支配が非常に弱く、
然し京都で起きた
ザビエルが上洛した後、南蛮諸国から宣教師や商人が畿内に押し寄せてきたのだ。渡りに船とばかりに、日本の豪商も舶来品を買い集め、諸外国の知識や技術を吸収していく。
会合衆も同様である。
珍しい舶来品を蒐集するだけでは飽き足らず、ヨーロッパの学問を修めるようになり、会合衆の中から人文主義者が現れた。古代ギリシャやローマの古典を学び、人間の本質に迫ろうという者達だ。特に新プラトン主義が好評を博し、『ティマイオス』と『クリティアス』に出てくるアトランティスに、憧憬の念を抱く文化人が多かった。
やがて三好長慶より経済的な支援を得た会合衆は、摂海にアトランティスを建造した。『クリティアス』の記述通り、海面と陸地を交互に巡らせた環状帯。二つの陸地環状帯と三つの海水環状帯を市街地の周りに巡らせ、陸地環状帯に石積みの壁を構築した。
壁の高さは二十丈。幅は五十間。
外面に面した壁を鉄板。二番目の壁を
二つの陸地環状帯を貫通する水路は、大きな船が出入りできるように、広く大きく造られている。水路の幅は十四町。深さは十六尋。長さは二里と二町に及ぶ。
奴隷を乗せた大船は、商船用の
船渠には、大小三百を超える船が停泊しており、荷物の積み卸しが行われていた。外国の貿易船も多く、異国情緒と活気を感じさせる。
会合衆に複式簿記を指南していたイタリア人の会計士――ロベルト・パッチィは、手記にアトランティスの様子を記している。
『日本のアトランティスは、Xacai(堺)とAwazishima(淡路島)の間にある。アトランティスには、世界で最も裕福な人々が住んでいる。彼らは金や銀やオリハルコンに飽き飽きしており、市内で金や銀やオリハルコンを見掛けても盗もうとしない。落とし物の財布を見つけても、例外なく役所に届ける。アトランティスの商人は、宝石や貴金属にも興味を示さない。彼らに理由を尋ねると「眺めるくらいしか役に立たないから」と答える。だからダイヤモンドやルビーやサファイアよりも、数学や医学の専門書を欲しがる。またシナの陶磁器や茶道具を好み、鉄鉱石や塩硝や鉛を買い集める。彼らは取引に金貨や銀貨を使わない。理由は「金貨も銀貨も重いから」である。取引を行う際は、Shaifu(割符)という為替かBaicen(売券)という証文かDacanshibei(兌換紙幣)という紙幣を使う。
アトランティスは、世界一の商業都市に発展していた。
尤も奴隷達は、アトランティスの賑わいを楽しむ余裕もなかった。
大船に乗せられていた奴隷は、ザザと兵士を含めて五十一名。船渠で大船から降ろされた後、外の様子を眺める暇もなく、長い縄で首を絞められた。
首を絞める縄は、牛の首と数珠繋ぎにされていた。奴隷達は逃げる事もできなければ、遅れて歩く事も
長慶に買われた奴隷達は、牛に
何故、河童衆が合唱しながら、奴隷を連行しているのか分からないが……外国人のザザでも分かる。
自分が侮辱されている。
彼はイタリアの名門貴族の家に生まれた。ボローニャ大学を優秀な成績で卒業し、当時の教皇に請われて、教皇庁直属の司祭に任命された。貴族且つ聖職者ゆえ、一度も税金を納めた事はない。カソリックの司教という立場上、結婚は許されないが、邸内に十人の愛人を閉じ込めている。今回の使命を果たせば、枢機卿の座も見えてくる筈だった。
それが日本人の奴隷となり、非道な扱いを受けている。屈辱に耐えきれず、唇を噛んで出血していた。
それでもザザは、一縷の望みを抱いていた。
これから長慶の宮殿で謁見が行われる。
正確には、長慶が購入した奴隷を検分するのだが……直接、長慶と対話をする機会を得れば、自分が教皇庁の外交使節だと証明できる筈だ。
イタリア語を話す河童から聞いた話によると、長慶は日本で最も強力な王である。足利将軍家を二度も京都から追放し、中央に三好政権を樹立した。
京都を離れた
欧州諸国の数学や化学や建築学を学び、人文主義に対する造詣も深い。堺の会合衆に代わり、アトランティスの建造費用を負担するくらいである。
欧州諸国の言葉も堪能。
イエズス会の宣教師からポルトガル語でヨーロッパの情勢を聞きながら、イタリア人の会計士にイタリア語で会計監査の報告を受けつつ、自分が書いた本をラテン語に翻訳しているという。
堅物のザザは、人文主義者が大嫌いだった。
