19ー正しい距離ー
ジャ――キュッ
影二の凹凸の少ない背中を桜奈がタオルを使い細かく目を使って洗ってる。それはもちろん裸で……ではなく水着でだ。桜奈の細く滑らかな肌が影二の背中をくすぐり、指が背中に触れるごとに陸に打ち上げられた魚の様にびくっと精神年齢21歳の身体が振動している。シャワーが止まったせいで二人の声に広がりが生まれていた。
「凪恒二さんてあんなに気さくな人だったんだね。もっと寡黙でしっかりとしている人かと思ってたよ。でもかっこよかった!」
カコーン
小ぢんまりとした浴室の遠くのほうで桶がフロアに落ちた。
「ねぇ、確かタイムリープのどこかで凪恒二さんに会ったんだよね?そこでも今日みたいなよく話す人だったの?」
ガラッガーン
今度は遠くのほうで雷が落ちた。
「今日の凪さんは前に会った時よりもよく話してたね。あの時はものすごく落ち込んでいた時だったしね。まぁ、そのあとに桜奈を救えないと知ったときはもっと落ち込んだけどね」
「ありがとう。」
…………
室内まで聞こえるほど大きな風と建物の衝撃音は一瞬止まる。
パッパン!
静寂が訪れた浴室で軽快な二音が鳴る。桜奈が彼の背をたたき水粒が周囲に飛び散る。
「さ!次は影くんの番だよ!」
なんとも言えない顔をした影二と深い笑顔を浮かべている桜奈の位置が流れるように入れ替わり、桜奈は椅子に座ってその後ろで影二は立ち膝をついている。
桜奈の背に立ってみると意外と桜奈の背中が小さいことに気づく。僕はこんな小さな背中すら守れないのかと僕自身に落胆する僕が内にいることがわかる自分が嫌になる。
「キャッ」
タオルで背中を洗おうと僕が絹のような肌に触れようとすれば声をあげられる。
「ごめん」
「ごめんって言うならこっちのほうだよ。さぁ私の背中を洗って!」
なんかイラついたので腕を伸ばして体の伸びをした桜奈の脇を突っつくとまたも「キャッ」と叫んだ。桜奈は不満げにこちらを向くが僕はそんなこと気にしない。
「はいはい、洗うから前向いて」
水着姿でこっちに顔を見せているのでいろいろとまずい。
「そうだ、明日はどこに行くの?」
「埼玉に行くつもりだよ。全国的に有名な猫カフェがあってものすごい種類の猫がいるんだって」
「そうなんだ!すごく楽しみ♪」
「そりゃあ桜奈に楽しんでほしいからね」
「ありがとう影くん。ねぇねぇ、もう一回聞くけど影くんは何回も私のことを救おうと動いてくれたんだよね。それがすごくうれしいんだ」
話し方は普通だがその声は泣いていた。その動きは泣いていた。だとしても僕は彼女の背中を洗う行為を止めない。
「ごめんね」
「なんで影くんが誤るの!悪いのは私だよ!」
「いや、悪いとかの問題じゃないと思うんだ。この旅行を始めてから何となく桜奈と距離があると思ってた、溝があることをわかってた。でもそれを見て見ぬふりをしたし覗く勇気もなかった。だから誤るんだ。」
桜奈の髪の毛から滴れ落ちる水滴が増えていっている。
今回の旅での違和感がなかったかと聞かれればYesとは答えない程度には感じていたがその正体がこれとは嫌になる。
「私、影くんに貰ってばっかだね」
「不謹慎だけど僕のこの命は桜安に貰ったんだよ。だからこそそんなこと思わないで!」
僕はいつの間にか桜奈の柔らかいほっぺをつねっていた。柔らかくなった顔の持ち主は心までほぐされたようで、もう一度二人で浴槽に入るとさっきよりもガスの抜けた笑顔で着替えが被らないように先に出ていった。
――僕らの近いようで離れていた心はようやく0距離に戻った……いや、かつての距離以上に密接になったのかもしれない。
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