第42話 奴隷

 ポルトガル人とエチオピア人の混血児――モーストロが、教皇庁の司教に買い取られたのは、十歳の時である。

 西暦一四九八年にポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマが、喜望峰きぼうほうを越えてモザンビーク島に到着。ポルトガル王国は、モザンビーク島周辺を軍事力で植民地化し、アジア圏に向かう為の足掛かりとした。

 同時にイベリア半島の強欲な商人達は、モザンビーク島で奴隷を買い集め、世界中に売り捌いた。ヨーロッパ、エヌバ・エスパーニャ、ポルトガル領ゴアやポルトガル領マラッカなど、ポルトガル人やスペイン人が構築した人身売買のネットワークは、十六世紀の時点で世界中に張り巡らされていた。

 後の世にう大航海時代。

 餓狼の如く飢えた西洋諸国が、世界中に侵略の魔の手を伸ばしていた時代。

 セネガル沖のカーボデルテ諸島の子午線しごせんを基準に、東側の新領土をポルトガル領。西側の新領土をスペイン領と定めた時代。

 即ちローマ教皇の仲裁により、スペイン帝国とポルトガル王国が世界を二分し、トルデシリャス条約とサラエゴ条約を締結した時代。

 他の黒人奴隷と同じように、モーストロもモザンビーク島でポルトガル人の奴隷商人に拐かされ、イタリアのローマまで連行された末、教皇庁直属の司教――シモーネ・ザザに買い取られた。

 当時のヨーロッパは『黒人奴隷を使役する事が、裕福な者の義務』であり、『子供の黒人奴隷を召し抱える事は、慈悲と博愛の証明』という独善的な価値観に支配されていた。それゆえ、教皇庁の司教も『自らの慈悲と博愛』を証明する為、ローマの奴隷市場で黒人奴隷を購入した。

 ザザは、子供の黒人奴隷に洗礼名を授けたが、誰も彼を洗礼名で呼ばなかった。

 司教の豪邸に連れて来られたばかりの頃、疾走する馬車に追いつくほどの俊足や重たい銅像を片手で持ち上げるほどの怪力を見せつけ、他の使用人から『怪物モーストロ』と呼ばれるようになった。

 馬鹿馬鹿しい話だ。

 物心ついた時から、彼には名前がなかった。

 彼の母親は、有力部族の族長の娘である。

 エチオピアの集落で平穏に暮らしていたが、ポルトガル人の軍隊に奇襲を受けた。征服者に抵抗した男達は全滅。女子供は生け捕りにされた。族長の娘も兵士に捕らえられ、慰み者にされた挙句、父親が誰とも分からない子供を妊娠した。

 誇り高い族長の娘は、黒人と白人の混血児を出産した後、自分の子供に名前をつけないで自殺した。

 牢屋の中で生まれた赤子は、獣の如く四つん這いで這い回り、母親の屍から乳を飲もうとしたという。四歳の時に奴隷用の宿舎から脱走。密林の中で生き延びる術を身につけ、毒蛇に咬まれても平気だった。八歳の時、舟を盗んでモザンビーク島を襲撃し、白人から家畜や食料を強奪した。

 彼はモザンビーク島の人々から『獰猛な虎ティーグレ』と恐れられたが、狡猾な奴隷商人の罠に嵌められて捕縛。背中に奴隷の烙印を押された。

 当時のヨーロッパは、白人至上主義が蔓延していた。

 僅かでも黒人の血を引く者は、例外なく『黒人ネグロ』として扱われる。傲慢な白人が、怪物と呼ぼうが猛虎と呼ぼうが、彼は全く気にしなかった。

 それに思いの外、奴隷の仕事も楽だった。

 モーストロの役目は、主人に付き従うだけだ。外出する主人に付き従い、軽い手荷物や外套を持ち運ぶだけ。

 これもヨーロッパの富裕層が抱く『子供の黒人奴隷に過酷な労働をさせない』という規範を尊重しているだけで、ザザが奴隷に優しいというわけではなかった。

 実際、大人の黒人奴隷は、当たり前のように重労働を課せられた。

 モーストロより年上の黒人奴隷は、過酷な労働に耐えきれずに死んだ。『仕事が遅い』と言い掛かりをつけられ、乗馬用の鞭で叩き殺された奴隷もいる。

 奴隷は主人の所有物。

 家具や家畜と変わらない。

 黒人奴隷を過労死するまで働かせようが、憂さ晴らしに嬲り殺そうが、主人が罰せられる事はない。

 ザザの豪邸に連れて来られたばかりの頃、「馬車で出発した主人に手紙を届けろ」とか「重たい銅像を屋敷の中に運べ」と命令したのは、ザザの使用人達である。新参者の黒人奴隷に嫌がらせをしていたのだ。