確かに古代ギリシアや古代ローマ帝国は、現代のヨーロッパより様々な面で優れていたのだろう。然しどちらも多神教国家である。教皇庁の教えと多神教の教えが相容れる筈もなく、人文主義者は双方の折衷を望んでいるが、ザザからすれば異端者の詭弁に過ぎない。
人文主義の話など聞きたくもないが――
教皇より授けられた使命を果たさなければならない。
長慶が説明通りの人物なら、ザザの話に耳を傾けるだろう。抑も長慶は、欧州諸国の学問に興味はあるが、熱狂的な人文主義者というわけではない。長慶がザザの説法で心を入れ替え、偉大なる教皇庁の威光に
ザザは淡い期待を抱きつつ、アトランティスの宮殿に向かった。
アトランティスの宮殿は、長慶の別邸の一つだ。
宮殿の周囲に黄金の柵を張り巡らせ、宮殿の外壁は銀で覆われていた。宮殿の床には、指二本分の厚さのオリハルコンが敷き詰められている。天井は、金や銀や象牙やオリハルコンで装飾されていた。
牛に曳かれた奴隷達は、宮殿の前で長慶の家来に引き渡され、広大な玉座の間に引き摺り出された。
三好家の武将や河童の一団が、玉座の間の両脇で武者座りをしている。まだ三好長慶が来ていないのだろう。オリハルコンの玉座は空席だった。
尤も奴隷達は、「『
「三好筑前様のお成り」
長慶の近習が声を上げると、玉座の間の空気が引き締まった。
カツカツカツカツ……と甲高い足音が聞こえてくる。
暫時の後、玉座の近くで足音が止まった。
「苦しうない。面を上げい」
妖艶な声音が響き渡り、奴隷達は顔を上げる事を許された。
驚いた事に――
オリハルコンの玉座に就いていたのは、猛虎の如き威容を誇る美女だ。
長い茶色の髪を高く結い上げ、目尻は高く釣り上がり、大きな瞳が爛々と輝いていた。よく通った鼻筋に、艶やかで厚めの唇。野性的な色香は匂い立つほどで、奴隷達も現状を忘れかけたほどである。
抜群に均整の取れた身体を黒い肌着で覆い隠し、その上に猩々緋の小袖。襟元を黒い羽毛で飾り、法衣のように袖丈が長い。加えて身の丈を高く見せたいのだろうか。底の厚い
――三好長慶は女王であったか!!
驚愕する奴隷を尻目に、長慶は評定を始めた。
「
長慶は玉座で頬杖をついて、傲然と言い放った。
「
三好家の重臣――
「それだけではあるまい」
「五島にて異国の海賊を討ち滅ぼし、南蛮の軍艦を
「南蛮の軍艦……如何であった?」
長慶は大仰な仕草で脚を組み、久秀に仔細を尋ねた。
「見事な物にござりまする。数百名も乗り込める大船でありながら、細長く且つ太く
「左様か。急ぎ船乗りと大工を集めよ。
「心得ましてございまする」
久秀が頭を下げると、河童衆に視線を向けた。
「此度の働き、誠に見事である。鎮西の情勢を探り、
「過分なる御言葉。恐悦至極に存じまする」
三好家中の河童衆を代表し、鈴木が主君に対応した。
「河童衆に胡瓜一億本を授けよう」
「おおっ――」
「河童の繁栄を願う。是が
「なんと果報な……有難き幸せにございまする」
長慶の寛大な沙汰に恐縮し、鈴木は声を震わせて平伏した。
「偖も偖も……河童衆の土産話を聞きたい処じゃが。その前に、
平伏する河童衆から視線を移し、拘束された奴隷を睥睨する。
「お主がザザか?」
急にイタリア語で話し掛けられて、ザザが喜色を露わにする。
「おお、本当に筑前殿はイタリア語を話せるのか!」
ザザが勢い込んで立ち上がると、長慶は右手を挙げた。
「私は教皇庁より派遣された外交特使――シモーネ・ザザ! 教皇猊下の親書を携えて参りました! どうか我々を解放して頂きたい! 今ならば、教皇庁も軍事行動を控えるでしょう! 両国の関係が破綻する前に、賢明な判断を――」
「
長慶が右の掌を返した刹那、ザザは前のめりに倒れ伏した。
「――なッ!?」
ザザだけではない。
「――ああッ!?」
「おおおおッ!?」
「な……なんだ、これは!?」
後ろに控えていた五十名の兵士も同様だ。彼らは床に倒れ伏したまま、顔を上げる事もできず、蛙の如く悶え苦しむ。
長慶はニヤリと嗤い、右の掌を膝の高さまで下げる。
「ひいいいい――」
上方から圧力を加えられたかの如く、五十余名の奴隷はオリハルコンの床に這い
「如何致した? 魔法など珍しくもあるまい」
「痛い痛い痛い! 内臓出る! 内臓出ちゃう!」
「クククッ、魔法対策もしておらぬのか。斯様に無様な有様で、異端審問所を差配する事など能おうか」
