第8話 暗黒時代にご興味がございますの!?
はじめてレオン様(たち)とお茶会をした翌日。私はこの日もレオン様に呼ばれて王宮に来ていた。
もちろん、私一人ではなくメリダも一緒だ。今、私たちは長い廊下を歩いているのだけれど、王宮の中にある芸術作品が、ほとんど暗黒時代と無関係でつまらない。
そう思いながら歩いていると。
「ご機嫌麗しゅう、ロッテルダム嬢」
「ごきげんよう……、どちら様でしょう?」
というわけで、王家の方に呼ばれている私の前に障害が立ちはだかった。話しかけてきたのは見ず知らずの殿方だ。
「おおこれは嘆かわしい! 私の顔と名前が一致しないとは。やはり暗黒時代の……」
「暗黒時代! 本当にいい時代ですわよね。暗黒とは名ばかりで、人々は今の平民に比べれば生活水準も高くて……」
「そ、そうですな……ハハハ。ではこれにて失礼」
このように、王宮の廊下に入ってから、私は何人かの方から絡まれてしまったのだ。それもたった一日で何人も。
そのたびになぜか暗黒時代の話になるので、私が「暗黒時代いいよね~」と暗黒時代の話を返しているのだけれど、結果は毎回この通り。
このように話しかけられてばかりだったせいで、私は王太子殿下たるレオン様の呼び出しにばっちり遅刻してしまった。
「遅れてしまい、申し訳ございません。レオン様」
「俺は君を待っていない」
「えっ、ではなぜ呼び出しを」
「待っていないだなんて、嘘でしょう殿下」
「どうだかな」
到着した部屋には、初日同様に二日目もアマルナ様がいた。「待っていない」というのはつまり、結婚できないとはいえ本当はアマルナ様と一緒にいたいだとか、そういう意味だろうか。
「待っていなかったということは、お咎めはないということでよろしいしょうか?」
「ああ」
繰り返すが、私が欲しいのは彼の婚約者という立場ではなく、リヒトが最後どうなったかという情報だ。
というわけでお咎めなし、つまり婚約の継続というのはとても喜ばしいことだった。
「なぜ君は小躍りする?」
「そうですね、お咎めなしだと伺ったので喜びの踊りを」
令嬢らしくないと言われようが構わない。喜びの踊りと言ったけれど、これは暗黒時代の踊りだ。誰もわからないのではないだろうか。
それに、たぶんここで見たことを口外する方はいない。
というか、レオン様は絶対言わない(と思う)し、他の皆も頭を抱えたり、見ていないふりをしたりしてくれているので大丈夫だ。
といったように、今ここで誰かから理由を尋ねられたら答えられるように──と思って私が頭の中で一生懸命理由を組み立てていると。
「収穫祭のあれか。言われてみればたしかにそうだ」
「よくご存知ですね! さすがはレオン様ですわ!」
「? もしかして、お二人は暗黒時代のお話をされていますの? わたくしはついて行けませんわ……」
私の予想に反してレオン様も収穫祭の踊りを知っていた。それがとても嬉しい。
今まで誰とも語らうことができなかった暗黒時代の思い出話。それが通じる。暗黒時代について調べているとは言っていたけれど、これほどまでだったとは。
さすがこの国の王太子殿下だというだけはある。暗黒時代を生きていないはずなのに、ものすごい知識だ。
私たち以外、つまりアマルナ様やユージン様、メリダは若干引いている気がするけれど……それでも。
「アマルナ様。この世界には知らない方がよいこともございますから。でも、暗黒時代は暗い時代ではないということだけは知っていただければ」
「でも、先ほどの踊りは異教徒のものではありませんの? ベルゼール王国の国教たるデルファイ教にそのような踊りはございませんわ」
「異教徒の踊りでもよいではありませんか。それに風習と暗黒は関係ありませんわ。これはこの地にかつて住んだ、私たちのご先祖様も踊っていたかもしれない踊りなのですから。本当に、シュトー神の教え以外は悪なのでしょうか?」
シュトー神とは、このベルゼール王国の国教ともなっているデルファイ教における唯一の神の名前だ。たぶん、暗黒時代の頃は他にも神がいたから名前がついているのだと思う。
ちなみに、私は自分の名前が何か忘れてしまった。
それはさておき。わかりますか? そう思いの丈を一心に主張すると、彼女はやっとのことで折れてくれた。
「たしかに、そうですわね。暗黒ではないのかもしれません。ですが、彼らには大いなる神の導きも、聖女の力もなかったのでは?」
「いえ! それこそ暗黒時代と呼ばれた時代、この地域にはたくさんの神が住んでいて」
「昨日お話しになっていたことですわね。ですが、ブレシア様は神々が人と交わる様子をご覧になったのですか? そうでないなら、おとぎ話の
私は返答に
しかし、今私がそのような説明をしても「こいつ頭おかしくなったのでは」としか思われないだろう。
シュトー神を批判すると、それでは足らず「処刑すべきでは」みたいな過激派に狙われかねないらしいので、お口チャックだ。
さすがにリヒトのことをもっと知るよりも前に死んでしまうのは駄目。というわけで、ここは一度黙るに越したことはない。
そう頭の中で考えを整理している間に、ふとレオン様の方を見ると、彼もまた難しい顔をしていた。
「レオン様?」
「ブレシア。どうした?」
「いえ、難しいお顔をなさっているな、と思っただけです。何かありました?」
「……こちらの話だ。気にしないでくれ」
そう言われると、余計気になるのが人間心理というものだ。でも、今ここで関係を崩しては次の暗黒時代仲間が見つからないかもしれない。
そもそも、暗黒時代に興味のある人は奇異な視線を向けられることも多い。権力者でありながら暗黒時代に好意的な彼のような人物も、非常に珍しいのだ。
しかし、類は友を呼ぶ。次なる暗黒時代仲間は彼の周りに集まっている可能性もあるわけで。──ここで彼の機嫌を損ねるのは悪手だろう。
彼が口を閉じてからここまで、当社比で一瞬。
「畏まりました。それと、アマルナ様」
「何ですの?」
「いつか、あなた様を絶対に説得して見せますわ! ……レオン様と共に!」
「あ、ああ」
呆気にとられたのか、何とも言えない声をもらしたレオン様。
そんなに難しい話をしたつもりはないのだけれど……。と、私がレオン様の顔を観察している間に、アマルナ様が答えを返してくれた。
「あら。わたくしを説得できるものならしてみなさい? 泣きじゃくる貴女の顔が見えるようね」
この時、メリダやユージン様は先ほどよりも盛大な溜め息をついていたらしいけれど、私はもちろんそんなことには全然気がつかなかった。
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