 他の黒人奴隷と同様に、モーストロも己の境遇を嘆いたが、不満を訴えた処で何も変わらない。彼の知る世界とは、白い肌を持つ人が黒い肌を持つ人を支配する地獄だ。社会的な強者と弱者が肌の色で区別され、黒い肌を持つ人は白い肌を持つ人に従うしかない。

 主人の八つ当たりで殺された黒人奴隷の死体を見ながら、モーストロも『俺も大人になれば、ザザに殺されるんだろうな』と諦観を抱いていた。

 モーストロの楽しみは、主人の仕事を見学するくらいだ。

 教皇庁がザザに与えた使命は、異端者や悪魔崇拝者の撲滅。神の教えに背く者や悪魔に従う者を捕らえ、苛烈な拷問を加えて自白させた後、市内の広場で火刑に処す。

 教皇庁に異端審問官という役職はないが、ザザは異端審問所の支配者と言うべき存在だった。ザザの権限で兵を動かし、異端者や悪魔崇拝者の拘束・尋問・裁判・刑の執行まで全てを取り仕切る。

 強い信仰心を持つザザは、神の敵と戦う事に誇りを抱き、悪魔崇拝の嫌疑で拘束した者を容赦なく処刑した。裕福な商人も貧しい物乞いも町一番の美女も例外ではない。性別や年齢、身分の上下を問わず、「あの銀行家は、地動説を唱える異端者だ」とか「あの浮浪者は、偶像を崇拝する悪魔崇拝者だ」という噂を聞いただけで、容疑者を異端審問所に連行し、家財を没収して処刑する。

 とても正気の沙汰とは思えないが、十六世紀のヨーロッパでは当たり前の事だった。

 魔女は、悪魔に魂を汚染されている。

 悪魔崇拝者の魂は、神でさえ救済する事はできない。必ず最後の審判で地獄に堕とされる。ゆえに『相手が神の敵なら、何をしても許される』という発想が定着し、『悪評を立てられる者は、悪魔崇拝者に違いない』という異常な偏見が罷り通るようになった。

 奴隷のモーストロが、容疑者の拘束や拷問を手伝う事はない。

 然しザザが、被疑者に苛烈な拷問を加える様子は、本当に面白い見世物だった。子供のモーストロが見ても、無関係としか思えない被疑者を痛めつけ、無理矢理「私は悪魔崇拝者です」と言わせた後、異端審問所で弁護人なしの裁判を強行し、広場で死刑囚を火炙りにする。

 火刑が執行される直前、死刑囚が冤罪を主張しても、広場に集まる観衆は聞く耳を持たない。悪魔崇拝者の濡れ衣を着せられた者は、異端審問所に連行された時から、『人間の資格』を失うのだ。

 黒人を差別する白人が、同じ白人から『人間の資格』を奪い取り、苛烈な拷問を加えて殺すのだ。黒人のモーストロが「愚かな白人の茶番劇」と思うのも無理からぬ事だろう。多少なりとも、モーストロの憂さも晴れる。

 尤も魔女狩りが過熱した処で、社会の秩序が揺らぐわけでもない。

 ザザに買い取られてから、三年の月日が過ぎた。

 いつものように教皇庁の執務室で控えていると、教皇と謁見を終えたザザが、急に「黄金島ジパングに行くぞ」と言い出した。

 事の起こりは五日前に遡る。

 イエズス会の修道士が『鹿児島のベルナルド』という日本人をポルトガルのコインブラ大学に招聘しょうへい。神学や語学を教え込むと、イタリアでローマ教皇――パウロス四世と謁見させたのである。

 ベルナルドは洗礼名だ。

 本名は誰も知らない。

 鹿児島に住んでいた頃、Waco(倭寇)という貿易商を営んでいたが、イエズス会の宣教師――コスメ・デ・トーレスと出会い、カソリックに受洗した。彼は知的好奇心の強い男で、ヨーロッパの学問を修める為に来たという。

 然し日本人の留学生が珍しいとはいえ、社会的な地位を持たないアジア人が、教皇と謁見の機会を得るなど、ヨーロッパの宗教史をひもといも前代未聞。何故、日本人のベルナルドが教皇と謁見できたのだろうか?