長慶は嘲笑しながら、右手を馬手に払う。
「魔法だと!? ならば、お前は魔女か!? 悪魔と契約を結んでいるのか!?」
魔法の呪縛から解放されたザザが、混乱して喚き立てた。
「日ノ本と南蛮諸国では、悪魔の意味が異なる。神に抗う者は、悪魔に非ず。人の世に仇成す者こそ悪魔。生類の滅亡に加担する者こそ悪魔崇拝者じゃ」
「何の話を……」
「儂は斯様な者共の族滅を望んでおる。ゆえに悪魔崇拝者に非ず。加えて
「日本には、本物の魔女がいるのか……」
唖然とするザザは、己の失言に気づいていない。
「お主の存念など聞いておらぬ。左様な事より、己の行く末を案じた方がよいぞ」
「我々に危害を加えれば、国際問題に発展するぞ!」
「お主らは、儂が手に入れた奴隷じゃ。奴隷を如何に扱うた処で、教皇庁は何も能わぬ。加えてお主らは、二つも罪を重ねておる」
「我々が何の罪を犯したというのだ!?」
「先程からの非礼を罪に加えてもよいがの。外交特使を騙る
頬杖をついた長慶が、ザザを見下ろして嗤う。
「なんと無礼な事を……筑前殿は、我々を偽使と疑うか! 教皇猊下の親書を携えてきたのだぞ!」
「ふむ……教皇猊下の親書とやらは、この紙切れの事か?」
ザザに見せつけるように、近習から渡された手紙を開く。
上質な紙にイタリア語が書かれており、パウロス四世の署名もあった。
「おおっ。まさしく」
「件の夷狄が持っておった。万が一、本物の親書であれば、面倒事になりかねぬ。尤も儂の杞憂であったが」
「それは本物だ! 教皇猊下の署名も偽物ではない! 私が保障する!」
「お主の保障など何のアテにもならぬ」
傲然と言い捨てた後、長慶はニヤリと嗤う。
「然れどこの手紙……なかなかに愉快よの。宛名を定かにしておらぬ」
「……?」
「親愛なる日本国王へ――と書いておるが。日本国王とは、誰を指しておるのじゃ? 京に
「それは……我々の落ち度ではない。日本は百年近くも内乱が続き、統治者が定まらないと聞いていた。だから教皇庁も止むを得ず――」
「是は異な事を申す。日ノ本は静謐を維持しておる。内乱など起きておらぬ」
「それこそ詭弁だ! 多くの王が戦争をしているではないか!」
「お主は、日ノ本で合戦を見たのか?」
「直に見た事はないが……」
ザザが言葉に詰まると、長慶の笑みが深まった。
「ならば、どちらが詭弁を弄しておるのか。この場で立証する手立てがないのう。然れどこの手紙の真偽は立証能う」
「どのように立証すると?」
「内容を吟味すればよい」
「……?」
「察しの悪い男よの。畢竟、この手紙に書いてある事は、馬鹿げた妄想に過ぎぬ……と申しておるのじゃ」
「教皇猊下の親書が、馬鹿げた妄想だと?」
長慶の不躾な発言に、ザザの顔が青褪た。
「先ずフラスコ・ザビエルの引き渡しを要求しておるが……
「なぜだ!?」
「先程も同じ事を申したが……日ノ本と南蛮諸国では、悪魔の意味が異なる。然れどザビエルは、紛う事なき悪魔崇拝者。加えて悪魔崇拝者が信奉する八大罪の内、『緊縮財政』を司る『
「……」
「公の場で恥を掻かせた恨みもあるが……三好家の誇りに掛けて、ザビエルは儂の手で討たねばならぬ」
「筑前殿は、自国の利益より一族の名誉を優先させるか!」
「当家の面目のみならず。義輝が頼りなきゆえ、日ノ本の利益も考えておる。然れどローマと国交を結んだ処で、日ノ本に利益は非ず」
「――ッ!?」
「カカカカッ、教皇庁が手を差し伸べれば、世界中の国々が喜んで応じると思うておるのか。日ノ本を侮るでない」
長慶が呵々大笑した。
「然しローマと国交を結べば、ヨーロッパとの貿易も活発となり――」
「儂らが教皇庁の凋落を知らぬとでも思うたか。今のお主らに、南蛮諸国を従えるほどの力はなかろう。畢竟、あれやこれやと理屈を並べて、日ノ本の金銀を搾取する腹積もりであろう」
「そのような事は考えておらん!」
「ならば、日ノ本をキリスト教国に変える必要性もあるまい。主上がカソリックに受洗致せば、教皇庁に税を納めると? 日ノ本に服属を要求してきた
「……つまり国益を損なうくらいなら、本物の親書も偽書として扱うと?」
「クククッ」
長慶は鷹揚に嗤い、ザザの問いに答えなかった。
「イエズス会の宣教師から聞いた話によれば、当代の教皇猊下は賢明な御仁と聞く。斯様な御仁が、他国に服属を要求する書簡など送る筈がない。左様な事を致せば――」
