【2万円で女社長に買われた話】

三角さんかく

僕は買われた

 実は、今使っている「夏目なつめ楓馬とうま」のハンドルネームは、大阪のミナミの雀荘で働いてる時の偽名だった。本当は学生時代に、稚拙な小説を書いていた時のペンネームだったのだが、響きや字面をとても気に入っていて、僕はミナミで名前を聞かれた時は、常に「夏目楓馬」だった。


 別に本名で働いても良かったのだが、親にも親友にも内緒で、グレーな仕事をするのが後ろめたくて、僕は雀荘では「なっつ」という愛称で呼ばれていた。








 麻雀の腕はそこそこ。


 バイトの中ではナンバーワンの自信はあった。


 雀荘のバイトは本当にブラックで、仕事自体は楽だけど、客と麻雀を打って負ければ、その日の給料どころか、半月分の給料が一日で吹っ飛ぶことなんて、ざらにあった。個人事業主のようなものだ。勝ち負けは自己責任。


 140時間働いて、給与明細に120円と刻まれていた時には、頭を抱えた。


 逆もまた然り。


 月の給料が30万を超えることもあった。








 眠らない街の片隅で、僕は必死で生きる餓死寸前の漂流者だった。




 雀荘で働くメンバーも、そこに来る客も、どいつもこいつも頭がぶっ飛んでいて、それまで綺麗な世界でしか生きてこなかった僕には、とても刺激的だった。

 

 毎日が楽しかった。










 そんなバイト生活の中で、1番印象に残ってるエピソード。

 それは、組事務所に1番仲の良かった仕事仲間と2人で訪れる事になった事。



 そいつが仕事で残業をして、終電を逃した日、仕方なしに彼は、時間潰しの為、裏カジノへ足を向けた。


 2万円を入金して、パソコンでインターネットルーレットをする事にして、眠気まなこを擦りながら、マウスを握ったらしい。










 100円ずつ賭けて、数時間潰そうとして、彼はクリックミスをする。


 まさかの2万円を一撃MAX BET!














 完全なミスに、彼は、とても動揺したが、なんとこれが100倍の大当たり。


 震えながら彼は直ぐに席を立ち、受付で換金をしようとすると、店には、そこまでの大金はないという。組事務所の住所を教えられて、そこに取りに行くように言われた。


 怖くなって、彼は僕に電話を掛けてきて、一緒に来てくれないか?1万やるから。と言った。


 そこはもう少しくれよ。











 2人して教えられた住所にいくと、封筒に入れられた200万円が確かにあった。


 彼は震えが止まらないまま、コンビニに向かって入金しようとしたが、一度に入金出来る額を超えていたようで、殆どの金を大事に懐に入れて、家路についた。












 2番目に印象に残ってるエピソードは、野球賭博で命を賭けた客の話。



 彼とは、麻雀を通じて知り合った……言うならば博打仲間だった。


 都会の地下で、トランプを絞り、大敗して、

 ウン十万する時計を質に入れるハメになったり、 ワンクリックで3万BETするようなインターネットカジノのスロットで10連勝したり、 派手で、明るくて、勝負強くて……