 ベルナルドはイエズス会の宣教師を通じて、教皇庁に莫大な財産を寄進していた。彼が教皇庁に寄進したのは、およそ十トンの銀と二千個の真珠。教皇庁の御用商人が鑑定した結果、金貨十万枚に相当する。

 金貨を千枚も用意すれば、ローマ市内に豪邸を建てられた時代である。ベルナルドの寄進に、教皇庁の聖職者達も色めき立った。「金儲けや高利貸しは、聖書の教えに反する」と説教しておきながら、教皇も枢機卿も銀行家に資産を預けて、資産運用で大儲けしていたからだ。

 莫大な財宝をローマに持ち込んだ日本人は、「些少なりとも教皇庁の御役に立ちたいと愚考し、復興費用の足しになればと、寸志すんしを用意させて頂きました。恥ずかしながら苦しい懐事情の為、文字通りの寸志となりましたが、御笑納頂ければ幸いです」と言いながら微笑む。

 西暦一五二七年、ローマ劫掠ごうりゃくという大惨事が起きた。

 神聖ローマ帝国皇帝兼スペイン国王――カール五世の軍勢がイタリアを侵略し、教皇領のローマ市内で殺戮と破壊と略奪に明け暮れた。

 それから二十八年の月日が流れても、教皇領復興の目処が立たない。教皇庁は復興資金を調達する為、異端審問所で市民に冤罪を被せ、家財を没収していたくらいである。ベルナルドの寄進があれば、確実にローマの復興も進む。

 欲に目が眩んだ教皇庁は、ローマ教皇と日本人留学生の対面を実現させた。

 そして欧州諸国の大学で学べるように、ベルナルドに推薦状を渡した。清々しいほど分かりやすい裏口入学の許可証である。

 必要な物を手に入れたベルナルドは、イタリアの名門大学を渡り歩き、数学や化学や建築学を修得する。

 学問の話だけではない。

 ベルナルドは教皇と謁見した際、衝撃的な発言をしていた。


「フラスコ・ザビエルなら日本に来てますよ。面識はありませんが、ヨーロッパに向かう途中で行き違いになりました」


 彼の何気ない発言で、教皇庁に激震が走った。

 フラスコ・ザビエルと言えば、ヨーロッパを恐怖のどん底に叩き落とした悪魔崇拝者である。高名な錬金術師という触れ込みで権力者に近づき、各国の指導者に危機感を煽り、ヨーロッパを戦争に駆り立てる愉快犯。

 悪評も枚挙に暇がない。

 ドイツで農民戦争が起きたのも、ザビエルが農民を扇動したから。神聖ローマ帝国が教皇領に攻め込んできたのも、ザビエルが皇帝をそそのかしたから。イングランド国王が教皇庁と離別したのも、ザビエルがヘンリー八世に讒言ざんげんしたから。

 噂が事実とするなら、教皇庁の最大の敵だ。

 教皇庁に指名手配を受けると、ザビエルはヨーロッパから姿を消した。

 エヌバ・エスパーニャに逃げたとか。オスマン帝国に逃げたとか。モザンビークに逃げたとか。様々な憶測が流れたが、ザビエルの行方を知る者はいなかった。

 然しベルナルドが情報を提供してくれたお陰で、ザビエル捜索の手筈が整った。教皇庁の威信に懸けて、ヨーロッパを混乱の坩堝に陥れた悪魔崇拝者を拘束。イタリアまで連れ帰り、広場で火刑に処さなければならない。

