第5話 日常(三)
蛇孕村は
四方を
薙原家の屋敷は、猿頭山の麓。蛇孕神社は、蛇孕岳の中腹に位置する。本家屋敷から蛇孕神社へ向かう為には、蛇孕村を北から南へ縦断しなければならない。
まだ
奏は栗毛の
高さは
衆目を集めたくないので、大名行列の如く家来を引き連れない。
蛇孕村は隠れ里である。
奏の知る限り、馬喰峠の一本道の他に外界と通じる道はない。お陰で盗賊に襲われる懸念もないが、念の為に刀を帯びていた。
昨年、奏が元服した際、マリアから譲り受けた名刀。
高価な刀を手にした処で、急に強くなるわけでもないんだけど……
ぼんやりと考えながら、平穏な農村の景色を眺める。
梅雨が明けたばかりで、蒼天に太陽が輝いている。盆地の蛇孕村は、殊更湿気が籠もりやすい。夏場は熱気で蒸し返るほどだ。
木綿の手拭いで額の汗を拭おうとしたが、田圃で下人を使う百姓の親子に気づき、慌てて姿勢を正した。
「お前ら、頭下げえ!」
「はーっ!」
泥塗れの父親が叫ぶと、大勢の下人も平伏した。
「奏様……何度見ても素敵」
「本当に姫君のようね」
頭を下げながらも、母親と娘は興味津々だった。
しかも会話の内容が筒抜けである。
奏は聞こえないフリをした。
「無礼だぞ、お前ら! 静かにせい!」
「おっ
「なんじゃと!?」
「だから声が大きいのよ」
「おっ
平伏したまま、百姓の親子が言い争う。
仲裁に入ろうかと考えたが、奏は聞こえないフリを続けた。
薙原家は、蛇孕村に君臨する支配者。特に本家筋の者は、住民から畏敬の念を抱かれている。奏が仲裁に入り込んでも、余計に話を拗らせるだけだ。
それに奏は、蛇孕村でも特異な存在だった。
先代当主が存命の頃、奏は住民と接する機会すらなかった。然しマリアが薙原本家の家督を継ぐと、奏の周囲は一変した。
百姓は好奇心を持ちながらも、奏の姿を見れば
特に賄賂を受け取ると、後で何を言われるか分からない。奏は色々と理由をつけて、賄賂を受け取らないようにしてきた。雅楽や歌会の誘いも断り続けている。
然し
それでも奏は、薙原本家の当主――薙原マリアの許婚。
マリアが本家当主の座に就いて二年余り。そろそろ生活の変化にも慣れないと、マリアやおゆらに迷惑を掛けてしまう。
薙原家の伝承によれば――
蛇孕村は元々、
関東の権力者達に見捨てられ、最下級の身分に堕とされた者達。奈落の底に叩き落とされた者達は、集落の外に出る事も許されず、絶望と苦痛の末に死に絶えるしかなかった。
然れど一月の赤い満月の晩。
青い鱗を持つ蛇が現れて、疫病に苦しむ者達に告げた。
我は
多くの住民が困惑する中、一人の女が進み出た。村長の許婚だ。彼女は臆する事もなく、蒼い蛇を南の山に案内した。南の山に、清水が湧き出る洞窟があったのだ。
蒼い蛇も約束を守った。
夜が明ける頃には、集落に蔓延する疫病は跡形もなく消えていた。
無事に快癒した住民は、蒼い蛇を集落の守り神と称え、洞窟の前に神社を
その後、蛇孕村に疫病が蔓延する事はなかった。
これが蛇孕村縁起である。
御先祖様には申し訳ないが、奏は蛇孕縁起について懐疑的だ。
何せ律令の昔――
民間伝承の域を出ないというか、信憑性に乏しい話だ。大方、蛇孕村の支配に正当性を持たせる為、薙原家の先祖が昔話を都合良く改竄したのだろう。
その成果と言うべきか。今でも住民は荒唐無稽な神話を真に受け、薙原家を蛇神と同等に敬い、疑問も持たずに服従する。
戦国時代の集落の統治は、苛烈の一言に尽きる。
崇高な思想や慈悲深い政策を掲げても、領民は統治者を認めてくれない。
乱世に於いて理想的な統治者とは、最先端の経済政策や公共事業を行い、領民が飢えないように作物を増産し、尚且つ他の集落の侵略を防ぎ、集落の治安維持に腐心する者だ。
