第2話 中二病の日本史


 中二病を知らずに、日本の歴史を語る事はできない。

 そもそも中二病とは何であろう。

 中二病の起源は、南北朝時代まで遡る。

 婆娑羅者ばさらもの

 身分や出自に囚われず、奇抜な衣装で身を飾り、自由奔放に振る舞う無法者。下克上を肯定する者達は、室町幕府を創設した足利尊氏あしかがたかうじからも危険視され、婆娑羅禁止令が出されたほどである。

 室町幕府から弾圧された婆娑羅者が、本格的に中二病を拗らせたのは、婆娑羅禁止令の公布から二百年後。天文てんぶん二十一年の事だ。

 島津半島の坊津ぼうのつに上陸した南蛮人の宣教師――フラスコ・ザビエルが上洛を果たし、征夷大将軍に謁見を求めたのだ。

 当時、将軍は京都を離れていた。

 江口えぐち合戦で勝利を収めた三好みよし長慶ながよしが、足利親子を京都から追放し、室町幕府の実権を掌握していた。長慶は武勇に秀でていたが、連歌や茶の湯を嗜む文化人という側面も持ち、興味本位でザビエルを屋敷に招いた。

 その場に同席を許された同朋衆どうほうしゅう――三阿弥みつあみは、長慶とザビエルの対面を日記に書き残している。


 筑前守ちくぜんのかみ様、腰を抜かす有様――


 ザビエルが献上した品々は、将軍家を追放した長慶が狼狽えるほど、古今に例のない珍品ばかりだった。

 機械からくり仕掛けの時計や老人用の眼鏡。航海に必要な羅針盤コンパス天文観測儀アストロラープ測深錘ツルベ。葡萄酒や阿利襪オリーブ油。鵞鳥がちょうの羽ペンやインク壺。硝子の水差しや硝子玉。南蛮諸国の書籍や絵画。胡椒や唐辛子。異琵琶ギターラ加圧式鍵盤楽器オルガン塩硝えんしょう企鵝きが。虎。象。顕微鏡。オリハルコン。ミスリル。アマダンタイト。万物融解液アルカエイト

 さらにザビエルは、南蛮諸国で流行の音楽を演奏した。

 異琵琶ギターラを用いたレフトハンド奏法に、長慶や公家衆は茫然自失。三好邸の外まで鳴り響いた騒音は、京師けいしを混乱の坩堝るつぼに叩き込み、天変地異と思い込んだ地下人じげびとは逃げ惑い、足利家の奇襲と思い込んだ武士団が三好邸に集った。

 後の世に伴天連衝撃ザビエルショックである。

 ザビエルは謁見を終えると、忽然と京都から姿を消した。

 然しザビエルが残した珍品は、日本の文化人に多大な影響をもたらした。

 京都や奈良や堺の富裕層が、南蛮諸国の珍品を競い合うように買い集め、武家屋敷や寺社仏閣が渡来品で溢れた。蒐集家や知識人が数寄者オタクと呼ばれ始めたのも、伴天連衝撃ザビエルショックの直後と言われている。

 加えて南蛮文化の影響を受けた技術者が、見様見真似で異国の珍品を模倣し、渡来品に負けない名物を造り上げた。

 例えば――

 手先の器用な技術者が羽ペンを改良し、筆先の柔らかい万年筆を造る。万年筆を購入した絵師が、舶来の書籍や絵画に対向する為、旧来の絵本を新しい道具で描き直し、木版印刷の技術で大量に出版。これが富裕層の間で飛ぶように売れた。

 誰もが知る漫画マンガの誕生である。

 他にも板芝居アニメ遊戯箱ゲーム数寄人形フィギュアなど、戦国時代から安土桃山時代に掛けて発明された娯楽品は、両手の指では数え切れないほどだ。

 当初、数寄者オタク文化が生み出す娯楽品は、畿内の富裕層が独占していた。然し畿内は、応仁の乱より合戦が絶えず、多くの数寄者オタクが諸国に逃散。日本各地で数寄者オタク文化の普及に努めた。その結果、伴天連衝撃ザビエルショックから十年も掛からず、全国に数寄者オタク文化が根付いた。

 数寄者オタク文化の浸透に目をつけたのが、天下布武を掲げる戦国大名――織田信長だ。

 室町幕府を滅亡させ、畿内に新政権を樹立した信長は、数寄者オタク文化の発展に注力した。堺の会合衆えごうしゅうを支配下に置き、漫画マンガの原本や遊戯箱ゲーム遊戯板ソフトを高値で売り、領内の徳政を禁止。長慶が提唱した『租税貨幣論そぜいかへいろん』に基づいて、精選せいせん条々じょうじょや楽市や楽座を実行。通貨の安定供給や国内産業の保護に努め、高圧経済こうあつけいざいを成し遂げた。