びりびりびり。
長慶は嗤いながら、教皇の親書を破り捨てた。
「主上より夷狄討伐の勅命を受けた儂が、破り捨ててしまうではないか。ゆえにお主らの持ち込んだ手紙は、教皇猊下の親書に非ず。お主らも外交特使を騙る罪人じゃ」
「なんと畏れ多い事を……筑前殿は悪魔の使いか?」
「同じ事を何度も言わすな。儂は『中二病の魔法使い』じゃ」
「我々を偽使に仕立てて処刑するつもりか! 教皇庁を敵に回す事になるぞ!」
「不服であれば、日ノ本に十字軍でも派遣致せ。南の海で海賊共と存分に殺し合えばよかろう。加えてお主らの罪は、一つだけに非ず」
敵愾心を燃やすザザに、長慶は侮蔑の視線を向けた。
「罪なき者共に異端の濡れ衣を着せ、火炙りにしてきたのであろう。無辜の民を虐殺するなど許し難き所業ぞ」
「私は神の敵を滅ぼしてきたのだ! 異端審問も綿密に執り行い、『魔女の鎚』に基づいて判決を下してきた! 無実の被告を裁いた事など一度もない!」
ザザの言う『魔女の鎚』とは、一四八五年に二人のドミニコ会士が執筆した書物だ。
一人はヤーコブ・シュピレンゲル。
バーゼル生まれで、ケルン大学の神学部長。ドイツ各地で異端審問を行い、当時の教皇から宗教的熱意と努力を称賛された人物である。
もう一人は、ハインリヒ・クラーメル。ラテン名のインスティトリスでよく知られている。彼もドイツの各地で積極的に異端審問を行った。
二人が共著した『魔女の鎚』は、魔女の異端論証や魔女が使う妖術、異端審問の進め方を書き記している。特に異端審問は大きく取り上げられており、裁判の開始・投獄・証人・逮捕・拷問・判決……など、詳細な指示と助言が与えられている。
内容の一部を抜粋すると、
『役人が裁判の準備をしている間に被告を裸にせよ。もし被告が女であれば獄房に連れていき、正直で立派な婦人の手で裸にせよ。妖術に用いる道具を被告が着衣の中に縫い込んでいるかもしれないからである。なぜなら、彼らは悪魔の指示に従って、そうした道具を未洗礼の幼児の手足を材料に造るからである。これらの道具の始末が終わったならば、自ら進んで真実を自白するように裁判官自身が被告を説得し、また信仰心の篤い正直な者達にも説得させよ。もし被告が自白しそうになければ、被告を縄で縛り拷問に掛けるよう役人に命じよ。役人は直ちにその命令に従わねばならぬ。ただし、嬉しそうにではなく、むしろ己の役目に困惑しているような素振りでなければならぬ。その時、被告の拷問を免じてほしいと誰かに熱心に嘆願させよ。そこで拷問を免じてやり、さらに説得を重ねよ。説得に応じさせるために、自白すれば死刑は免じると言え……』
無論、被告人が自白しても、死罪を免れる事はない。
十五世紀から十七世紀の神学者は、これを異端審問の手引書と捉えて、異端者や悪魔崇拝者を記述通りに処分してきた。
「ほう……冤罪で裁かれた者はおらぬと?」
「当然だ! 私の判決に間違いはない!」
ザザが顔を真っ赤にして叫んだ。
「左様か。ならば、儂の権限を以て、この場にて簡易裁判を執り行う。証人を此方へ」
「簡易裁判!? それに証人だと!?」
「お主に近しい者じゃ。異端審問の一部始終を見ておった」
「だ……誰の事だ?」
「証人を連れて参るがよい」
長慶が指示を出すと、久秀が
三好家の家臣に促されて、年若い黒人奴隷が姿を現す。
「――モーストロッ!?」
自分が所有していた奴隷の登場に、ザザも驚愕を禁じ得ない。
ザザや兵士達と同様に、他の使節団の者達も河童衆に連行されていたのだ。彼らとは別の大船に乗せられて、一足早くアトランティスに到着。三好家の家臣団から丁重に持て成されると、安全の保証と引き替えに、教皇庁の思惑やザザの所業を打ち明けた。
つまり――
「証人に問おう。お主が見てきた者の中で、冤罪と思しき者はいたか?」
「冤罪で裁かれた人しかいません。多くの人々が、悪魔崇拝者の濡れ衣を着せられ、過酷な拷問を加えられた後、火刑に処せられました」
「モーストロオオオオッ!!」
教皇庁の司祭もイエズス会の宣教師も航海士も船乗りも使用人も奴隷も……ザザと兵士を除く使節団の面々は、すでに長慶と結託していたのだ。
「冤罪で裁かれた者は
「私が知るだけでも百人を超えております。何の罪もない者達が、自白を強要されて殺されたのです」
「貴様ああああッ!! 主人を裏切るつもりかああああッ!!」