どれか一つでも欠いていれば、領民は謀叛という強引な手段で統治者を追放し、新たな統治者を生み出すか、
それが乱世の常であった。
反対に――
自然を利用した薙原家の集落統治は、八百年も順調に進んでいる。
統治するだけなら便利なんだろうけど……
奏は、その先を考えなかった。
先代当主が亡くなろうと、奏の役目は変わらない。有り体に言えば、奏は本家の血筋を守る為の道具だ。
薙原家は、極端な女系一族である。本家の直系に男子が産まれるなど、八百年に
然し奏は、秩序を乱すつもりはない。
数百人規模の集落で権力争いなど、馬鹿馬鹿しい限りだ。評定の裁許に不満を持つ事もあるが、薙原家の権力争いに関与する気はない。
現在の薙原家は、本家と分家衆が評定で活動方針を決めている。
マリアや奏の代わりに、本家女中頭のおゆらが分家衆に本家の意向を伝える。マリアの信認を受けたおゆらは、本家の名代の如き存在だ。
位を持たない者が、政に口を挟むべきではない。人格はともかく、おゆらの才覚は奏も認めている。
わざわざ奏が、薙原家に混乱を齎す理由もない。
色々と考え事をしていたら、蛇孕神社に到着していた。
蛇孕神社に辿り着くまで、およそ小半刻という処か。
立派な鳥居の前で、二人の巫女に出迎えられた。
黒い髪を腰の辺りで切り揃え、白い面で顔を隠している。衣装も白衣と
「お待ちしておりました。
面越しで聴き取りにくいが、若い娘の声だった。
蛇孕神社には、男子禁制の仕来りがある。それゆえ、
幼い頃より文武に励んできた巫女衆は、薙原家に欠かせない者達だ。蛇孕神社で行う儀式を補佐し、蛇孕村の
古来より男子禁制の聖域だが、奏は例外扱いされてきた。
先代の
巫女の一人を馬に預けて、もう一人の先導に従い、大きな鳥居を潜った。
蛇孕岳の中腹まで石段が続く。
「はあ、はあ……きつい」
毎度の事ながら、呼吸が乱れて脚も止まる。
無言で前方を歩く巫女は、疲労の色を見せない。
相手は毎日、蛇孕神社の石段を登り降りしているのだ。体力に差がつくのも当然だが、奏にも男の意地がある。他人に情けない姿を見せたくない。
足軽は具足姿で槍を担ぎ、山道を十里も行軍した挙句、碌に休憩も与えられず、決死の覚悟で合戦に挑むのだ。今の奏の体力は、巫女衆や雑兵以下。農事に勤しむ百姓にすら遠く及ばない。
座学より鍛錬に重きを置きたいが、傅役や世話役は学問に励んで貰いたいようだ。特におゆらは、中二病や武芸者を軽んじている。マリアだけが唯一の例外であり、それ以外の中二病を認めようとしない。
無論、彼女なりに奏の行く末を案じているのだろう。
中二病を拗らせるという事は、命懸けで美意識を貫くという事だ。己の美意識と反する者を斬り伏せ、己の矜持を天下に示さなければならない。
金銭的に余裕があれば、誰でも
過保護な世話役が、奏を心配するのも当然だった。
おゆらの教育方針により、奏は
奏は乱れた呼吸を整えてから、巫女の後を追い掛ける。
ようやく神社の境内に辿り着いた。
砂利が敷き詰められた参道の先に、大きな拝殿が佇んでいた。
荘厳な拝殿は、
血縁者以外の参拝を認めていない為、拝殿の前に
先導役の巫女が、拝殿の前で弓手に曲がる。
奏が拝殿の側面に回り込むと、別棟と白砂の庭が見えた。
急に巫女が立ち上がり、別棟の方に退いた。
奏の視線も別棟に吸い寄せられる。
別棟の縁側で端座する許婚を見つけた。
やはり非公式な謁見のようだ。
マリアは普段の巫女装束ではなく、二人を遮る
改めて見ても圧倒されるほど、
上向いた眉と繊細な鼻梁。鮮やかな顎の輪郭。鴉の濡れ羽色の髪が、濡れ縁に広がる。白磁の肌を
本家女中衆や分家の年寄衆が、当代の
本家の娘が一人しかいない場合は、