 しかもザビエルは、黄金島に潜伏しているという。

 マルコ・ポーロの『東方見聞録(世界の起源)』が世に出てから、黄金島の存在がヨーロッパで注目されるようになった。

 この書物は、西暦一一九八年にマルコ・ポーロがジェノヴァで捕らえられた際、同じ囚人のルスチケロがマルコ・ポーロの見聞を執筆したものである。日本人に関する記事は、奇抜な内容が多い。日本人は色白で裕福な偶像崇拝者であるとか。人肉を食する習慣があるとか。莫大な量の黄金を産出する事も特筆している。

 宮殿の屋根は、全て純金でいている。指二本分の厚さの純金を床に敷き詰めている。金や銀や真珠の他にも、多くの財宝を産出するという。

 中世のヨーロッパ人からすれば、にわかに信じ難い話である。当時の人々は、マルコ・ポーロの法螺話と決めつけていた。

 然し時代が下り、ヨーロッパ全土に写本が出回ると、東方見聞録の内容を信じ込む者も出始めた。特に大航海時代を生きる冒険家は、アジアに関する貴重な資料として重宝し、クリストファー・コロンブスも持ち歩いていたほどだ。

 マルコ・ポーロの話が、真実かどうか定かではない。

 ただ『鹿児島のベルナルド』のローマ訪問は、教皇庁に『日本という島国には、莫大な財宝を持つ王侯貴族が、無数に存在する』という事実を知らしめた。

 教皇庁は、即座に枢機卿会議を開いて、四つの方針を決定した。


 ①日本に外交使節を派遣し、ローマと国交を結ぶ事。

 ②日本に潜伏するザビエルを拘束して、ローマに移送する事。

 ③日本国王を説得し、日本をキリスト教国に変える事。

 ④教皇庁御用達の商人を遣わし、日本と貿易協定を結ぶ事。


 ①と②は、教皇庁の表向きの方針である。

 教皇庁が重視したのは、③と④を達成する事だ。日本がキリスト教国になれば、教皇庁に多額の寄進を納めてくれる。加えて日本と貿易協定を結ぶ事で、ポルトガルやスペインを出し抜き、日本の金や銀を独占するという寸法だ。

 そして外交使節団の特使に、シモーネ・ザザが選ばれた。

 他にも適任者はいそうなものだが、候補者の大半が辞退した。世界の果てまで行かなければならないうえに、外交特使の責任は重大。結果的に複数の候補者が辞退し、ザザが繰り上げで選ばれた。

 神の敵の捕縛という使命を与えられたザザは、己の献身が教皇や枢機卿に認められたと信じ込み、外交特使の任務を引き受けた。

 勿論、教皇庁も他の使命を疎かにされないように、ザザを補佐する司祭や兵士や御用商人を付き従わせた。加えて教皇庁が所有する軍艦の使用を決定。大砲を四門も積み込んだ大型船ガレオンで、熟練の航海士や船乗りも集めている。

 教皇庁からは、ザザと三名の司祭。ザザに近いローマの兵士が五十名。教皇庁の御用商人と会計士が二十名。イエズス会からは、ポルトガル人とイタリア人の宣教師が六名。ポルトガル人の航海士や船乗り。使用人や奴隷を含めると、二百名を超えていた。

 使節団の中には、モーストロも含まれていた。

 主人が「黄金島に行くぞ」と言えば、黒人奴隷に拒否権はない。白人に殺されたくなければ、唯々諾々と従うしかない。

 アジアに向かう船旅は、意外に平穏だった。強風や高波に襲われる事もなく、使節団の船は順調に進んでいった。

 然しマラッカで思わぬトラブルが起きた。

 西暦一五五〇年、初めて平戸にポルトガル人の貿易船が寄港した際、上川島サンシアンを経由しており、マラッカから日本行きの海路を開拓している。

 だが、東シナ海は海賊の縄張り。

 マラッカの仲介人に通行料を払わなければ、上川島サンシアンに向かう事はできない。

 倭寇が東シナ海で密貿易を牛耳る海賊だと知らされたザザは、通行料の支払いを拒絶した。教皇庁の使節団が海賊に通行料を払うなど、ザザには許し難い事だ。加えて『鹿児島のベルナルド』が海賊だと隠していたイエズス会も信用できなくなった。

