第6話 暗黒時代は素晴らしいのです

「暗黒時代がどのような時代か、ですか? そうですね……。穏やかで平和で、社交など気にする必要のない、神々の祝福により豊かな生活が約束されていた時代ですわ」

「…………!」


 私はレオン様の質問に堂々と返した。どのような時代も何も、私はあの時代を生き、生で見たのだ。経験者だ。


 失礼だけれど……暗黒時代を生きたわけではない、ただの暗黒時代オタクなレオン様より深いところまで知っている。神々の力とか、人々の生の声とか、神々の力とか。


「もちろん、私たち王侯貴族の暮らしの方が、当時の民の暮らしよりは何倍も裕福なものでしょう。しかし今と違い、当時は神もただお一方だけではありませんでした。数多くの神様方がいらっしゃいまして」


 自分に尊敬語を使うのはちょっとあれな気もするけれど、私以外にも神はいたのだ。

 それに、今の私はロッテルダム公爵令嬢のブレシアであり、女神ではないのだから言い訳の必要もないだろう。


「そして、それぞれの方が自身の生まれた地の民の暮らしを豊かにすることを自然と自身の定めとして、その活動にのみ奉仕していらっしゃったのです」

「…………」


 そこで一呼吸置いて「恋に溺れる女神もいましたが」と危うく口にしそうになったその時。私は、レオン様とアマルナ様が完全に放心状態になっていることに気づいてしまった。


 いや、レオン様は完全に聞き入っていたと言った方が正しいかもしれない。


「あら、大変不躾ぶしつけな真似をしてしまいましたわ。おほほほほ……」

「君は……」

「レオン様? いかがなさいまして?」

「君は、博識なのだな。女性にしては珍しいといった程度の言葉では収まらない。私も君のようにもっと暗黒時代のことを知りたいな」


 勝った。全然女神だなんて怪しまれなかった。むしろ王太子殿下を打ち負かしてしまった。

 アマルナ様は相変わらず呆然としているけれど、彼女も貴族令嬢だ。多分大丈夫だろう。


「お褒めにあずかり恐縮ですわ」

「それで、もしよければ……」

「あら? まだ何か?」

「……君はその知識をどこの資料から得たのだ? 教えてはくれぬか?」

「あの、それは……」


 やらかした。明らかにやり過ぎた。前世でリヒトが「実力の分からない相手と戦ってはいけない」という言葉を教えてくれたが……。あれは、自分より格上かもしれないからやめなさいという言葉だったはずで。


 あれ? もしかして私は彼に知識で勝って試合に負けた……?

 いや、彼が言いたいことはわかる。私だって暗黒時代について、というかあの後リヒトがどうなったのか知りたい。


 なぜかそのあたりの記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。難しいと言われても、わらにもすがりたい。


 それはさておき。これは負けるが勝ちパターンだった。だって、私はこの知識を資料から得たわけではないのだから。

 かといって、ここで元女神だと言ってしまえば、それこそ白い目で見られるのは明らかだ。


 私が「言えません。秘密ですよ」という気持ちを込めて、膝の上に置いておいた扇で口元を隠すと、レオン様は肩を竦めた。

 彼はティーカップを持ちあげる。


「やはりか。俺の幸運の女神はとても残酷だな」

「あの~……レオン様?」

「ブレシア?」

「今、と」


 私が口を開いたのが、彼がちょうどお茶を口にしたタイミングだったからか、彼がむせた。

 その姿に私の頭を何かがよぎる。


 ──このままでは彼がおぼれ死んでしまう!

 私は思わず、立ち上がって彼の後ろに回ろうとしたのだけれど。


「いけません。ロッテルダム公爵令嬢」

「ユージン様っ! ですがレオン様が!」

「……わかりました。主を守るのは私の務めですので」


 ユージン様がレオン様の背中をさする、というか強めに叩くと、彼は少々咳込んだ後、元の調子を取り戻していった。


「よかった……無事で」

「ブレ、シア……?」


 よかった。レオン様は死んでいない。生きている。


「ブレシア様? 貴女、大丈夫ですの?」

「え、ええ……レオン様の方が大丈夫ではないかと」

「それもそうですわね……。よかったですわね、殿下。婚約者の方に構ってもらえて」


 アマルナ様の言葉に、私は遅れてレオン様のことを思いっきり構ってしまったことに気がつく。


 前回のお茶会以来、今日は二度目の対面なのだけれど、どうして私はレオン様にここまで肩入れしてしまったのだろう?

 彼はリヒトではない。冷たい言い方だけれど、私にとってはただの婚約者だ。


「ブレシア。君はの秘密を知ってしまったし、俺のことを気にかけてくれる。……そしてその上、暗黒時代のことについても詳しい」

「はぁ」


 思わず気の抜けた返事をしてしまった。しかし、私の心の中の一番はレオン様ではない。だから、その他大勢である彼からの言葉は、それほど重要度が高くない。


 しいて言えば、聞いてあげないこともない、といったところだと思う。だって暗黒時代の話で盛り上がれるのだから。


「もう、契約書にサインしてしまったし、君といずれは結婚ということでよいな?」

「まあ、そうですね」


 正直、貴族令嬢の務めである結婚のことを思えば、彼ほどによい相手はいない。何と言っても、タブー視されている暗黒時代について語らっても大丈夫な相手だ。

 「愛する気はない」という言葉が本当ならば、ではあるけれど。


 ならばせめて、かつてのことについて調べるために存分に利用させてもらおう。それこそ、一生。


「君を愛する気はないが、それでも妥協点としては悪くない。君もそうだろう?」

「ええ。私も暗黒時代について調べたいことが、まだまだありますので」

「あそこまで物知りな君でもそうなのか」

「ええ。ですから、婚約の解消はナシでお願いいたしますね」


 私のちょっとしたお願いを認めてくれた殿下。机の向かい側から手が差し出される。


 熱い握手──であっていると思う──を交わした私たち。これで私たちは共犯者だ。後に引くだなんて裏切り、もう許されない。彼がどう思っているかは知らないけれど。


「よろしく、ブレシア」

「こちらこそよろしくお願いいたしますね。レオン様」

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