蛇神崇拝の依り代でありながら、薙原家を支配する惣領。
同じ本家の直系でも、奏とは身分が違う。
マリアは静かに前を向いて、両の瞼を閉じていた。
巷説、盲目の剣士と言われているが、彼女の視力に問題はない。
普段は視覚を封印しているという設定なのだ。
蛇神の転生者であるマリアは、視覚で他人の区別がつかない。異常に発達した聴覚や嗅覚で他人を認識する為、視覚は不要と言い切る。
これもマリア曰く――
なんとなく「働いたら負け」と同義語に思えるが、マリアは対義語と断言する。天才は凡俗と違い、勝ち方にも拘らなければならない。立ち塞がる敵に圧倒的な実力差を見せつけて当然。寧ろ真の力を隠し通し、最終局面で俺TUEEEEを演じてこそ
奏には理解しかねるが、似たような人物の話なら聞いた事がある。
陰流を興した
おそらくマリアも
中二病の中でも、特に邪鬼眼と呼ばれる者達。
己の生き方に過酷な制約を課して、超常現象を体験する事により、神仏から魔法の力を授けられた者達だ。
邪鬼眼だと思えば、許婚の突飛な行動も納得できる。
実際、マリアは視力に頼らなくても、日常生活に支障を来していない。歩行に杖すら必要としていないのだ。それだけで十分に凄い。
それにマリアは、大凡の者と瞳の色が異なる。
許婚の身体的な特徴に関わる事なので、奏もしつこく尋ねようとしなかった。
奏は前方に歩み出ると、神妙な面持ちで
「薙原奏、お呼びにより参上仕りました」
「――」
奏が僅かに視線を上げると、マリアの両側に竹筒と書物が置かれていた。許婚の美しさに見惚れて気づかなかった。
おそらく竹筒は、奏の為に用意された飲み物であろう。
然し書物が何か分からない。
奏の位置からは、背表紙しか見えない。
マリアは流麗な所作で、ゆらりと左手を挙げた。
祭主の指示を受けて、先導役の巫女が元来た道を戻る。
許嫁同士、二人きりとなった。
途端に張り詰めた空気が緩む。
「
マリアが弓手を指差す。
巫女が消えた事を確認した後、奏はマリアの左隣に座った。
「これ……いつもの不思議な飲み物だよね? 飲んでいい?」
喉の渇きに耐えきれず、奏は竹筒を掲げた。
「どうぞ」
「ありがとう」
独特な甘さがあり、普通の水より飲みやすい。
蛇孕神社から湧き出る水は、微量ながらも塩分を含んでいる為、舶来の砂糖を混ぜて飲みやすくしている。
水分と塩分と糖分を補給した奏は、大きく息を吐いた。
「……ふう。それで今日はどうしたの? やっぱり神楽の稽古?」
奏は気さくな態度で尋ねた。
「今更、神楽の稽古がしたいの? 今年も去年と同様、狒々祭りの前日に下稽古を行う予定よ」
「いや、去年の下稽古なんて、二人で音合わせしただけじゃないか。神楽も儀式の一貫なんだからさ。もう少し稽古しておいた方がいいよ」
「狒々祭りの神楽は、一月の転生祭ほど重視されていないわ。所詮は宴の余興。真剣に取り組む理由も見当たらない。それに今の奏は、疲労の
マリアの言葉は
「……去年も同じ遣り取りをした気がする」
「奇遇ね。私も全く同じ事を考えていたわ。これも愛の成せる業かしら? ともあれ、どうしても稽古をしたいのであれば、巫女衆に用意させるけれど」
「もう少し休ませてください」
疲労困憊の奏は、
己の体力の無さが恨めしい。
「じゃあ僕、なんで呼ばれたの?」
再び尋ねると、マリアは無言で書物を指差した。
奏は覗き込むような視線で、珍妙な書物を見下ろす。
「――ッ!?」
思わず瞠目するほど、綺麗な装丁の書物だった。
書物の表紙に、奇怪な鎧武者が描かれている。
「ま……
「そうよ」
「おおおおッ!!」
奏は濡れ縁から立ち上がり、雄叫びのような喚声を発した。
「凄い! うまく言葉にできないけど……とにかく凄い!