 イエズス会の宣教師は、ザザに通行料を払うように説得したが、ザザは聞く耳を持たない。逆に「海賊など蹴散らせばよいではないか。何の為に大砲を装備しているのだ。教皇庁が所有する軍艦が、海賊なんぞに負けるものか」と豪語した。

 外交使節の最高責任者は、シモーネ・ザザだ。

 結局、ザザが我意を押し通し、倭寇に通行料を払わず、マラッカを出航した。

 その結果、大小二百を越える海賊船が、使節団の軍艦を海上で取り囲んだ。

 倭寇の総勢は五千名余り。

 大陸側の資料によれば、新暦一五五五年――五万から六万の倭寇が、千余艘の大艦隊を率いて明国に攻め込み、大陸の沿岸部を荒し尽くしたという。

 つまり倭寇からすれば、五千程度の軍勢は少ないのだ。それでも軍艦一隻を拿捕するだけなら、十分過ぎるほどの戦力である。

 倭刀と鉄砲を装備した海賊が、わらわらと軍艦に乗り込んでくるが、使節団に抗う術はなかった。


「我々を教皇庁の外交使節と知っての事か!」

「ザザ司教……此処は俺達の縄張りだ。教皇庁の外交使節だろうが、明の皇帝の使節だろうが、俺達に断りもなく通すわけにはいかねえ」


 倭寇の頭目らしき男が、通訳を通してザザを煽る。


「通行料なら払う! 我々を解放しろ!」

「そういう話は、マラッカで俺の仲間にしておくべきだったな。取り敢えず、武装を解除して貰おうか。それと金になりそうな物は、全て此方に渡して貰おう。勿論、この軍艦も俺達が貰うぜ」