被告人が証人を威嚇するが、モーストロはザザを見ようともしなかった。
「冤罪と断言致す根拠は?」
「取り調べを受けた者達は、『魔女の鎚』に記されていた『魔女の証』が見当たらないのです。だからザザ司教や兵士達は、被告人に自白を強要しました」
「兵士達も拷問に加担したのか?」
「そうです。彼らもザザ司教と同罪です」
長慶が呆れた様子で頬杖をつく。
「この者と同様の証言を致す者が、他にもおるのじゃ。いい加減に観念致せ」
「――嘘だ!」
両手を縛られたザザは、三好の家来衆に両肩を押さえつけられながらも、必死に顔を上げて叫んだ。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 私は悪魔崇拝者を裁いてきたのだ! 冤罪の犠牲者などいる筈がない! 確かに取り調べの時、多少手荒な真似をした事は認めよう! 然しそれも『魔女の鎚』に書かれていた事! 高名な神学者が
「異国の法律を語るのであれば、己の発言にも注意すべきであったな。お主は先程、『日本には、本物の魔女がいるのか』と申しておったぞ。即ち『己が裁いた者の中に、本物の魔女は一人もいなかった』と、お主は心の中で認めておったのじゃ。もはや言い逃れも能うまい」
「弁護人を……弁護人を喚んでくれ」
ザザが青白い顔で嘆願すると、長慶はニヤリと嗤った。
「お主は、異端審問所に弁護人を喚んだ事はあるか?」
「――ッ!?」
「天道に背く者に、情けを掛ける道理もなし。裁きを申し渡す。お主らは『生き試し』に使うた後、獄門の刑に処す」
「Ichidameci……?」
「教皇庁の司教は、日ノ本の刑罰に疎いか? 然らば、身を以て知るがよい。是が生き試しじゃ」
長慶が袖口から棒手裏剣を取り出し、ザザの顔面を打ちつけた。
「いだーし!」
棒手裏剣が左目に突き刺さり、ザザは激痛で悶え苦しむ。
長慶は小姓の持つ太刀を引き抜き、鷹揚に玉座から腰を上げた。
「易々と死ぬるでないぞ。お主らの断末魔が、犠牲者を弔う
「ヒイイイイ――」
この先は一方的な殺戮だった。
長慶は逃げ惑う奴隷を容赦なく殺した。
荒縄で束縛された者を容赦なく袈裟斬り。泣き叫ぶ者の喉を突き刺し。許しを請う者を唐竹に断ち割り。恐怖で失禁した者を殴り殺し。背中を向けた者を蹴り殺し。兵士長と名乗る者は、相撲の
最後に生き延びたザザは、長慶の片手打ちで
五十一名の奴隷を殺害した長慶は、「なんと脆弱な者共か。当て身一つで、胸に穴が空いたぞ。斯様な有様では、村落の若衆にもなれまい」と痛罵し、不機嫌そうに玉座の間から立ち去った。
その後、市内の広場に奴隷達の首が晒された。
五十一名の首が
使節団の生き残りは、三好家から選択を迫られた。
祖国へ帰還するか。
それとも日本に定住するか。
補佐役の司祭達は、迷わず帰還を希望した。
ポルトガル人の商船に乗り、無事に本国へ帰還すると、教皇庁に事の次第を報告した。
然し教皇庁は、全くの無反応を示した。
長慶の蛮行に教皇も枢機卿も激怒したが、現在の教皇庁に十字軍を編制し、極東に攻め込む余裕などない。教皇庁にできる事といえば、諸外国に弱みを見せないように、外交特使派遣の事実を隠蔽する事くらいだ。
その為、イエズス会は日本と教皇庁の関係を改善する為、天正遣欧少年使節をスペインに送り込むが……それは二十七年も先の話。
教皇庁の御用商人やイエズス会の宣教師は、日本に残る事を選んだ。
商機に敏感な御用商人達は、日本の経済規模に新大陸以上の価値を見出した。イエズス会の宣教師は、日本で信者を増やさなければ、東インド管区の存続に関わる。
航海士や船乗りは、大半が日本に残った。
彼らは堺の会合衆に好待遇で雇われ、最先端の航海技術を日本人に指導し、遠い異国に家族を呼んで平穏な一生を送った。外国語を話す使用人も重宝され、堺の商人に通訳として雇われたり、京都で語学学校を開いた。
使節団が連れてきた奴隷達は、長慶の一存で奴隷身分から解放された。
特別な知識や技術を持たない元奴隷は、京都や堺に住む商人や職人に預けられ、日本語の読み書きや算術を教えられた。奴隷身分から解放されたとはいえ、言語も文化も習慣も違う国で暮らす事は、決して簡単な事ではない。然しヨーロッパに戻れば、再び奴隷身分に落とされる。奴隷に戻るくらいなら、日本で第二の人生を送りたい。