「奏に喜んで貰えて嬉しいわ。
興奮する奏を尻目に、マリアが抑揚を欠いた声音で説明した。
元々
それまで子供向けの大和絵を捨て値で売り、
精密な筆遣いや繊細な心理描写。
奇天烈な修行や緊迫する戦闘描写。
無名の絵師達が執筆した
特に『努力・友情・勝利』という題材は、戦国時代の機運に即しており、多くの若者が主人公の活躍に胸を躍らせた。
然し
「まさか
奏は濡れ縁に座り直し、呆れた様子で言い放つ。
「
「ごめん……僕が釣られた」
「奏はいいの。可愛いから。それで、ええと……なんと言ったかしら?
「いいの!?」
許嫁の発言に驚いて、奏は頓狂な声を発した。
「それ……篠塚家が、マリア姉に献上する為に、苦労して手に入れたんじゃないの?」
篠塚家は、薙原家の中で商業を取り仕切る分家筋だ。京都や大坂に
「分家の苦労なんかどうでもいいわ。それに奏が読んでくれないと、何の為に召喚したのか分からなくなるわ」
「篠塚家が可哀想……ていうか、火急の用ってこれ?」
「早いに越した事はないでしょう」
「そうかもしれないけど……それなら事前に伝えておいてよ」
「想い人への贈り物を事前に明かす者はいない」
「巫女さんに届けて貰えば――」
「想い人への贈り物を他人に任せる者もいない」
「じゃあ、自分で御屋敷に届ければ――前言撤回! 今のなし!」
「何を狼狽えているの? まるで私が屋敷まで届けられないような口振りね」
「まさか! 誰もマリア姉が方向音痴だなんて言ってないよ! あ……」
朴訥な奏は、不用意に口を滑らせてしまった。
「私が方向音痴……有り得ない。断じて有り得ないわ。『税は財源』と大差のない妄言よ。私は過去に二一三度も奏の庵を目指し、九十七度も奏の庵に到着している。打率で喩えるなら、四割五分五厘。ヒュー・ダフィーを超えるレジェンド。果たして私ほどの逸材が、方向音痴と言えるかしら?」
「言えない言えない。断じて言えない」
冷たい怒気に気圧されて、奏は何度も首肯した。
蛇孕神社を飛び出し、奏の庵に向かおうとして行方不明……を何度も繰り返し、薙原家が捜索隊を派遣した事もある。それで『目的地に到着した確率が高いから、私は方向音痴ではない』と強弁されても、説得力の欠片もない。
「ゆえに私が方向音痴など有り得ない。次からは気をつけなさい」
「はい……気をつけます」
なんで僕、怒られてるんだろう?