「ひえ――」


 喉元に倭刀を突きつけられて、ザザが情けない悲鳴を上げた。


「あんたら、日本に行きたいんだって? いいぜ……連れていってやるよ。ただし、平戸は無理だ。俺達の拠点で我慢してくれ」

「ひいいいい――」


 倭寇に身柄を拘束された使節団は、彼らの拠点である五島に移送された。

 ザザと五十名の兵士は、五島の中で最も広い福江島に移送され、洞窟を利用した牢獄に閉じ込められた。


「我々を解放しろ! 身代金なら教皇庁が用意する!」

「教皇庁? 遠すぎて話にならねえよ」


 ザザが牢獄の中で咆えたが、倭寇の頭目はにべもない。


「ならば、イエズス会だ! トーレス司祭なら身代金を出してくれよう!」

「……その辺りが妥当かねえ」


 交渉相手を定めた後、倭寇の頭目は牢獄の前から立ち去った。

 それから十日ほど過ぎた後、再び倭寇の頭目がザザの前に現れた。今度は、通訳の他に河童を連れている。


「よお、司教様。御壮健かな?」

「――ふあッ!?」


 初めて河童を目撃したザザは、まともに返事ができなかった。

 人のように直立しているが、全身の肌は緑色。口は短いくちばし。手足には水掻き。亀のような甲羅を背負い、頭頂部に濡れた皿を乗せている。


悪魔ディアボロ……?」


 倭寇の頭目が連れてきた二匹の河童を見比べて、ザザは呆然と呟いた。


「初対面の妖怪を悪魔と呼んではいけないなあ。此方は、さる大名家に仕える河童でな。鈴木さんと根津ねづさんだ」

「鈴木でござる」

「根津でござる」


 御辞儀をする河童に、ザザは狼狽えるしかない。


「……私は夢を見ているのか?」

「河童と挨拶する夢とか、司教様も夢見がちだな。そんな事より、あんたらの今後について話したいんだがね」

「我々は解放されるのか?」

「どうも南蛮人は、せっかちでいけねえ。まあ……あんたらの望み通りにしてやったよ」

「おおっ――では、トーレス司祭が身代金を払ったのだな」

「いや、身代金を払ったのは、三好筑前様だ」

「Miyoxi(三好)……誰だ、それは?」

「おいおい……あんたら、教皇庁から送られてきた外交使節なんだろう? 日本で最大の権勢を誇る王侯貴族を知らねえとは、流石に勉強不足なんじゃねえか」

「トーレス司祭はどうした?」

「アレはダメだ。金払いが良くねえ。南蛮贔屓の大友氏とも交渉したが、二十万クルザードが精一杯ていうじゃねえか。もう一声欲しい処だよなあ」

「二十万クルザードでは、不足だというのか!?」


 クルザードでは、当時のポルトガルの通貨単位だ。

 四十四匁の金貨一枚が四十三クルザード。同じ重さの銀貨一枚が四・三クルザード。つまり二十万クルザードとは、四十四匁の金貨で四六五一枚。同じ重さの銀貨なら四万六五一一枚である。九州最大の戦国大名に相応しい器量だ。

 然し倭寇の頭目は、少しも満足していない。


「司教様よぉ……俺達は、日本に鉄鉱石や塩硝や生糸を輸入している。密貿易には違いねえが、それでも毎年五百万クルザードは稼いでるんだ。二十万クルザードなんて端金はしたがねじゃ満足できねえ」

「五百万クルザード!? ローマの税収より高いではないか!」


 ザザは唾を飛ばして怒鳴った。


「そうなのかい? 教皇庁とやらは、随分と貧乏なんだな」

「教皇庁を侮辱するか!」


 倭寇の頭目が、激昂するザザを嘲笑う。


「司教様……日本には、金持ち喧嘩せず――ていう諺がある。専ら『金持ちは、無駄な喧嘩はしない』という意味で使われる。然し現実の話じゃない。俺達は金持ちだが、無駄な喧嘩が大好きだ。日本の王侯貴族も同じさ。金持ちばかりだが、無駄な争いを好む。なぜなら『金持ち喧嘩せず』の本当の意味を理解しているからさ」

「……」

「金持ちは金持ちと商売するから、いつまでも金持ちでいられるのさ。だから金持ちと金持ちは喧嘩しない。他の金持ちをぶち殺しても、取引相手が減るだけだからな。つまり俺達は金持ちと商売をしながら、貧乏人と喧嘩しているのさ。貧乏人は、いつも金持ちに寄生する。明の地方官吏が良い例だ。役立たずの分際で、俺達(海賊)に賄賂を求めてきやがる。卑しい貧乏人は、国を売る事に抵抗を感じないのさ。豊後王ぶんごおうの爪の垢でも飲ませてやりたいぜ」

「……」

「それに比べて、今回の取引は気分が良い。貧乏な教皇庁に喧嘩を売り、日本一の金持ちと取引できたからな」

「教皇庁に喧嘩を売るだと? 海賊風情が、なんと畏れ多い事を――」

「ははははっ。司教様は、本当に運のつええ御方だ。教皇の親書を届けに来たんだろ? あんたの望み通り、日本国王に会えるかもしれないぜ。尤も外交使節ではなく、三好様の奴隷としてだが」

「この私が……日本人の奴隷?」

「そうだ。司教様も兵士共も日本人の奴隷だ」


 絶望するザザを尻目に、二匹の河童が進み出る。


「此方の河童は、三好様の御家来であらせられる。司教様の御主人様に仕える御方だ。くれぐれも粗相のないようにな」

「我々は教皇猊下の親書を携えた外交使節だぞ! それを知りながら、このような無礼が許されると思うか!」


 自尊心の強いザザは、懲りずに激昂した。


「十字軍だ! 十字軍を編制してやる! 教皇猊下が日本征伐の触れを出せば、ヨーロッパの軍勢が日本に押し寄せ――ひっ!」


 無言を貫いていた鈴木が、ザザの顔面に鉤爪を突きつけた。


「奴隷は主人の所有物。家具や家畜と同義」


 突然、河童が流暢なイタリア語を喋り出したので、ザザが目を剥いた。


「奴隷の扱いは、日ノ本も南蛮も変わらぬ。奴隷の生死など、主人の存念次第。奴隷が抵抗するならば、海に放り投げて構わぬと、我が主より申しつけられておる。死にたくなければ、慎重に振る舞う事だ」

