傾奇ナル中二病
さとうのら
序章
第1話 関ヶ原合戦
関ヶ原合戦は、すでに終わりを迎えていた。
血飛沫が舞い上がる。
「おるぶッ!」
首筋の太い血管を斬り裂かれた雑兵は、身体を痙攣させながら倒れた。
眼前に立ち塞がる敵を斃しても、女武芸者の動きは止まらない。次の標的を見定め、飛鳥の如き速さで疾走。雑兵が反応する前に、片手で
「あにぱだああああん!」
左肩を斬り裂いて、
雁金とは、肩甲骨の事だ。古くから
「この中二病め!」
「調子に乗るでねえぞ!」
「囲め囲め!」
「息を合わせえ!」
二人の敵を斬り斃す間に、四人の足軽に取り囲まれた。
鉄製の陣笠に、
四方から同時に攻め掛かれば、如何なる
持槍を構えた足軽が、女武芸者に向けて跳び掛かる。
同時に――
女武芸者は、五尺近くも跳び上がった。
迫り来る刺突を跳んで
「ありッ!?」
片手の
「をりッ!?」
二人目は、二枚胴を横一文字に斬った。
「はべりッ!?」
三人目は背面を斬り裂いた。
足軽が前方に倒れた直後、
唯一の生き残りが、眼を
間違いなく四人掛かりで取り囲んだ。粗末な持槍を一斉に繰り出し、女武芸者を串刺しにする
「来~い来い♪」
女武芸者が、足軽の生き残りを挑発した。
「う……うわああああッ!!」
追い詰められた足軽は、我武者羅に持槍を突き出した。
「酷い
女武芸者は、呆れながらも対応する。一之太刀で持槍の柄を斬り払い、二之太刀で頭部を斬り飛ばした。
「――ッ!?」
足軽は異変に気づいて、頭の上に両手を載せた。
陣笠がない。
頭巾がない。
頭皮がない。
大脳の大部分がない。
斬り飛ばされた陣笠と共に、足軽の
「いまそかり~」
足軽が力無く倒れると、大脳が地面に
「キエーッ!」
若い
余程剣術に自信があるのだろう。敢えて長柄の武具を使わずに、身に帯びた大刀を用いて挑んでくる。その覚悟は認めるが、木剣の稽古に慣れた者の動き。人の斬り方も真剣の速さも知らず、稽古で使う技を命の遣り取りに持ち込む。
心の中で嘆息しながら、徒武者に身体を向けた。
「トォーッ!」
徒武者は踏み込んで、大刀を振り下ろした。
ぶん――と異様な音が響いて。
全く防御の構えを取らない女武芸者に、強烈な打突が迫る。
刹那、女武芸者は摺り足で後退。
徒武者の大刀が虚しく空を切り、地面に深々と突き刺さる。
「げえッ!?」
徒武者が瞠目した。
渾身の一撃が空振りした挙句、切先が地面を斬り込んでいたからだ。加えて徒武者の所作を封じる為、女武芸者が大刀の
「ほれ」
大刀を
「もぎイイイイッ!!」
両腕の切断面を見下ろし、絶望の悲鳴を上げた。
返す刀で袈裟懸け一閃。
弓手の袖と横矧胴を斬り裂き、体内の脊柱と臓腑を切断する。刀身が右脇腹から抜け出ると、徒武者の上半身が斜めに裂けてズレ落ちた。
前方の視界が開けた途端、女武芸者が眉根を寄せた。
鋭い視線の先には、鉄砲を携えた足軽の姿。両者の間合いは、四間から五間。これほど間合いを広げられると、剣士に対抗する術はない。
ダ~ン!