不可解な状況に疑問を抱きながらも、奏は沈んだ声で謝罪した。
当代の
「気落ちする奏も愛らしい。さあ、
「
「私の喜びは、奏に喜んで貰う事よ」
冷然と呟きながら、
「うわあああ! 普通に渡してよ!」
奏は、慌てて
表紙に砂がついただけで、心臓が止まりそうになる。
「本当に僕が読んでいいの? おゆらさんから
「まだおゆらの言いつけを守り続けていたの? 子供でもあるまいし。私が許可するわ。安心して読みなさい」
いとも容易く本家当主の許しを得てしまった。
本当は庵に持ち帰り、のんびりと一人で読みたいが、我が儘を言える立場ではない。それより『チェーンソーサムライ』に集中しよう。
枕草紙や徒然草は何度も読んだが、
期待と不安を抱きながら、砂糖入りの塩水を飲みつつ、表紙を
「発情しているの?」
「ぶううううッ!!」
奏は砂糖入りの塩水を噴き出した。
咄嗟に
「平気?」
「平気だけど……僕も
マリアは表情を変えず、左手の人差し指を立てた。
「肉体的な負荷より精神的な負荷の方が大きい」
「……もう少し詳しく説明してください」
「発汗や心臓の鼓動から、奏の疲労は推し量れる。まだ体力が回復していないのね。ただ脳内の微弱な稲妻が、
「脳内の微弱な稲妻? 何それ?」
「奏は思考や欲望を行動に移す時、脳内の微弱な稲妻が
「へえ……」
ぽかんと口を開き、摩訶不思議な説明を聞き入る。
「でも肉体的な負荷と関係なく、微弱な稲妻が奏の脳内で奇妙な反応を示している。扁桃体は感情の増幅装置。前頭前野は感情の制御装置。今の奏は、扁桃体が発する感情を前頭前野で抑え込んでいる状態なの。それも無自覚に――」
「……言いたい事はなんとなく分かるけど。分かる自分が怖いけど。脳内の微弱な稲妻なんて認識できるの?」
「肌で認識する」
「肌感覚か……」
奏は遠くを見つめながら言った。
与太話と切り捨てたいが、
「時々、金属に触れると、痛みを感じる事があるでしょう?」
「たまにあるね。突然、ビリッとするヤツ」
「それも微弱な稲妻が原因よ。
「凄いなあ。マリア姉はなんでも分かるんだね」
「分からない事の方が少ないわ。そして奏に精神的な負荷を齎す感情は何か? 喜怒哀楽を引き起こすホルモンの分泌量は、普段と比べても誤差の範囲内。恐怖は有り得ない。私が側にいるのだから。他に考えられるのは、性的興奮の抑圧」
「……は?」
「おゆらから聞いたわ。奏くらいの年頃の男性なら、常に性欲を持て余していると。でも鎧武者のイラストで興奮するというのは、流石の私も少し引くわ。奏を健全な道に戻す為にも、夜伽の相手を務めてあげたい処だけれど、祝言を挙げるまで交わる事はできない。おゆら一人で満足できないなら、他の女中でも巫女でも構わないわ。好きなだけ
「はい、飛んだ――ッ!!」
奏は膝を叩いて叫んだ。
「どうしたの?」
マリアは真顔で問いかけてくる。
夜伽とか陵辱とか淡々と言わないで――ッ!!
