Last day
29ー古い夢ー
夢を見た。
はっきりとはおぼえていない。いや、忘れてしまったというほうが正しいだろう。
うっすらとした残り火の記憶はとても熱い。
パスッ、パスッ
古すぎる思い出は成長とともに色褪せ奥底へと沈んだ。本当はまだ濃く残っているのを知らずに……
―2020年11月8日7:52― 桜奈の死まで12時間00分
起きて頭の右に置いた腕時計を僕は確認した。
時刻は7:52を表している。残りは12時間しかない。嫌なことに人は制限が小さくなればなるほど感じ入るところが大きくなる。もちろん僕もそうだ。
重い気持ちを抱えて朝の支度を済ませると今日の目的地の千葉に向かう。
ズァ――
風の音は小さく、今日はバイクに乗りながらでも話しやすい。昨日から降っている季節外れの雪はリンリンと降っているので肌寒さはあった。
「ねぇねぇ影くん、今日変な夢を見たんだよね」
タイムリーなことに僕も夢の話をしたかったので都合がいい。
「私が小学生の時に弓道やってたのは前に話したよね」
桜奈は中学校から陸上競技を始め、それ以前は弓道をやっていた。
「今日の夢で見たのは中学生の時の忘れてた記憶だったの」
桜奈の話によれば中学生の時にちっちゃな少年を見た夢を見ていたらしい。その少年は弓を引いていてお世辞にもうまいとは言えないものだったそうだ。でも弱弱しくも堅実な弓は桜奈の心を震わせたらしい。彼女が口を開けて見ていることしかできなかったらしいがその少年が言った「一緒にやろうよ」という言葉で逃げていったらしい。
正直言って妙な話だ。
僕も似たような
中学一年生の初心者であったときに自主練で学校に訪れて弓を引いていた時の夢だ。うまくならない弓の技術に嫌々ながらも自主練で力をつけなければならないという気持ちがありつつもその弓には熱が入らなかった。ただひらすらに弓を引いていると同い年くらいの女の子が拍手しながら見ていた。目の動きや拍手のタイミングが経験者である女の子だった。この子に言われた「優しい弓だね。弓好きなの?」という言葉に返すことはできなかった。黙っていたことが悪かったのか女の子は遠くのほうに駆けていった。
僕はこの時まで弓道というものが好きではなかった。褒められたことがなかったというのが嫌いだった理由であろう。
お互いに見た夢の話をすると乾いた顔で笑って「もしかしたら高校に入る前にあってるかもね」と言われた。ありえないような話だが【今日】に来るまでに理解のできないことはたくさん経験してきたのでいまさらといったところだ。
言われてみれば女の子の声は桜奈に似ていたのかもしれない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます