第12話 レオンの前世(1) (レオンside)
王太子妃教育に向かうブレシアと、「仕事は終わった」とばかりに退室していったアマルナの背を見送った俺は、近衛騎士のユージンと二人きりになったのをいいことに、盛大に溜め息をついた。
「らしくありませんね」
「失望したか?」
「いえ。とうとう殿下も暗黒時代ではなく現実を見るようになったのかと」
「それは嫌味か」
「婚約者様と仲睦まじい姿を見ることができて、この不肖ユージン、感動しているだけです」
ひんひんとわざとらしい泣き真似を披露するユージン。彼はこう見えて恋愛ものが大好物らしいのだが……そんなことはどうでもいい。
俺は今、彼女に、ブレシアに惹かれている。これが一大事だった。なぜなら、彼女は──
☆☆☆☆☆
俺がブレシアと出会ったのは、もう十年以上前のことだ。婚約してからの彼女の様子を見る限り、その時のことは覚えていないらしい。
俺は子供らしくない、ませた子供だとよく言われた。それもそうだ。俺には前世の記憶があったのだから。
それも、どうやら今では「暗黒時代」と呼ばれているらしい時代の、である。
しかし、その記憶は曖昧なものだったし、その当時は暗黒時代なんて言葉も知らなかった。だが、「大事な何か」が欠けている気がしたのだ。そう。ブレシアに会うその日までは。
「レオン。王子たるもの、レディには優しくするのですよ」
「はい。母上」
その日は俺の婚約者を探すための茶会だった。この国での婚約の意味を何も知らなかった当時の俺は、母上と共に王宮の庭園へと向かった。
「ヴェローナ妃殿下、そちらが……」
一人、また一人と俺と同じか少し年下ぐらいの令嬢──もちろん、前世の年齢ではなく当時の俺と同じくらいだ──たちが、母親に連れられて挨拶しにやって来る。
庭園に集められた少女たちは俺に熱い視線を向けてくれたが
その頃にはすでによく遊んでいたアマルナ、そして大人しそうなご令嬢。彼女らに続いて三番目に挨拶へとやって来たのがブレシアだった。
淡くストレートなオパールグリーンの髪。瞳のローズクォーツは親子おそろいだが、やや小ぶりな母親のものと比べ、くりくりとしたそれ。
彼女の瞳と目を合わせると、俺は吸い込まれるような感覚を覚え、続いてその場に膝をついてしまった。
「わたしは、ブレ……!」
頭の中がぐらぐらした。そして俺は「欠けていたもの」を思い出したのだ。前世、俺は女神様に恋をしていたのだと。
☆☆☆☆☆
前世の俺は、名もなき小村を治める騎士の家に生まれた。髪は黒く、瞳の色は金。髪色を除けば、大体今世の俺と似ている容姿をしていたと思う。
「リヒト、今日も来たのですね」
「はい、女神様に村でとれた作物をお持ちしました」
村の近くには綺麗な泉があり、そこには女神様が住んでいた。村を護ってくださる女神様の見た目は、ブレシアそのものだ。
今の彼女にその服を着せれば、きっと見分けもつかないだろう。
彼女は泉を離れることができないらしかったが、村で起こっていることを見守ってくれていた。というか、見えていたのだろう。
作物が育たない時にはどうすればいいか相談に乗ってくれたし、村人たちにいいことがあったと伝えれば、自分のことのように喜んでくれた。
だが、彼女に求婚する男たちは皆、手ひどく振られてしまっている。
「……とてもいい出来だと思うわ」
「ありがとうございます。女神様のおかげです」
当時十六だった俺がそう俺が告げると、女神様はほほえんでくれた。
「それでリヒト。貴方は村の皆に与えてばかりだけれど。何か欲しいものはないの?」
「そうですね……女神様の笑顔、ですかね」
「まあ! 貴方も上手になったわね。でも、わたくしは女神。人と交わることはできないわ」
「そういう意味ではないのです。貴女様が笑顔なら、それでいいんです」
そう俺が告げると、女神様はより一層深いほほえみを、いや笑顔を見せてくれた。この笑顔を見られるのは俺だけの特権だった。
見た目はうら若い乙女そのものだが、彼女はずっと昔からこの姿なのだという。
少なくとも当時の俺が幼かった頃から姿は変わっていないし、それに水の中から出てくるのに濡れていない。
少なくとも人間ではないと、当時の俺も理解していた。
俺たちが話している時に
「まあ、しつこい方には喉がつまりそうなほど大きな黒パンをプレゼントしたのだけれどね」
「夜中に喉がつまるパンの天罰は本当だったんですね」
「そうよ。あれは私がどうしようもない方にだけ贈っているの」
かなり命の危険すれすれの話を朗らかに告げる女神様。
だが、パンで死んだという話は聞いたことがないし、たぶん手加減はしてくれているのだろう。村人が死んだと聞いたら、彼女は悲しんでいたから。
しかし、彼女は気づいていないのだ。俺もまた、そんな愚かな男のひとりだということに。
そのおかげで彼女の素を見ることができているのだが、同時に俺の気持ちに気づいてもらえていないようで、悲しい。
さすがの彼女も心の中まで読む能力はないのだろう。
「それでは女神様、また」
「ええ、またねリヒト」
この一週間後、村を悲劇が襲うとなどと、知ることもなく。きっと女神様も知らなかったのだろう。だから、あんなことになったのだ。
知っていたらきっと、彼女はとっくに俺を遠ざけていただろうから。
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