11ページ目 フォルダンテの夜 (1)




賑やかな街並みに負けないほど豪華なホテルが現れた。


「ここだ」

「すげえ!」


これ何階建てなんだ?


グリムはホテル"エビス"を見上げる。


「こ、ここすごい高いんじゃないか?」

俺はチラチラとガラス張りの大きな扉を見る。


クリットは人差し指を振る。

「このエビスは充実したサービスそして煌びやかな建物なのにも関わらず値段は結構安いのが売りなんだよ」


まるで自分が作ったかのようにクリットはドヤ顔をした。


「そんなの最強じゃんか」

「そのせいで他の宿屋が潰れてるみたいだがな。よし早く入ろう」


グリムとクリットはエビスに向かった。


2人ドアマンがガラス張りの正面玄関の扉を開ける。


「うおおお!す、すごい」


暗い赤色のカーペットにソファや何もかもが豪華で高級品だと言う事が一目でわかる。


それにシャンデリアが吊るしてあった。



俺とクリットは受付カウンターまで行く。

クリットが先に受付を終わらせる。


「ようこそおいでくださいました。ホテル"エビス"にご宿泊ありがとうございます!」

満面の笑顔でフロントクラークの女性はお辞儀をした。


「あ…はい」


まずいな。こんな豪華なホテルに泊まった事ないからどうすればいいんだ?


「ご予約はお済みでしょうか?」

「はい。えーとグリムで」

「ありがとうございます。少々お待ちください」


そう言ってフロントクラークはカウンターの下にある機器に魔力を入れると何やら映像が写っているのがわかる。


「グリム様ですね。5階の506号室をご利用できます。また10階までのサービスをお楽しみいただけます」


そしてフロントクラークは部屋の鍵を渡す。


「ありがとう」

「ごゆっくりお楽しみください」


そうしてフロントクラークの女性はまたお辞儀をした。



ホテル"エビス"の階数案内図がある所にクリットはいた。

受付カウンターから少し離れた所だ。


「何階だった?」

「5階の506。クリットは?」

「同じく5階の5021。どうする先部屋に行くか?」

「いや別に何にも持ってきてないし俺はいいや。クリットはどうする?」

「俺も同じだ。じゃあ酒場に行くか。8階だから俺らも使える」


俺とクリットは鉄製でできたエレベーターの前に止まる。


「これ?エレベーターか?」

「エレベーター?何だそれはこれは階数転移盤だ。お前の世界だとそのエレベーターって言うのか?」

「いや俺の世界に魔法や魔力なんてなかった」


すると階数転移盤の扉が開く。


「早く乗るぞ。他の客に抜かされちまう」

俺とクリットは急いで階数転移盤に入った。


階数転移盤は外見は全くエレベーターと同じだった。

でも決定的に違うのは床に魔法陣らしきものがあった事だ。


「これどうやって使うんだ?」

「魔法陣に魔力を込めて階数を言うだけだよ」


クリットは魔法陣に足から魔力を流し込む。

「8階」

すると階数転移盤の扉が開いた。

「え?あれ?終わり?」


そこは少し暗めの雰囲気のバーの様な所だった。


「行くぞグリム」

俺はクリットの後ろをついて行く。


酒場のスタッフに個室の席を用意してもらい。

グリムとクリットは向かい合って座った。


「とりあえず麦酒エール。グリムは?」

「じゃあ俺も同じのを」

「かしこまりました」

そう言ってスタッフは下がって行った。


俺とクリットは向かい合う。

よくクリットの顔を見るとやはり皺が目立つ。

だけど年に比べたら全然ない方だ。


クリットは伸びた後ろ髪を結び直す。


少ししてスタッフが麦酒エールを持ってきた。

「お待たせいたしました。麦酒エールでございます」

「ありがとう」

「ありがとう」


それが2人が酒場に入って初めて言葉だった。


「あーそれでだ。話すか俺の話」

クリットは麦酒エールを喉に流し込む。

「頼むよ」

俺も麦酒エールを少し味見する。

その味は普段飲んでいるビールと変わらないものだった。

「うまい」

俺は麦酒エールを飲む。


身体が少し暖かくなる。


「……まあなんて言うかな。俺は…昔なかなかの悪い奴だった」

クリットは麦酒エールを空にする。


「悪い事も沢山したし人も…殺した。だが歳をとり日々を振り返る中で自分がした悪行を償おうと思った。死ではなく生きて償おうと思ったんだ。……長い時間が掛かった。だが今でも考える。本当に償えたのかなって。俺がやった事、全て自己満足に過ぎないんじゃないかってな」


俺は黙って彼の言葉を聞く。


「それでもまだ生きたいと考えてる。卑しい老人さ。魔動義装オートギアにまで縋って俺は自分が償った時間と同じぐらい自分の時間を作ろうとした……」


店内は何故か静まり返っていた。まるで彼の告白を皆が聞いてるかのようだ。


「…だけどな。そんな時にお前の声が聞こえた。助けてくれって何度も何度も。俺がお前を助けた理由は簡単さ……俺は…ただ誰かと話がしたかった。その為なら魔動義装オートギアを手放す事なんて躊躇しなかった」


