12ページ目 フォルダンテの夜 (2)




何杯飲んだか忘れるぐらい飲んだ。

しかし全く酔わなかった。

身体は熱いがあの頭がぼうっとする感覚はまるでなかった。


俺は下戸なのにな。俺がロボットだからかも知れないな。


「ヒクッ…でもお前よー!ヒクッ!どうすんだよヒクッ」

クリットは相当出来上がっていた。

顔は真っ赤だった。


「とりあえず2日後の…いやもう明日か。明日のクエストに参加する事にしたよ」

日付はとうに過ぎていた。

「あー?それは随分早くないか?もうちょっとゆっくりしたらどうだ?俺が言ってきてやろうか?」

立ち上がろうとするクリットを俺は慌てて止める。


「違うんだよ。ミラーセさんの優しさだよ。俺…何かしてないとずっと…な?」


クリットは大人しく座る。


「……ああ。そうか…悪かったよ。でもよ?いくらなんでも!いやそれは俺が言う事じゃねえか」


「そんな危険じゃないらしいけど…確かEランクとか言ってたし俺1人じゃないし平気だよ多分」

「誰と行くんだ?まさかミラ副会長と!?」

「いやいや違うよ。ミラーセさんが紹介してくれる人達と明日…じゃなくて今日会うんだ」



ガシャン!!


俺とクリットは音がなった方に顔を向ける。


「お客様!おやめください!!」

スタッフ慌てて自分よりも30センチ程大きい男を止めている。

「うるせえぞ!!こっちは客だ!!」

「ヒドン団長!やめましょうよ。も…」

その大男は止めに入った団員の頭を机に叩きつける。


「黙れやぁぁ!」


ヒドンと呼ばれた大男は大きな酒瓶を持ったまま近くの客に絡んでいった。


「テメェらが呑気に酒飲んでる時にな!俺らは死と隣り合わせで悪を成敗してんだよぉ!!」



「…正義を振りかざす悪だな」

クリットはヒドンを見ながらせせら笑う。

「フフッうまい!」


俺とクリットは笑い合う。

酔ってはいなかったが心は酒のおかげでたかが外れていた。


酒瓶が俺とクリットの間を物凄い勢いで通る。


バキン!!


机の上が割れた酒瓶の破片だらけになる。


「おいぼれとクソガキがこんな夜中まで何やってんだ?ああ?」


ヒドンは顔を真っ赤にしてこちらに向かってくる。


「おいガキ?ビビって声も出ねえか?何にも苦労せずにこんな所で酒なんか飲みやがっていいご身分だな?あぁ?」



近くにあった酒瓶を奪いヒドンは勢いよく飲む。


「おい。うるせえぞ?黙って部屋で寝てろよ。単細胞!」


俺は立ち上がりヒドンと真っ向で睨み合う。


「テメェ!今なんて言ったんだぁぁ!コラァ!?」



何にも苦労せず…だと?お前に何がわかんだ?