「……分かった。貴殿の指示に従うから、我々を殺さないでくれ」


 悪魔としか思えない化物に従うなど業腹だが、この場で抵抗しても意味がない。もはや三好長慶に直談判するしか、状況を打開する手立てはないだろう。

 ザザの降伏を確認した後、ふと根津が倭寇の頭目を見遣る。


「処で……其方そなたに訊きたい事があるのだが」

「なんだ?」

「何故、異国の海賊が日ノ本を根城にしておる?」

「――は?」


 倭寇の頭目が怪訝そうに顔を歪めた刹那、


「キキキキ――ッ!!」

「ぱうっ!」


 緑色の右手が、倭寇の頭目の肛門を穿つ。

 根津が尻子玉を抜き取ると、倭寇の頭目が「ふにふに~」と力なく倒れた。尻子玉を抜かれた者は、全身の力が入らなくなり、一瞬ですたれとなるのだ。


「悪魔崇拝者風情が偉そうに……何が『金持ち喧嘩せず』だ。日本人女性をかどわかし、諸外国に売り飛ばすなど許し難し」


 根津は不快そうに見下ろし、腑抜けの如き倭寇の頭目を蹴飛ばす。


「悪魔崇拝者は、日ノ本に足を踏み入れるな」

「悪魔崇拝者は、誰も彼も残らず族滅すべし」


 二匹の河童が倭寇の頭目を罵倒すると、洞窟の中に数十匹の河童が乗り込んできた。


「鈴木殿、根津殿。他の海賊共も始末しました」

「よし。悪魔の穢れを清めた後、海賊共の首を刎ねよ。骸は打ち捨てで構わぬ」


 鈴木は部下の報告に満足し、ぐしゃりと尻子玉を握り潰した。


「偖も偖も……ザザ司教。我が主君――三好筑前が、貴殿に会いたがっておる。御同行願えるかな?」

「はいイイイイ――」


 ザザは恐怖におののき、青白い顔で首肯した。




 エヌバ・エスパーニャ……当時のメキシコ


 ポルトガル領ゴア……ポルトガル王国が支配するインド西部


 ポルトガル領マラッカ……ポルトガル王国が支配するマレー半島南部


 子午線……赤道に直角に交差するように、両極を結ぶ大円。南北線なんぼくせん南北圏なんぼくけんとも言う。同一経度の地点を結ぶ経線けいせんと一致する。子午線に対して直交するのが卯酉線ぼうゆうせんで、東西圏とも言う。これに対して同一緯度の地点を結ぶのが緯線いせんである。


 トルデシリャス条約……西暦一四九四年六月七日にスペイン帝国とポルトガル王国の間で結ばれた条約。当時、両国が盛んに船団を送り込んでいた「新世界」に於ける紛争を解決する為、教皇アレクサンデル六世の承認によって、ヨーロッパ以外の新領土の分割方式を取り決めた。本条約では、西アフリカのセネガル沖に浮かぶベルデ岬諸島の西370レグア(約2000km)の海上に於いて子午線に沿った線(西経46度37分)の東側の新領土がポルトガルに、西側がスペインに属する事が定められた。


 サラエゴ条約……西暦一五九二年四月二十二日にポルトガル王ジョアン三世と神聖ローマ皇帝カール五世の間でサラゴサにて締結された、スペイン帝国とポルトガル海上帝国の間の平和条約。条約はカスティーリャ(スペイン)とポルトガルのアジアに於ける勢力圏を分け、両国が同時に西暦一四九四年のトルデシリャス条約を根拠にモルッカ諸島の領有を主張した為に勃発した「モルッカ問題」を解決する試みとなった。紛争は西暦一五二〇年に両国の遠征隊が太平洋に到着した時から始まった。この時には、東方に於いて子午線はまだ定められていなかった。


 倭寇……後期倭寇。中国人主体の海賊で、現代風に言うならチャイニーズ・マフィア。日本人は、十人中二人もいなかった。


 上川島……中国広東省沿岸部の島


 倭刀……中国や朝鮮で製作された日本刀を模した刀


 五島……九州の五島列島。中通島なかどおりしま若松島わかまつじま奈留島なるじま久我島こがとう福江島ふくえじま


 四十四匁……約165g


 日本の王侯貴族……戦国大名


 豊後王……大友義鎮おおともよししげ(大友宗麟)


 廃れ……再起不能

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る