夕暮れの山道に、銃声が響き渡る。
仕留めた。
会心の笑みを浮かべたが、
「――ッ!?」
鉄砲足軽の表情が一変する。
確かに弾丸は命中していた。
然し女武芸者の身体に――ではない。
鉄砲足軽が引き金を引く寸前、徒武者の上半身を鞠の如く蹴り上げ、
慌てて次弾を装填しようとするが、間に合う筈もない。女武芸者は
小刀は狙いを違わず、鉄砲足軽の胸に突き刺さった。
「わーわーわーわーッ!!」
足軽は鉄砲を投げ捨て、小刀を引き抜こうとするが、刀身が肉を咬んで抜けない。
無造作に女武芸者が歩み寄り、片手で小刀を引き抜いた。
「わんだぷううううッ!!」
傷口から鮮血が噴き出し、鉄砲足軽は仰向けに倒れた。
次の相手は、中二病を拗らせた巨漢だ。
白いヤクの毛で装飾された
「
中二病の巨漢が名乗ると、女武芸者が苦笑した。
「儂の首に値打ちなどないが……お主の首は
「
「肩書きなど不要。腕前は立ち合いで示せ」
女武芸者が応えると、樫井は腰を落とした。
「むうん!」
朱槍を中段に構えて、二度三度と槍の柄を前方の手で
予想以上に、槍を突いて引く動作が速い。
「
女武芸者が、樫井の手許を見ながら言う。
管槍とは、槍の柄に管を取りつけた武具だ。前方の手で管を握り、後方の手で槍を押し出す。前方の手で槍を握る必要がない為、通常の槍より素速く刺突を繰り出せる。
「
銅鑼声で咆えているが、他より少し速いだけの刺突だ。
女武芸者は
「ほてぶッ!」
女武芸者の美貌が、返り血で赤く染まった。
樫井が動きを止めると、他の者達も動きを止めた。
「樫井殿が負けた……?」
「
「怪物……」
尋常な一騎打ちで武辺者を討ち取られ、追撃隊の面々に動揺が広がる。
然し女武芸者は、樫井と絡み合う体勢で苛立ちを見せた。
樫井を一太刀で仕留めたのはよいが、大刀が胴体の半ばで止まり、深く食い込んで抜けない。
多くの兵が混乱する中、壮年の雑兵が異変に気づいた。女武芸者の背後に迫り、身動きが取れない事を確認した後、粗末な持槍を構える。
女武芸者も雑兵の存在に気づいていた。
「よっ」
大刀の峯に左手を添えると、屍を頭上に持ち上げた。
「がらあッ!」
上段鳥居の構えから大刀を振り下ろす。片手打ちの勢いで刀身が抜け、屍を地面に叩きつける。続けて持槍の刺突を躱し、雑兵の顎に大刀を突き上げた。
「ほてむッ!」
大刀の切先が、雑兵の頭頂部から飛び出した。刀身を引き抜くと、雑兵は鮮血を撒き散らし、どうと仰向けに倒れた。
女武芸者は――
ぴんと持ち手の人差し指を立てながら、大仰な所作で
「お主ら……もう退け」
場違いに艶やかな声が、屍だらけの山道に響き渡る。
夕暮時。
黄昏時。
逢魔ヶ時。
赤みを帯びた太陽が、
血臭に誘われた鴉の群れが、がつがつと屍を
屍の数は、軽く三十を超えていた。無惨に斬り裂かれた屍が、天満山の山道を埋め尽くしている。
追撃隊の生き残りは、足軽や雑兵を併せて二十名。女武芸者の実力を考えれば、寡兵と言わざるを得ない。
「折角の勝ち戦で死ぬ事もあるまい。退くのであれば、追いはせぬぞ」
長い茶色の髪を高く結い上げ、
「おのれ……
小川家の物頭――小川甚助は憤るも、明らかに声が震えていた。
他の兵も女武芸者に気圧されている。
女武芸者と戦闘を続けても、無為に部下の命が散らされるだけ。然し手柄もなく退却すれば、主君より無能の
進むも地獄、退くも地獄。
進退窮まった物頭を見遣り、女武芸者は鼻で嗤う。
「人ならば、知性で引き際を悟る。獣でも本能で察しよう。引き際を見誤るなど、獣にも劣る所業。ならば――」
女武芸者は、厚めの唇に舌を這わせた。
「斬り捨てられても文句はあるまい」
獰猛な殺気を込めた威嚇。
恐怖という濁流を堰き止めていた堤が、いとも容易く決壊した。
「もうダメだ!」
「こいつは人じゃねえ!」
「逃げえ逃げえ!」
兵達は武具を捨て去り、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
物頭も慌てて振り返った。
「お主ら、儂を置いて――」
首が飛んだ。
逃げ出した兵の首が、次々と地面に落下する。
物頭が仰天し、女武芸者も眼を剥いた。
十九体の首無し死体が、十間も走り続けた挙句、鮮血を噴き上げながら倒れ伏す。
不意に――
「敵前逃亡は斬首」
若い女の声が響いた。
一体、
逃げ遅れた物頭の馬手に、見知らぬ巫女が佇んでた。
絹糸の如く艶やかで長い黒髪。白磁の如く清らかな肌。
外見は見事な中二ぶり。
それだけ腕に覚えがあるという事か。
「御味方か!?