グリムは怒りを抑えられなかった。


「消えろって言ったんだよ。デカブツ。」


「上等だぁ!テメェを消してやるよ。この世からな!」


ヒドンは奪った酒瓶を飲み干す。

するといきなり吐き出す。


俺は咄嗟に避ける。


「ブハッ!オエッ!なんだこれ。砂?」


俺はクリットを横目で見てニヤリと笑う。


「そこの単細胞のデカブツ。もう飲めないんだろ?さっさと部屋に入って寝たらどうだ?それに臭うぞ?」

クリットは鼻を抑える。


店内から笑い声が小さくだが聞こえてきた。


ヒドンは更に顔を真っ赤にする。


「ああ?ボエップッププ。クソなんだこの砂取れねえ。違えよ。まだまだ。ウッなんだこれ。取れねえぞ!?」


ヒドンは口に手を入れながら慌てて砂を取ろうとするがクリットが離れないように動かしているので全く取れない。


「…確かに。臭うな。砂とかわけわかんない事言ってない早く消えたらどうだ?」


「ああ?テメェ……プッププープッ。クッソ!!なんだこれ!!」


ヒドンは砂を吐き出そうとするが全く出ない。


「あそこのデカい人です。捕まえてください!」

スタッフの声がして警備員のような人達が一斉にヒドンを連行する。


「おい!そこのガキ!用心棒バウンサー同盟に喧嘩売ってただ済むと思ってんの…オエックソまだ砂が!」


他の団員達もヒドンを会いかけていく。


俺とクリットは黙って手を叩き合った。


「…はぁ俺らもお開きにするか」

クリットは立ち上がる。

「そうだな。会計する所ってどこ?」

俺は店内を見渡すがどこにも会計レジらしき物はない。


「全部ここのホテルのサービスだよ」

クリットはドヤ顔をする。

「また来るわ。このホテル絶対」


俺とクリットは階数転移盤に向かう。


「誠に申し訳ありませんでした」

スタッフが頭を下げて謝る。

「いやあんたらのせいじゃない」

階数転移盤の扉が開く。

「そうそう。俺もなんか事を荒げたみたいですいません」

俺は日本人らしく謝った。

「いえいえそんな事は…本当にすいませんでした」

スタッフはまた頭を下げた。


俺とクリットは階数転移盤に乗り込む。

「本当に平気ですから」

「気にしないでいい。麦酒エールうまかった」


クリットが階数転移盤に魔力を流し「5階」と言った。


「そういえばクリットは明日どうするの?」

「俺は家に戻るよ。荷物とかも整理しなきゃならんしな」

「そうか。じゃあおやすみ」

「ん。おやすみ」


俺とクリットは部屋に入った。


部屋に入ると突然、明かりがつく。

何処にも電球がないのに何故か明るい。

おそらく魔法かなんだろうな。

部屋の中はまるで映画のように綺麗だった。

しかし俺はそれに感動する間もなくベットに寝転ぶ。



今日は色々あり過ぎた。

身体は全く疲れを感じないが心は物凄く疲れた。

しかし全く眠気を感じない。1ミリも。



『……ねぇ?グリム?』

ジータの声が聞こえる。

『ちょっとだけ来てくれませんか?』

次はラムダの声がした。



そういえば馬車に乗ってから一度も声を聞いてない……いやあの俺を呼ぶ声は確かラムダとジータだった。でもそれっきりだったな。


『わかった。どうやって行けばいいの?』

『自然に貴方が来たいと思えば来れるはずです』

『やってみる』



俺は目を閉じて魔法図書館を想像した。

すると目を閉じていても陽の光が俺に降り注いでるのを感じだ。

優しいそよ風が頬を撫でる。



俺は目を開けると魔法図書館の入り口の扉の前にいた。

姿は坂木尊人ではなくグリムの身体だった。

大きな2枚の扉の向こうにラムダとジータがいる事を感じる。



俺はゆっくり2枚の扉を開けた。


そこには思った通り2人の姿があった。

2人とも目が赤い。


ジータは袖の部分で涙を拭いたのだろう。

袖がビショビショに濡れている。


ラムダは近くにある床は小さい水溜りがいくつも出来ていた。


「…グ、グリム〜」

ジータが走って来て俺の胸に飛び込んできた。

「もう平気だから…もう悲しい思いさせないから!!私達がグリムのこと助けるから!」

ジータは俺の胸の中でまた大粒の涙を流した。


ラムダも走って近づいて来て一瞬、抱きつこうとしたが寸前のところで立ち止まる。


そして俺の手を握った。


「……御免なさい。貴方が苦しんでる時、私…私!貴方に声すらかけてあげられなかった」


ラムダは俺の手を強く握る。


「だから今度はこうしてずっと手を握っています。私達はずっと貴方の側を離れませんから!!貴方を置いて1人で何処かに行きませんから!!」


ラムダもまた大粒の涙を流す。


「だから悲しい事があっても苦しい事があっても私達が側にいます!!貴方はもう絶対に1人じゃない!」


俺は恵まれてる。こんなに俺を思ってくれる仲間がいる。

世界は残酷だけど……この世界で暮らしてる人は優しい。


「だから!私達を頼って?頼りないかも知れないけど……ね?」


ラムダはそう言って笑顔を見せた。

その笑顔は窓から降り注ぐ光に照らされ輝いていた。


その光に名前をつけるとしたら"希望"であった。


俺もラムダの笑顔に涙じゃなく笑顔で返そうと思った。


「ありがとう。忘れてた。俺達は一心同体だもんな?」


グリムの胸で泣いていたジータが顔だけ上にあげた。


「そうだよ!一心同体!」

「そうですよ!!一心同体!」



眠たげな太陽が月に急かされ薄目を開ける。

世界に光が降り注ぐ。しかしまだまだ本調子じゃない。



フォルダンテの夜は終わりを告げた。

そしてグリムの長い長い1日もようやく終わった。





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電脳のグリモワール 〜あ、俺転生したら魔導書になったけど、質問ある?〜 左右ヨシハル @Yoshiharu__Sayuu

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