 歴史に名を残す偉業と言えるが……中二病に話を戻そう。

 時代の変化に伴い、婆娑羅者と数寄者オタクが融合。所謂いわゆる『中二病』を拗らせた者が、戦国時代に激増した。

 然し中二病の語源は、未だに解き明かされていない。

 将軍に命を狙われた長慶が、室町御所に両手の中指を立てたという説。東大寺の大仏を焼き捨てた松永久秀まつながひさひでが、奈良の僧侶に両手の中指を立てたという説。信長が父親の葬儀の席で、位牌に抹香を投げつけた挙句、弔問客に両手の中指を立てたという説。

 他にも様々な学説が存在しており、根拠のない与太話を含めると、枚挙にいとまがない。

 諸説入り交じるも、中二病の本質は『先駆者パイオニア』である。

 戦国時代の地下人の生活を記した『繁殖期』には、中二病の言動が羅列されている。


「今川義元は俺の嫁!」

「武田信玄×高坂こうさか弾正だんじょう! ウッホ!」

「【朗報】竜宮城発見! 浦島太郎『玉手箱は開けねーよ』」

「【悲報】千利休せんのりきゅう切腹! 転売目的のお前ら、茶器の見分けがつかずにむせび泣く!」

「震えて眠れ」


 などと意味不明な供述をしており、先駆者パイオニアであるがゆえに、世間から冷たい目で見られていたのであろう。

 然し弱肉強食の戦国時代を牽引したのが、中二病である事も否定できない。

 本能寺の変で信長が横死した際、中国大返しを決行した羽柴はしば勢は、山崎合戦で明智あけち勢を撃破。織田信長の仇を討った。翌年には、柴田しばた勝家かついえ織田おだ信孝のぶたかを打ち破り、織田家の簒奪に成功。三年後には、朝廷より関白宣下を受け、豊臣の姓を与えられた。百姓の小倅が、天下人に上り詰めた。

 信長や光秀と親交を深めていた吉田兼見は、『月刊げっかん兼見かねみ』で「誠に中二臭く候」と冷ややかに評している。

 一方、秀吉に臣従したばかりの長宗我部ちょうそかべ元親もとちかは、大坂城で秀吉と謁見した際、「殿下の中二ぶりに感服仕り候」と発言しており、敬意の表れと受け取れる。

 幽玄オサレという概念も謎だ。

 一部の数寄者オタクと中二病にしか通じない概念で、戦国時代の武士道と相反する思想。或いは、江戸時代の武士道と大局の価値観と言われているが、未だに明確な答えが出ない。

 おそらく当時の人々は、中二病に畏怖と憧憬を抱いていたのではあるまいか。現代人には理解しかねるが、だからこそ興味深い題材である。

 さても偖も。

 冗長な前置きは、これで終わりを迎える。

 これから始まる物語は、度し難いほど中二臭い女達が、一人の少年を巡る殺し合い。

 その顛末である。




 天文二十一年……西暦一五五一年


 足利親子……第十二代将軍家の足利義晴あしかがよしはると第十三代将軍家の足利義輝あしかがよしてる


 同朋衆……将軍や大名に近侍して芸能、茶事、雑役を務めた法体ほったいの者。僧体で阿弥号を称した。


 筑前守……三好長慶の受領名じゅりょうめい


 塩硝……黒色火薬の原料


 企鵝……ケープペンギン


 象……インドゾウ


 虎……アムールトラ


 京師……首都。日本の京都。


 地下人……庶民


 応仁の乱……室町時代の応永おうえい元年に発生し、文明ぶんめい九年まで約十一年間も継続した内乱。室町幕府管領家の畠山氏はたけやま斯波しば氏の家督争いから、細川勝元ほそかわかつもと山名やまな宗全そうぜんの勢力争いに発展し、第八代将軍――足利義政あしかがよしまさ後嗣こうし争いも加わり、全国に争いが拡大した。戦国時代に移行した原因の一つ。


 応永元年……西暦一四六七年


 文明九年……西暦一四七八年


 会合衆……豪商連合


 徳政……債務返済の免除


 租税貨幣論……通貨の成り立ちや通貨の定義に関する学説の一つ。「通貨とは、政府の徴税の対象物である」という考え方。


 精選条々……通貨の兌換比率を定めた制度


 楽市……徳政や徴税の免除と引き替えに、特定の地域に富裕層(経営者)と貧困層(労働者)を招く政策。他の地域から有形無形の財産を奪う政策。


 楽座……座とは、平安時代から戦国時代まで続いた商工業者や芸能者による同業者組合の事。貴族や寺社に上納金を払う代わりに、営業や販売の独占権、関銭せきせん(通行税)の免除などが認められた。織田信長の楽座は、特定の地域の座から上納金を取らず、座に加入する者達を経済的に救済した。つまり信長は、座を解体していない。座の解体は、豊臣政権が済し崩し的に認めた政策である。


 高圧経済……租税貨幣論に基づいて経世済民けいせいさいみんを齎す経済政策。経世済民とは、中国の古典に登場する言葉で「世ををさめ、民をすくふ」の意。潜在的需要が供給を上回り、政府や民間の投資や消費を活性化させ、労働需給の高まりを受けて、労働者の賃金が上昇し続ける健全な社会。具体例は、高度経済成長期の日本。


 織田信孝……織田信長の三男

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