多くの元奴隷は、日本に帰化する道を選んだ。
奴隷身分から解放されたモーストロは、堺に住む日本人の養子となった。養父は薬種問屋を営んでおり、裕福で生活に困る事はない。
然しモーストロは、養父の家業を継ぐ気はなかった。
彼は武士に憧れた。
長慶がザザや兵士達を成敗した時、彼の心は高揚感で満たされた。有色人種の武士が白人の権力者を謀殺し、教皇庁に喧嘩を売る。白人が支配する地獄の中で、長慶の存在は救世主の如く見えた。
筑前様こそ最強の武士に違いない。
いつか俺も武士に取り立てられて、長慶様の下で働こう。
それから三年の月日が流れて、モーストロは十六歳になった。
日本の言葉や慣習を学び終えると、彼は養父の家を飛び出した。三好家の武士になる事を目指し、意気揚々と上京したのだ。
武芸者が仕官を望むのであれば、己の強さを世間に示す事だ。己こそが天下一の遣い手と証明できれば、大名家からも仕官の声が掛かる。
ポルトガル人の宣教師――ジョアン・ロドリゲスが執筆した『日本教会史』に、剣術の天下一について興味深い記述がある。
『人々は、自分達を認めてくれるようなものがいなくても、Tencaisti(天下一)を自称する。それは、この道にかけては、国内で最も主要な者、Caxira(頭)の意であり、これらの家の人々は、自分の家の戸口に看板や表札を掲げるのが習慣となっている。例えば、毛筆を造る事で、全国で最も優れている者は、Fude Tencaisti(筆天下一)と書いておく。かかる人の中には、剣術の師匠も含まれるが、彼らはその道における第一人者から、その名を取ろうとして、自信を持った者に立ち向かうのである。Tenca(天下)の首都、Miyaco(都)では、門の入り口のように、全ての人が行き交う都市の広場や公道や大通りに、次のように書いた札を立てる。某地方の何某、日本国中、即ち天下の剣術の達人、某通り、また某家に住居す。異議ある者、挑戦を希望し、木刀、または真剣を以て試合したい者は申し込まれたい。天下一を望む武芸者は、求める者の挑戦を受けたが、挑戦する者がなければ、天下の首都、即ち日本にはそれを否定する者がいないという事になり、それでその地位が認められた』
ジョアン・ロドリゲスは、日本に四十年も滞在していた人物である。日本の文化に精通し、豊臣秀吉の通訳も務めた。武芸者達が天下一の看板を掲げ、都市の広場や公道や大通りで斬り合いを始めて、日常的に命を奪い合う様子を見てきたのだろう。
当然、モーストロも乱世の倣いに従った。
天下一の高札を掲げる武芸者と立ち合い、軽々と一太刀で仕留めた。天下一の称号を奪い取ると、今度は命知らずの挑戦者を撃退する。二十度の真剣勝負を無傷で制した後、京都で天下一の称号を狙う者がいなくなり、自他共に認める天下一の遣い手と認められるようになった。
何故、武術の素人と言うべき若者が、武芸者を相手に勝ち続ける事ができるか?
彼の肉体には、天賦の才が備えられていた。
六尺を超える巨体に、人間を片手で投げ飛ばす膂力。動体視力や空間把握能力は、一流の武芸者と同等。対手の打突を先読みする才能も併せ持ち、立ち合いで掠り傷の一つも負わなかった。真剣勝負の最中に、逆腕の片手打ちや
加えて彼の武術は、長慶の模倣だ。
見取り稽古という言葉があるが、一度見ただけで他人の動きを完璧に模倣し、独自の工夫を加えられる者など、彼の他に存在しまい。異常に発達したミラーニュートンは、彼を教え導く指導者すら不要とした。
モーストロからすれば、日本は天国のような場所だ。
強者を斬り捨てるほどに、彼の名が世間に広まる。
道行く者が「モーストロこそ天下一」と褒め称える。
肌の色で差別される事もない。
麗しい美女も豪勢な馳走も眩い黄金も、太刀の一振りで手に入る。
誰も彼もが、モーストロの強さを求める。
然し三好家から仕官の誘いが掛からない。
他の大名家からは、「高禄にて召し抱えたい」という話は来る。然し肝心の三好家は、モーストロに接触してこない。
もしや俺の名声が、筑前様の耳に届いてないのか?
そう考えたモーストロは、戦場を渡り歩くようになった。諸大名の陣を借り、数多の兜首を挙げ、無数の感状を与えられた。三好家と和睦した将軍の御前で、業前を披露した事もある。足利将軍家兵法指南役――
それでも三好家から、仕官の声は掛からなかった。
何故、三好家は俺を無視する?
