5ー生足ー

  —2020年11月2日16:37— 桜奈の死まで135時間15分


 僕らは湯の中にいた(足だけ)。体の一部とはいえ心が落ち着く。

「あ~、気持ちいいね~」

「そうだね~、とけちゃいそ~。影くんの顔、だらしな~い」

「そんなこと言ったら桜奈もだよ~」

 僕ら二人はみっともなく顔が弛緩している。桜奈の周りには花が咲いていてとてもかわいい。あと、湯に入るために桜奈の生足が出てくれたおかげで眼福以上の眼福だ。プルプルの太ももの筋肉はゼリーみたいで、触らなくてもわかるきめ細かい絹ごし豆腐みたいな肌。鍛えられたパンパンに詰まっているふくらはぎは小高い丘のようで産毛すらないので美の結晶そのもの。つまり至高。

「そうだ、明日は新潟に行こうかなと思ってるけどいいかな?」

「え、新潟行くの!?」

 桜奈のふやけた顔がきりっと引き締まって目をぎらぎらとさせている。

「ごめん。まずかったかな?」

「いやいや、嬉しくてね。新潟って前に一緒に見に行った映画の舞台だよ」

 桜奈には悪いが覚えていない。

「あー、あれね。新潟だったっけ?」

 ジト目で睨まれている。不服にも桜奈にはバレているようだ。

「いやいや、覚えているよ」

「私は何も言ってないよ」

「あ。」と漏らしたのが運の尽き、もう弁解の余地はない。

「はぁ~、覚えてない?[August]だよ。今思い返すとあの作品は今の状況からそう遠くないね。あれだよ。あらすじは、そう……」

 実際に見た内容はほとんど覚えていなかった。

 桜奈からあらすじを聞いたことが悲しくもそれが吉と出たのが凶と出たのか今の僕に判断はつかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る