小川家の物頭は、最後まで言葉を紡ぐ事ができなかった。
彼の身体が、バラバラに解体されたからだ。
一瞬で数百の肉片が、ぱらぱらぱら……と崩れ落ちた。
自分が死んだ事に気づいていないようで、肉片の上に落ちた頭部が、ぱくぱくと口を動かしていた。
「追い首に手こずるなんて。
奇妙な巫女装束の女は、独り言のように呟いた。
対する女武芸者は――
「見事な業前じゃのう」
ニヤリと嗤った。
太刀捌きも体捌きも視認できなかった。
一瞬で人体を解体するなど、剣術や
「そうか。お主が『
得心したとばかりに、女武芸者が笑みを浮かべた。
「私の存在が
「ヒャハハハハハハハハハッ!!」
女武芸者は、唐突に哄笑を発した。
「それは戯れか? 流石は『
言葉と裏腹に、女武芸者は愉快そうに言う。
「それより面白い話を聞いた事があるぞ。なんでも
「――」
「流言飛語の類と高を括っておったが……実在しておったとはのう」
嬉々と語りながら、辺りを埋め尽くす屍を蹴り払う。
死人に鞭を打つが如き所業だが、女武芸者なりに理由がある。周囲から障害物を取り除き、存分に斬り合える場所を
「是ぞ
上体を前方に折り曲げ、地を這うような姿勢を取る。空いた左手で地面を掴み、逞しい臀部を突き上げた。
とても剣術の構えとは思えない。
強いて喩えるなら、飢えた虎が獲物に跳び掛かる寸前のそれだ。
「存分に楽しませて貰おう」
奇妙な構えを取りながら、獰猛な笑みを浮かべた。
「――」
蒼い巫女は、強烈な殺気を沈黙で受け流す。
だらりと両腕を下げて、力の抜けた自然体を維持する。野太刀の刀身が陽光を反射し、ギラギラと眩い光芒を放つ。
両者の間で大気が軋む。
一触即発の状態で――
「おおっ」
女武芸者が頓狂な声を発した。
「お主、名は何と申す?」
「これから死ぬ者に名乗る意味がないわ」
「そう申すな。立ち合いの前に名乗り合うのが、
女武芸者が挑発を込めて言う。
暫時の沈黙の後、
「
「儂は
天満山の山道で。
紅と蒼。
二つの人影が交錯した。
慶長五年九月十五日……西暦一六〇〇年十月二十一日
雑兵……村落から徴発された農民兵。或いは金銭で雇われた傭兵。
二枚胴……前胴と後胴に分けた胴。前面と後背の胴が別になり、左脇に
足軽……大名家に仕える最下級の歩兵
籠手……腕を守る防具
草摺……腰から下を守る防具
持槍……武士や足軽が使う槍。長さは約2.7m未満
一間半……約2.7m
五尺……約1.5m
木履……木の台に鼻緒をつけた履き物
弓手……左方
前立……兜の前を飾る装飾品
桃形兜……桃の果実に似た形の兜
横矧胴……桶側胴の一種。
袖……肩を守る防具
佩楯……太腿を守る防具
臑当……脛を守る防具
面頬……顔を守る防具
喉輪……喉を守る防具
馬手……右方
四間……約7.2m
五間……約9m
巣口……銃口
搔楯……木製の置き楯
南蛮帽子兜……南蛮人の被る帽子に似た兜
半頬……顎と下顎と喉を守る防具
最上胴……鉄の横板を重ねて繋ぎ合わせ、単純に糸で
毛沓……熊毛で覆われた革靴。
小川甚助……
物頭……戦国大名の下で足軽隊を率いる武将、或いはその職。足軽頭や足軽大将とも言う。大名家の序列は、小者(足軽)、徒武者(足軽小頭)、騎馬武者(足軽小頭)、物頭(足軽頭や足軽大将)、
陪臣……家来の家来
武辺者……武勇に秀でた者
平塚因幡……
板札……
小札……短冊状の鉄片
御貸具足……主君が雑兵に貸し出す鎧
上段鳥居の構え……両手を頭上に掲げて、右手を柄、左手を刀の峯に沿えた構え。
十間……約18m
仏胴……表面に繋ぎ目が見えない胴
千早……神事の際に着用する衣装
野太刀……長大な刀
頭形兜……頭の形に似た兜
手業……手品
坂東……
仕物……暗殺
透波……忍者
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