30ー罪の音ー
―2020年11月8日15:17― 桜奈の死まで4時間35分
どこに向かうでもなく千葉市内を散策し、ゆっくりとした時間を過ごしていた。荷物はパーキングエリアに停めてきたバイクの収納スペースに閉まってきているので手持ちはそれぞれスマホと財布しかない。だけれども二人は幸せだった、この後死ぬことになると知っていたとも。
緑豊かな千葉公園。湖の蒼に木々の碧が溶け込んでのどかという言葉がよく映える。時折通るモノレールはゴロゴロと音を鳴らしてこの景色をより豊かなものにランクアップさせていた。ここには品種改良によって秋に咲く桜、通称[サクサクラ]が有名な公園だ。サクサクラを木の下から見上げれば、そこには息を飲むほど美しい満天の星空が広がっていた。
二人は公園内のベンチに座ってフルーツサンドを食べて二人の時間を過ごしていた。
「さっき話した夢に出てきたのさ、なんか雰囲気とか影くんに似てたんだよね。
……それにしてもなんか眠そうだね」
横を向いて笑って言う桜奈の目の前には頭のすわってない影二がいる。一週間も気を張り詰めることと楽しむことの両方に心血を注いでいたので無理もない。
ボタ バトッ
影二の頭が桜奈の肩に乗りかかりそうになるもそのまま落ちて桜奈の細い足に吸い込まれるようにポンッと乗った。膝枕をしている桜奈も疲れがたまっていたらそっと目を閉じた。
―黄金の世界―
パスッ、パスッ
足元にある水の中にはただひたすらと矢を放っている中学時代の僕がいる。そしてそこには今朝夢で見た女の子がいた。僕の思い出の中と今朝の夢の中でしか見たことのない顔だがそれ以外で見た覚えがうっすらとある。
もうこの映像が見え始めて10分は経つが互いに干渉することはない。
パンッ
気持ちの良いはじける音が鳴ったことで少年の右手に持つ弓は的から下へと向けられる。
「優しい弓だね。弓好きなの?」
中学生らしい柔らかく弾むような女の子の声。少年は驚いたように体を震わせ顔を向ける。
「一緒にやろうよ」
左手でぽりぽりと頬をかいて少年がそう言うと女の子はきょろきょろと周りを見渡してどこかに走っていった。
僕の見た夢と桜奈の見た夢が合わさっている映像だ。女の子の顔をどこかで見たことがあると思っていたがあれは桜奈のお母さんに見せてもらったアルバム、そこに映っていた昔の彼女だと思い出した。それと同時に映像を見ているとこの時のことが目の前から記憶の濁流が流れてくる様に思い出されてくる。
映像には続きがあった。
走っていった桜奈は裏から回り影二のもとに駆けよる。
「僕は弓が好きになったよ。一緒にどう?」
影二は予備の弓を差し出す。
「一緒にやってもいいの?」
「もちろん」
ポッ、スッ、サッ
慣れた手つきで矢を射っていく。
「上手いね!弓道やったことがあるの?」
「うん。小学生の時にね。でももうやめちゃった。」
二人はさっき会ったとは思えないほど話を弾ませて旧知の仲の様に長いこと弓たちと対話していた。
結局二人は見回りの先生の帰れという指示までずっとやっていた。
映像が終わると空が白く染まっていくのと合わせて僕の意識も遠ざかっていった。
―2020年11月8日18:02― 桜奈の死まで1時間50分
夢を見ていた、それも今までは忘れてしまった黄金の世界での夢を見ていたので眠っていたことはわかっていたが膝枕されているとは思わなかった。この期に及んで動揺というものはないが周りからの視線で胸が痛い。
寝る前と違い雪は止んでいたが身体は冷たい。
「やっと起きたようだね」
ふんわりと笑って僕の顔を覗き込んでいる。
夢での内容を言うか言わまいかはすごく悩むことだがとある一つの事柄だけは決めた。それを伝えるために軽くなった体を起こす。
「桜奈。」
「改まってどうしたの?」
動揺しながらも影二の気を感じ取ったようで落ち着いている。
「………………」
ビュ――――
いきなり吹き荒れた風によって音はかき消されたが声は届いたようで桜奈は泣いている。僕の胸に頭を沈めた桜奈に何回も拳のお尻でポンポンと叩いてだ。