「……そうだったのか」


俺は彼にかける言葉が見つからなかった。

俺が知ってるクリットは優しい老爺だ。

だけど……クリットがやったことは消えない。

でもだからってクリットが助けてくれた事には変わらない。


「………ああ。あの家だって依頼した機工士が魔動義装オートギアを届けてくれるまでの間だけ住もうとしてた家だった」


「…でも俺を助けてくれた事は変わらない。俺はクリットが何をしたかは聞かない事にする。クリットが長い時間かけて償いをした事を信用するよ」


「こんな俺を信用してくれるのか……」

クリットは皺が目立つ手を眺めた。


「でもよく何もされずに出れたね?」

「ああ俺がやった事は全部なかった事になってた」

「え?どうして?」


するとクリットは額を抑える。


「…俺の償いは自己満足じゃなかったって事……なのかもしれないな」

「……無駄じゃなかったんだよ。クリットが償った時間は決して自己満足じゃなかった。そう言う事なんだよ」



クリットは抑えていた手を膝に置く。

「ありがとう。グリム」

「こちらこそだよ。クリット」


店内にまた活気が溢れる。

静かだった事が嘘のようだ。


俺とクリットはその後も飲んで食べた。


夜が深くなった時俺は今日あった事を話そうと決めた。


「…俺には好きな人がいた」

「……」

クリットはグリムに目を向ける。

「その人は俺と同じ世界に転生してた」

「それは…すごい事だな」


しかしクリットは決してそれが嬉しい結末に向かわない事をグリムの泣いたあの一筋の涙で理解していた。


「だけど彼女は俺より先に転生して俺より先に死んでしまった。この世界で彼女に会う事も彼女に愛を伝える事さえできなかった」


「……そんな」


「俺にとってはまだ昨日の事だ。でも西条先輩はずっと俺を探してくれたんだ。俺がこの世界に転生してる事を信じてずっと探してくれてた」


「……」


「それで彼女は事故にあって死んでしまった。俺は怖くて恐ろしくてどんな事故にあったかも聞けなかった。彼女がこの世界で何を思って何を感じて暮らしていたかも聞けなかった」


「……」


「俺はただ怖かった。彼女の話を聞いたら俺は立ち直れなくなると思った。だから聞かなかった。だってまだ昨日の事なんだ。ずっとずっと一緒にいれると思ってた」


「……そのサイジョウと言う女性の話はミラ副会長から?」


俺は頷く。


「そうだ。ミラーセさんは西条先輩と認識があったみたいだ。いや仲もよかったんじゃないかな?ミラーセさんも俺と一緒に泣いてくれた。励ましてくれた」


「あのミラ副会長が…?」

クリットは驚いていた。

ミラ副会長が泣くところもそれどころか誰かと親しくする事すらも想像つかなかったからだ。


「…俺は西条先輩に告白してる最中に死んだ。原因はわからないけどこの世界の戦いに巻き込まれたらしい」


「…次元を越える事が出来るユニークスキルなんて……」

するとクリットは思い立った。


「……アレスター」

「アレスター?」

「昔、魔王の城まで乗り込んで魔王と対峙した勇者の名前だ。彼は確かそんな能力だったはず…」


俺は身を乗り出す。


「そいつは今どこに!?」


クリットは首を横に振る。


「死んだよ。その魔王との戦いでな。その子供も魔王軍に殺された。噂では孫がいるとかなんとか。だが多分殺されてるだろう」


俺は自分の席に座り直す。


「…そうか」

「……お前にとっては全部、昨日の事だもんな。彼女の返事すら貰えないまま死ぬなんて……あんまりだ!」


クリットは歯を食いしばる。

今、目の前にいる少年が理不尽に殺され愛する人に自分の気持ちを永遠に伝えられない。

そんなこの不条理な世の中に。

彼は憤りを感じた。


「……ミラーセさんが教えてくれたよ。彼女が俺に残した遺言メッセージを」


「……どんな遺言メッセージか聞いてもいいか?」


俺はクリットをしっかり見る。

涙が流れている事を頬に伝う感触で理解する。


「ずっと!ずっと好きだったて!俺のこと!好きだったって!付き合いたいって!!」


「…そんな…事って…!」

クリットの瞳に涙が溢れる。

彼は溢れ出る涙を荒々しく拭う。


泣いちゃダメだろ!俺は!!


「……もう何もかも終わった後だなんて……もう会えないなんて!」

「…グリム!グリム!」


クリットはグリムを何度も呼び肩を掴む。


「俺は!お前の味方だ!!お前が幸せになれるように俺はこの残された時間を使う!!」

「……クリット…ありがとう…」


クリットは溢れ出る涙を今度は拭わなかった。


俺に彼を思って泣く資格はない……。

でも今夜だけ…俺に泣く事を許してくれないか…?


「こちらこそだ!!グリム!」


クリットはグリムの肩を強く抱き寄せた。



フォルダンテの夜はまだ深い。しかし温かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る