10ー出航ー

  ―2020年11月3日14:56― 桜奈の死まで112時間56分


 二人は近くの町で服を買い、急いで宿に戻ってきた。なぜならとある体験をすると予約してあったからだ。まだ何の体験をするかは桜奈に言ってないので影二は悪役のようにグフリとにやけている。

「お帰り。準備できてるよ。ほぉら、これに着替えておいで」

 宿に戻って早々に女将さんから声を掛けられ、影二は二人分の黄色いベストのようなジャケットと白い水着を手渡された。黄色いベストは空気を入れて使うライフジャケットだ。

 二人はそのまま部屋に戻る。部屋に行くときに何度も「何するの?」と聞かれるも「まだ内緒」と焦らしていた。334号室に着くと影二は室内の風呂場の脱衣所で桜奈は部屋の真ん中で手渡された衣服に着替える。

  ガチャッ

 影二が桜奈の着替えが終わったのを見計らい脱衣所の扉を開けて外に出てみれば、彼が目にしたのはなんとも見目麗しい彼女。水着を着ているせいでというか、おかげでと言うべきか体の線が浮き出ていて影二は無垢な目で見とれてしまっている。胸元はライフジャケットを着ているために線が出ていないがそれより下ははっきりと見える。引き締まったウエストから始まるキュッポンに足はスラーっと流れていてこの上ないプロポーション。影二は不覚にも頬を赤らめ、鼻の下はわずかに伸びて、桜奈に気づかれない程度にだらしない顔を晒している。だが顔の回りには花が咲いているように穏やかな顔にも見える。

 そんな顔をつかの間、影二は軽く顔を振って言葉を贈る。

「水着似合ってるね!さぁ、行こっか!」

 二人は窓を閉めて、スマホ等の最小限の荷物を持って軽い足どりで下の階に降りていった。


 影二らは一階まで降りると外へと案内されたので海の方に歩いて背の高いおじさんの近くまで進んだ。どうやら宿舎の宿主らしい。

「今日は午後の予約が君ら二人じゃあからもう始めようか、カヌー体験!」

 宿主からカヌー体験のことを告げられて、影二はすぐさま企んだ顔で桜奈に振り向く。

「ぁぉぁぉぁぉ……」

「あ」とも「お」とも取ることのできる漏れ出ている低音の悲鳴が影二の口から出る。影二の顔はムンクの「叫び」のように白く頬をひきつらせていた。

 それもそのはずであり、影二が振り向いて桜奈の顔を確認しても彼女の顔は一片の変化もなく、知ってましたよ、と顔が物語っている。

「ごめんね、知ってたよ♪」

 桜奈の口から出た言葉は具現化されて押し付けられたかのように影二を圧迫する。桜奈はライフジャケットの胸の側面部に書いてある[カヌー用]の文字を指差して、してやったりの顔は更にニンマリ笑顔に変わっていく。

 しょんぼりする影二に対して宿主は気の毒に思ったのか大仏のような笑顔で微笑んで影二の肩に左手を置いてもう片方の手はグッドマークを作っていた。

「気持ちはわかるぅわ。だけんども日ぃ暮れると危なぁからそろそろカヌー体験を始めようか」

 影二は顔を戻してナチュラルな状態に、桜奈は目を輝かせていた。


 桜奈に気づかれないように動いていたのにとんだ失敗だった。でも、顔を見れば喜んでいるのは一目瞭然だ。7回目のタイムリープで一緒に動画投稿サイトにUPされた動画を視聴していたときに「カヌー面白そうだよね。前からいつかやってみたいって思ってるんだよね」と笑いながら語りかけていた。このことを覚えていたため今回の旅行に組み込んだ。

 そんなことを考えていると軽い説明が終わってもうボートに乗ることとなる。

「俺は海には入らないから二人で楽しんできな。一応ここから見守ってるよ」

 宿主さん青と赤、それぞれ一つずつのボートに僕らの視線を誘導した。桜奈が青、僕が赤のボートに足を突っ込む。

「うゎぁ」

 桜奈がベタな声をあげる。でも、その声を出すのも頷ける。地上のどんな乗り物とも違い、簡単にバランスを崩しそうだがそれが新感覚でまだ入江なのに既に楽しい。

「さぁ、広い海に漕ぎ出しな!」

 宿主さんにボートを押されて僕らは広いような小さい海にたった一つのパドルを持って打ち出された。

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