―2020年11月8日17:50― 死まで2分
今僕らは橋の上を歩いている。ちなみに橋の名前は[名もなき橋]だそうだ。低い手すりに車通りの少ない道路は暗い。
「影くん、そろそろだね」
「そうだね。桜奈が僕の提案を受け入れれてくれてよかったよ。ごめんね無理言って」
足元が暗く見ることができないためコロコロと石を蹴る音を鳴らしながら歩いている。
「本当だよ。じゃあそろそろなんでその提案したかを教えてよ」
フォ――フ――
深呼吸をして重い肺の空気を追い出す。
「さっき見た夢の話なんだけどもさ、それはなんていうか夢じゃなくて記憶だったんだよ」
「記憶?」
「そう記憶。俺と桜奈は高校入学前に会ってたんだよ」
「フッ」
桜奈はなんですかそれとでも言いたそうな鼻で笑う嘲笑をする。
―17:51―
「ここでなんで笑う?」
「いや、影くんはやっと思い出してくれたんだなと思って。だとしても一緒に死のうっていう発想はどうして?」
「俺は忘れていた。だけれども一つ思い出したことがある。それはあの時に君と会っていなかったら僕は人生に追い詰められて自殺していた。
信じられないかもしれないけど本当なんだ。人に褒められることもなく、人と関わることができなかった。帰っても親がいなかったこともあって僕は【個】だった。僕の人生は旋律のない音楽だったんだ。だからこそ……」
もっと続きを話そうとしたが彼女の人差し指をそっと口に当てられてこれ以上話すことができなかった。
桜奈は頭を二回横に振って僕に語る。
「違うよ影くん。救われたのは私だよ。私も似たようなものだったもん!」
僕は握っている手をより強く握っていた。
桜奈を説得するときにも言ったが、タイムリープで人の生き死にが現在に影響を与えられないのならばおそらく一緒に死んだとしても僕は生きているだろう。確証のない確信が桜奈を握る手を強くしている。
僕らは足を上げて手すりの上に立つ。
―2020年11月8日17:52―
手すりの上に立つとより風を感じられて寒さが際立つ。
「なんかこの前に行ったバンジーに似てるね」
死の直前だというのにわずかな不安感すらない顔で笑っている。
「まさかあそこでの度胸試しが役に立つとはね」
僕も桜奈に負けず劣らず笑い返す。
「ねぇねぇ影くん。今から死ぬけどこれだけは言っておく」
僕が横に立つ桜奈の顔を覗き込もうとすると急に腕を引っ張られた。その直後に大きな声で桜奈は言う。
「私の分まで生きなきゃゆるさない!!」
バチャバチャバチャン
にこっとした笑顔で僕らは入水。僕は入水に失敗し目を開けることができなかった。
せめてもの抵抗として僕は心の中で伝えておく。
――今の僕を作ってくれてありがとう。さようなら、ぼくが愛したただ一人の人よ
―白の書室?―
空は白く僕の足元に広がっている海は黄金に反射している。黄金に反射している海には僕の数々の思い出が投影されているように眩しい。
ここは白の書室と黄金の世界が溶けあい融合したような世界だ。白の書室特有の体が落ちる感覚はなく黄金の世界特有の体の自由や地に足がついているという感覚があり、僕は金色の水面上を立っている。いつも通り特にやることがないので周りを歩いてみればそこには波が立って僕の記憶を刺激して別の思い出を見せる。
「渉影二君。聞こえるかい」
澄み切って水平線すらくっきり見えるこの空間で声がした。人っ子一人いないこの空間で僕は反射で後ろを向く。向いた瞬間に僕の体は落ち始めた。
今までここには僕以外は誰もいなかったが僕が目にしたのは白い長髪のあの男。凪恒二だった。彼もまた僕と同じように海に抵抗を受けながら沈んでいく。水中の中で息ができるのに鼻や口からは気泡ができて水面に向かって漂っていた。
目に映った凪恒二は不敵な笑みを浮かべて一言。
「やっと君にとっての命の音が聞こえたんだね……」
その言葉が聞こえると僕の落ちていく速度が加速し始めた。息のできたはずの海で呼吸が困難になり僕はそこで気を失った。
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