16ーめぐり逢いの館ー

  —2020年11月4日11:14— 桜奈の死まで102時間38分


 僕らは用意された鮭の漬焼きを主食とした朝食を食べてから荷物をすっきりさせて次なる目的地に向かった。

 バイクで三時間かけてたどり着いたのは草津。つまり群馬県だ。

 草津温泉街は分かれ道にくねり道の連続。道は入り組んでいて目的の温泉案内所に着くまでに時間がかかった。道中はさすが温泉街ということもあり硫黄の匂いがヘルメットの中まで入り込んできていた。

  カラカラッ

 案内所の扉は街の和のテイストに合わせて重い木の引き戸になっている。中には一つの受付に若いお姉さん一人のみで[THE・町の観光案内所]感が強い印象だ。

「すいません。二人で入りたいんですけどいい温泉ありますか?できれば旅館の近くにある温泉がいいです。」

「わかりました、混浴ですね。でしたら……」

「あっ……えっ……」

 まさかの返答で僕はみっともない声っぽい音を出している。桜奈のほうに顔は向けられないので彼女がどう思ったか伺い知ることはできないが桜奈につかまれている左腕が熱と圧迫で悲鳴を上げている。すごくそういう意味で言ったのではないと訂正したい。

 そうしているうちにもこっちの状況など見向きもせずに淡々と受付のお姉さんは話し続けていた。

「でしたらここの旅館はどうですか?」

 差し出されたのは一枚のカラーで印刷されたA4用紙。僕と桜奈は一応ながら顔を覗き込ませる。頭を動かしたときにお姉さんの笑うような鼻から抜ける息使いが聞こえた。

「ここはですね少し料金が高いのですけれども、館内に計6つの効能の違う温泉があります。そのうちの一つが混浴となっております」

 話を聞いて僕は無意識に唾をのんでいた。流石にまずいと思い、口を開こうとしたときに服が弱く引っ張られるのを感じた。

 感触のあるほうを向けばこっちを向いて赤い顔で不満そうにムゥと訴える顔。僕はその圧力に負けた。なのでお姉さんの話を終わるまで聞くこととした。

「……最後に、各部屋にも木造のお風呂があります。備えつけの水着もあるので一緒に入ることができますよ」

 畳みかける話し方のお姉さんと赤面しながらもこくりと頷く桜奈に囲まれてとてもいたためれなくなる。そんな中、桜奈の指に力が入り先ほどよりも強く服を捕まれる。確証はないが桜奈がここがいいと訴えている気がするのでいくつか質問をして話を聞いてみる。すると夕・朝食付きであり、部屋のカギを見せれば町にある系列の温泉にも無料で入れるらしい。その上、旅館なので勿論浴衣が常備しているということらしい。

 ここまでの好条件であったので僕はもう迷うことなく温泉【めぐり逢いの館】に向かうことにした。

 めぐり逢いの館に一直線に向かうこと10分。桜奈の手は僕の腕から離れたが今は指と指を絡め合わせて手をにぎりあっている。これが初めてというわけではないが彼女の小さな手を握ると、雪のような消えてしまいそうなひんやりとした手を握ると僕はどうしてもドギマギする。

 こうしていると初めて手を繋いだ時のことを否応なく思い出される。初デートもこういう温泉街だったこともあるから思い出させるのだろう。柔らかく生暖かい思い出だ。


 旅館に着いてお金を払い、受付で部屋の案内をされると僕らは指定された一室に向かった。ここでも僕らは手をつなぎ、長く大きな廊下を歩いてゆく。

  ドサッ

 左手にいる桜奈に視線が集中していたせいか、僕は右肩に人の肩ののようなものがぶつかったのを感じた。

「すいません」

 僕はすぐさま謝ったがその声は相手の声と重なって交わった。肩同士がぶつかるほどの似た体格、聞き覚えのある声色、後ろで縛られた長い白髪。

「あぁ!」

 この状況で僕よりも先に声を上げた。無理もない。僕もファンだが桜奈のほうが僕が嫉妬するほどに熱烈なファンだ。

「凪恒二さん!お久しぶりです!」

 なぜここにいるのかなど聞きたいことは山ほどあるけど一番最初に出た言葉は旧知のともに会ったような挨拶だった。

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