俺は筑前様の家来となる為、無数の屍を積み上げてきたのだ。
もはや直接、筑前様に真意を問う他あるまい。
業を煮やしたモーストロは、長慶に面会を望んだ。
無礼を承知で行軍中の三好勢に立ち塞がり、長慶に謁見を求めたのだ。
刃傷沙汰も覚悟していたが、三好勢の河童衆がモーストロの人相を確認した後、長慶の許まで案内してくれた。
「モーストロか」
馬上の長慶が、平伏したモーストロを見下ろす。
「御機嫌麗しう存じまする」
数年ぶりに再会した長慶は、息が止まりそうなほど美しかった。妖艶な美貌は年月を経ても変わらず、匂い立つ色香は増すばかりである。
「お主の噂は聞いておる。随分と腕を上げたようじゃの」
「御耳を汚すばかり」
「武のみに非ず。謙遜も覚えたか」
「武芸上覧も致す身となれば、相応の立ち居振る舞いも必要となりますゆえ」
「言いおる」
長慶は相好を崩すと、ぽんと柏手を打った。
「アレをもて」
長慶の近習が、三本の巻物を差し出す。
「これは……」
「
「かたじけのうござまする」
「他に望みはあるか?」
「一つだけございます」
「苦しうない。申してみよ」
「筑前様の家来にお加えください」
「……」
「何卒」
モーストロは、馬上の長慶に深く頭を垂れる。
「……」
暫時、長慶は黙考した後、厚めの唇に右手を当てた。
「いくつか訊きたい事がある」
「なんなりとお尋ねください」
「何故、儂なんぞに仕えたがる? お主ほどの業前があれば、他の大名家が捨て置かぬであろう」
「某は――」
「堅苦しい口上は無用じゃ。お主の存念を述べよ」
気の短い長慶は、格式張った口上を遮った。
「……初めて貴女を見た時から、貴女に憧れていました」
「ほう」
「貴女の強さ。貴女の美しさ。貴女の気高さ。貴女の傲慢さ。貴女の残忍さ。貴女の冷酷さ。貴女の獰猛さ。貴女の全てに惹かれました」
「……」
「某は天に誓いました。いつか武士となり、貴女の家来になると」
「儂に仕えて如何致す?」
「無論、筑前様の命に従い、悪魔崇拝者を討ち取ります。加えて筑前様の御命を狙う狼藉者も成敗します。某は筑前様の太刀となりましょう」
「……」
長慶は眉根を寄せたが、頭を垂れたモーストロは分からない。
「お主は、儂の書物を読んだ事はあるか?」
「無論、『三好経世論』ならば、日本語版もラテン語版も読みました。この場で諳んじる事もできます」
「前にも申したが……悪魔とは、人の世に仇成す者。悪魔崇拝者は、生類の滅亡に加担する者と定めた。ゆえに儂は朝敵征伐と心得、悪魔崇拝者を手討ちにして参った」
「存じております」
「然れど儂の所業は、矛盾に満ちておらぬか? 悪魔崇拝者といえど、
「……」
「加えて儂は、下克上を成し遂げた。今や将軍も管領も牛耳り、日ノ本の政を専横しておる。紛う事なき権力者じゃ。権力者が他の者を悪魔崇拝者と決めつけ、選別と迫害を繰り返す。是では、悪魔崇拝者が信奉する八大罪の一つ――『全体主義』と何も変わらぬ」
「……」
「今一度問おう。儂の所業に疑念を抱かぬのか?」
「筑前様は、現世の誰よりも日ノ本の安寧を望んでおります。たとえ不条理な所業に見えようと、深謀遠慮に基づいて成された事と確信しております」
「……」
長慶は冷たい視線を送るが、頭を垂れたモーストロは全く分からない。
「何故、慰霊者の追悼式に出席せなんだ?」
「追悼式……?」
「異端審問で悪魔崇拝者の濡れ衣を着せられ、ザザに処刑された者共の追悼式じゃ。二年前にアトランティスで行った。お主の養父に招待状を送った筈じゃ」
「ああ……」
何かを思い出したようで、モーストロは長慶は見上げた。
「何故、追悼式に出席せなんだ? 養父より聞いておらぬのか?」
「実家を飛び出したゆえ、養父からは聞いておりません。然しアトランティスで追悼式を行う事は、京洛の噂で聞いた事があります。筑前様が主催者と承知していれば、私も出席していたのですが……」
「……」
「然し筑前様も戯れを仰る。犠牲者の追悼式など……所詮は、強者に抗う事もできない弱者。無力な白人の命など、筑前様が顧みるほどもないかと」
「弱者の命に価値はないか?」
「弱者は強者に寄生します。強者の糧にすらならない者共は、筑前様の足枷となりましょう。筑前様に寄生する弱者は、我が太刀で成敗して御覧に入れます」
「お主は、ザザと何が違うのじゃ?」
「……は?」
「無益な時を過ごした。二度と儂の前に現れるでないぞ」