危うく心中を吐露しかけたが、なんとか喉の奥で堪える。
またもや変態女中が、許婚に余計な知識を吹き込んでいた。
「論理が飛躍してるよね! 僕は鎧武者に欲情したりしないし! おゆらさんと変な関係じゃないから!」
「別に隠す必要はないわ。英雄は色を好むもの。優柔不断は殿方の美徳よ」
「それは美徳と言わない! 僕はマリア姉一筋です!」
奏は顔を赤らめながらも、堂々と自分の気持ちを告白する。
偽りのない本心であるが、羞恥のあまり「はう……」と俯いた。自然と頬が紅潮し、頭から湯気が出そうだ。
羞恥心で縮こまる奏に、
「勿論、奏の気持ちは理解しているわ」
マリアは冷静に応じた。
「奏ふうに言うなら、『ラブコメハーレムの主人公は大変ですね。勝ち組乙』という処かしら」
「僕はそんな事言わないし。全く理解し合えてない事を理解できたよ……」
やはり天才と凡人では、発想の次元が違う。
「性的な興奮が原因でないなら、他に考えられる事は悩み事ね」
「別に悩み事なんかないよ。初めて
「苦難を分かち合うのも許婚の
「マリア姉、基本的に僕の話、聞く気ないよね……」
疲れ果てた様子で溜息をつきながら、言われるままに考え込む。
許婚の言葉を信じるなら、自分でも意識できない悩みである。自分でも意識できない悩みを如何に意識すればよいのか。
まるで禅問答のようだ。
つまり深く考えないという事か。
考えない。
頭の中を空にする。
あ……そっか。
常盤を怒らせたばかりじゃないか。
「ええと、悩みと言うほど深刻でもないんだけど……」
奏は頬を掻きながら、今朝の出来事を打ち明けた。
常盤に嫌われた事や朝餉の時の遣り取り。当然、おゆらが全裸で褥に潜り込んできた事は伏せておく。
「常盤も少しずつ明るさを取り戻してきたと思うんだ。でも最近、妙に張り詰めてるというか、距離を置かれてるというか……常盤の気持ちが分からないんだ。どうすれば仲良くできるのか。今朝から考えてるんだけど、なかなか妙案も思い浮かばなくて……」
「今すぐ屋敷に戻り、常盤と和睦しなさい」
「今すぐ!? これから
「
「はあ……」
「
「……」
「奏が和睦を望むのであれば、常盤も素直に応じるでしょう。早く屋敷に戻りなさい」
マリアの話は分かりにくいが――
都合良く解釈するなら、善は急げという事か。
この場に
其の
「分かった。マリア姉の言う通りにするよ」
「御武運を――」
許婚らしい別れの言葉に苦笑し、奏は濡れ縁から立ち上がる。
小競り合いで決裂した同盟国と和議を結び直し、強固な信頼関係を再構築する事で、近隣諸国との均衡を保つ。
これも合戦のうちである。
巳の刻……午前十時
駿馬……足の速い優れた馬
六寸……戦国時代の軍馬は、四尺(約1.2m)を最低限の大きさに規定しており、それより
常足……時速5㎞
速足……時速12㎞
鮫革……実際には、刀の柄にエイの革を使用した。昔の日本人は、鮫とエイの区別がつかなかった。
地透鍔……図柄を残した鍔
下人……家庭内隷属民
先代の本家当主……
律令の昔……平安時代
坂上田村麻呂……平安時代の武官。征夷大将軍。
小半刻……三十分
具足……兜(陣笠)・胴・袖の事
検断人……警察官・裁判官の職に就く者
先代の
瓶覗色……白に近い薄い藍色
濡れ縁……敷居の外側に設けられた縁側
有徳人……資産家
チェーンソーサムライ……強い
税は財源……妄言というかデマ。政府が誕生する前に、税は存在しない。国家が誕生する前に、税は存在しない。人類が誕生する前に、税は存在しない。生物が誕生する前に、税は存在しない。地球が誕生する前に、税は存在しない。宇宙が誕生する前に、税は存在しない。以下略。日本の場合、政府が新規貨幣を発行するので、やはり税は政府の財源ではない。
ヒュー・ダフィー……十九世紀に活躍したアメリカ合衆国のプロ野球選手。メジャーリーグに於ける史上三人目の三冠王となり、参考記録扱いながらシーズン打率.440を記録した。
雪舟……室町時代に活躍した水墨画家。現在、天橋立図や秋冬山水画は、日本の国宝に指定されている。
経脈……神経
使番……伝令
備……部隊
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