28ー雪ー
―2020年11月7日10:48― 桜奈の死まで33時間4分
カランカラン
軽い音が境内に鳴り響く。休日の昼間といえど三箇日でなければ修学旅行期間でもないので人は少なくすんなりと参詣できる。
浅草寺の鈴はどこの神社よりも重く、数多ある神社の中で一番軽い音を出している気がした。
手水舎で手や口などを清めた後に僕らは本堂でお賽銭をした後に鐘を鳴らして合掌をした。僕には感慨深いものがあり瞼の裏が熱い。
「何をお願いしたの?」
にんまりとした笑みで問いかけてくるが真面目に聞いてる部分もありそうだ。
「せめて桜奈の最後の時間までずっといられますようにって」
だからこそ僕も同じようにからかうように本当のことを言った。
「桜奈は?」
「内緒。影くんにはその時になったら教えるよ」
僕が「その時っていつだよ」と軽口をたたくもさっきよりも気持ちいい笑顔で流された。
それにつられて笑う僕と桜奈の間に小さな何かが降りてきた。
「なにこれ」
僕が手を出してその平に触れてみればそれはひんやりとしていて冷たい。肌に触れた瞬間に消えるこの感覚は良く知っている。
「雪だ。」
僕がぼそりと口に出して天を仰ぐと周りの人も連られるように天を向く。
「え、雪!?」「やった~、雪だ~、雪だ~!」「おいおいまだ11月上旬だぞ」と口々に声を出して周りも驚いている。
幸い強くなりそうもない弱さの揺れる雪なのでさして問題はない。
「今シーズンの初雪早いね」
ツッコみたい気持ちがあったが軽い笑いかけをするもんだから「そうだね」としか言葉が出ない。そのせいで詰まりそうになる言葉をひねり出す。
「雪が降りながらの参拝なんてお正月の初詣みたいだね」
「うん♪」
雪と戯れる桜奈を見ていて僕は再び瞼の裏が熱くなっていった。
―2020年11月7日21:24― 桜奈の死まで22時間28分
もう一度表参道を通って耳かき屋さんなどをよった僕らはカプセルホテルに来ていた。お金が底をついたわけではなく(なんならまだ潤沢にある)桜奈が人生で一度はカプセルホテルに泊まりたいと言ったからである。
小さくも快適に過ごせる様式になっていて僕も初めての体験に驚いている。ここはホテルとしての機能以外に団らんとできるスペースが設けられていて近くには様々な漫画や雑誌、小説が置いてある。
そんな充実したスペースで楽しく過ごした後にシャワーを浴びたら僕らは各々の巣に入っていった。一昨日もそうだったが桜奈は連日の疲れがたまっているようで目がたらんと垂れていた。
巣に入って30分ほどたったころに隣にいた桜奈から声をかけられて僕の小さな根城に迎える。一人用に設計されているのでやはり二人だと手狭で簡単に体同士が触れ合ってしまう。
シャッ
そんな部屋の中、桜奈は扉を閉めて僕の上にうつ伏せで乗ってきて上目遣いで声を出す。
「影くん、私は本当に死んじゃうの?」
言っている意味は分かるが僕の思考は停止する。
「別に疑ってるわけじゃないけどもこんなに毎日楽しいと信じられないんだ。
ねぇほんとに死んじゃうの?」
僕は落ち着いて静かにこくりとうなずき返す。
その反応を見て体を反転させて今度はあおむけで僕の上で寝る。僕のだらんとしていた腕は桜奈の手によって抱きしめる手として使われてしまう。髪の毛から香る甘い匂いに普段だったら体が反応してしまいそうだが今はそんなことを考えられなかった。
抱きしめる力を強めるといつも以上に折れそうな体がひしひしと感じられた。
「じゃあ絶対にこの手を離さないで……」
眠っていく桜奈はとても軽く、僕はどうしようもなく抱きしめたまま眠っていった。
明日のことは何も決まってないが、明日のことは――……
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