ぽかんとするモーストロを尻目に、長慶は馬を進めた。河童衆は『粛聖!! ロリ神レクイエム☆ 』を歌いながら、モーストロの脇を通り過ぎる。
長慶との謁見が終わり、ようやく彼は気づいた。
彼の抱いていた夢は、憧憬の対象に打ち砕かれたのだ。
それから数日後。
「――三好イイイイ!!」
モーストロは、アトランティスの市内に建てられた慰霊碑を片手打ちで断裁した。石造りの慰霊碑を切り刻むと、何度も残骸を踏み潰す。
「よくも俺に恥を掻かせてくれたな! 俺は天下一の遣い手だぞ! それをザザが如き弱者と並べるとは――」
慰霊碑の残骸に激情をぶつけ、モーストロは鬱憤を晴らす。
「長慶は、俺の強さを恐れたのだ! 俺に勝てないと悟り、己の地位を奪われる事を恐れたのだ! 所詮は、長慶も下克上を恐れる弱者に過ぎん! もはや三好家など此方から願い下げよ!」
モーストロは息を整えた後、夜空を睨んで叫んだ。
「三好長慶! 必ずやお前を上座から引き摺り落としてやる! 下克上こそ戦国乱世の本質! 俺を侮辱した事を後悔するがいい!」
慰霊碑の残骸の前で誓いを立てると、モーストロは畿内から姿を消した。
後に備前無双と謳われた異国の武芸者――渡辺覇天が中国地方に現れたのは、永禄年間の事である。
摂海……現代の大阪湾
二十丈……約60m
五十間……約94.5m 太閤検地後
十四町……約1.5876㎞ 太閤検地後
十六尋……約29m
二里と二町……約8.08㎞
船渠……ドック
シナ……明国
割符……為替手形。発祥は鎌倉時代に遡る。遠隔地から年貢を運ぶ手間を省く為に発達した制度。戦国時代には廃れていた。
売券……土地・家屋・諸権利などの売買の際、売り手から買い手に渡す売り渡し証文
ラシャ……
サラサ……
ルソン人……ルソン島人
スマトラ人……スマトラ島人
ジャワ人……ジャワ島人
ペグー人……カンボジア人
フォルモサ人……台湾人。十六世紀にポルトガル人が名付けた。
レキオ人……琉球人
カフス人……アフリカ出身の黒人
IR……地方自治体が住民税で建設する賭場
インボインス制度……消費税の拡大版。売上高が一〇〇〇万円以下の事業者にも、消費税が課せられる。税務署で手続きをしなければ、インボイス制度を無視する事もできるが……その場合、発注元や取引先が控除を受けられなくなり、仕事を貰えなくなる。
詭弁……一見、正しそうに見えるが、論理が破綻している推論。「日本の
実に幼稚な論点のすり替え。
テレビコメンテーターや有名なYouTubeがよく使う手法で、一見、論破しているように見えるが、全く論破していない。日常生活やディベートで使うと、相手に馬鹿だと見抜かれるので、読者のみなさんも気をつけてください。
株乞食……株主配当金しか所得がない人
逆さ磔……掌を裏(逆さ)にする磔
弘治二年……西暦一五五六年
足利義晴……第十二代室町幕府将軍
足利義輝……第十三代室町幕府将軍
主上……
誦経……経文を声を出して読む事。或いは、諳んじて唱える事。
若衆……集落の自警団
梟木……晒し首を吊しておく木。獄門台。
抜き技……打突を躱しながら、対手に打ち込む技
ミラーニュートン……他人の行動を理解し、新しい技能を修得する時に使う神経細胞
永禄年間……西暦一五五八年から一五七〇年
国内総生産(GDP)……一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額。国内総生産と国内総所得と国内総支出は必ず一致する。分かりやすく喩えると、国民が物やサービスを生産し、同じ国民から所得を得る。所得を得た国民は、同じ国民から物やサービスを買う(支出する)。これらの生産と所得と支出は、当然の如く一致する。これを三面等価の原則という。
国内総生産は、民間支出(消費+投資)+政府支出+純輸出(輸出-輸入)で求められる。政府支出が増えれば、国内総生産も確実に増える。国内総生産が増えれば、国内総所得と国内総支出も確実に増える。つまり政府支出を拡大すればするほど、国内の生産も所得も支出も確実に増える。
因みに総需要(名目GDP)は、民間最終消費支出と政府最終消費支出と民間住宅と民間企業設備と公的固定資本形成と純輸出を加えたもの。本来の供給能力(潜在GDP)は、デフレギャップを克服してインフレーションにならなければ分からない。
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