 それでいてどこか、自殺願望でもあるのかと思うようなギャンブル狂だった。










 野球賭博は、ギャンブル好きの彼の中でも、

 特に彼のお気に入りだった。


 元高校球児の彼は、とても野球が好きだったからだ。



 野球賭博は、とてつもなく非合法の、極道の絡む最低最悪のギャンブル。中毒性は、バカラよりも高い。


 何より怖いのは、金を持っていなくても、口張りが出来ること。


 野球の試合のない月曜日に精算。






 彼は常に野球賭博で勝ち続けていて、それを生業なりわいにしていた。


 ところが、その週に勝ちを確信して大金を賭けた、とある試合で彼は大損をする。


 そのまま、倍の額を次の試合に賭けたが、それも負け、次も負け、を繰り返して、彼の負け額は八桁を越えようとしていた。


 最後の日、彼は賭けに出る。


 自分の負け額を、そのまま口張り、僕の働いてる店で麻雀を打ちながら、結果を待っていた。


 さあ、店にくるのは勝ち額を持ってくる勝利の女神か、死を告げる死神か。


 勿論、どちらにしても、その筋の方が御来店するのは間違いないけれど。












 そして、3番目に印象に残っているエピソードが、僕が女社長に持ち帰られた話。


 彼女は40代前半で、綺麗な人だった。


 関西と富山と金沢で飲食店やキャバクラを経営していた。


 麻雀の腕は、それほど強くないが、客を選ぶ人で、あの人とは打ちたくないから、他の卓に変えてよ。とか平気で言う人だった。


 何故か彼女に気に入られた僕は、彼女が来店する度に、彼女が打つ卓に入った。











 ある雨の日、オーナーや社員が奥の卓に着いていて、彼女が来店した時に接客出来るのは僕だけだった。


 ねえ、なっつ。と艶っぽい声で、彼女は言った。


 仕事が終わったら、飲みに行こうよ。


 そのまま、電話番号が書かれたメモを渡された。












 僕は、それをポケットに仕舞って、内心、どうすればいいのか分からずに、その日、1日麻雀を打った。集中出来なくて、とてつもなく負けた。


 その月の給料は、いつもの半分くらいになりそうだった。


 仕事が終わる頃、オーナーに女社長に飲みに行こうと言われました、と報告すると、爆笑しながら絶対に行ってこいよ、あの人は上客なんだ、と言われた。


 店を出て、メモに書かれた番号に電話を掛けると、彼女は出なかった。正直、ほっとして駅に向かうと、電話が鳴った。










 今、喫茶店に居るから、来て。


 まあ、飲みに行くくらい良いだろうと、軽く考えて、僕は彼女の居る喫茶店に向かった。


 喫茶店で、タバコを吸いながら、彼女は待っていた。何か飲む?と聞かれて、僕はアイスコーヒーを、と言った。少し雑談をした後で、肩がこってるから、マッサージ屋に行きたい、付き合って、と言われた。


 2人でマッサージを受けた。


 もう真夜中。終電はない。


 次は、オカマバーに行くわよ、と言われて、もうこれは朝まで飲みに連れて行かれるな、と覚悟して、オカマバーに言った。彼女はチップで万札を何枚も渡して、ド派手に飲んだ。










 僕はアルコールが飲めないのに、彼女に無理強いされて、慣れないアルコールを口にした。


 2時か3時になって、2人でフラフラと歩いていると、ホテル街に差し掛かった。


 ねえ、なっつ、お金欲しい?と彼女は言った。悪魔の囁き。


 欲しいですけど、そういうのは止めにしませんか?と拒むと、彼女は、じゃあ、もう店には行けなくなるわね、と言った。


 これって脅迫じゃない!?と思って、動揺していると、手を引かれてホテルに入った。



 その後は、ご想像にお任せする。










 事が終わると、カバンから針のような物を取り出して、なっつ、指を出して、と言われた。


 言われるがままに、指を出すと、パチン!と音が鳴って、指から血が出た。それを綿棒の様なものですくって、彼女は言った。


 これで、性病検査して、何もなかったら、避妊具を付けないでしようね。


 フラフラになりながら、始発で帰って、泥のように眠った。


 次の日、出勤すると、オーナーに、昨日はどうだった?と聞かれた。ああ、美味しいご飯を奢ってもらいました、と言って、僕は動揺を隠して働いた。











 それから彼女は殆ど店に来なくなった。

 聞けば、ギャンブル嫌いの彼氏が出来たらしく、オーナーに暫く来られないわ、と言っていた。


 僕は猛獣から逃げおおせた。













 あの頃の事は、たまに夢に見る。


 クソみたいな毎日だったけど、楽しくて、キラキラしていた。けれど、僕は二度と雀荘では働かない。


 たまに遊びで牌をつまむ事はあっても、痺れる様な熱のこもった博打は、二度としたくない。



 眠らない街の片隅で、今日も誰かが生き残り、今日も誰かが死ぬ。


 僕は、もう、死にたくない。




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【2万円で女社長に買われた話】 三角さんかく @misumi_sankaku

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