2ー白馬ー

  —2020年11月2日14:26— 桜奈の死まで137時間26分


 上田から約二時間かけてたどり着いたのは長野県北西部にある白馬村だ。1998年に行われた冬季オリンピックの開催地である。その時に使われたジャンプ台を見たいという二人の意見が合致したので一日目は白馬に来た。今はそのジャンプ台の真横にある駐車場に降り立ったところだ。

「涼しいね、影くん!!」

 標高約2000m。周りを森で囲まれた村。涼しいというよりも寒いというのが僕の本音だ。

「確かに涼しいね!それに何といっても空気が気持ちいいよ」

「影くん、写真撮ろ!写真!」

 被写嫌いであった僕は銭湯で撮った四人の写真で[写真]に対しての僕の偏見は変わっていた。なので白馬に来る道中で桜奈に一枚でも多くの思い出を形に残したいと伝えてあった。桜奈は考えに賛同してくれたようでおもむろに右ポケットからスマホを取り出しインカメにする。さすがはJK。そこまでの流れが滑らかだ。

 パシャッ、パシャパシャッ、パシャッ

 すかさず桜奈は写った画像にすぐ加工を入れている、笑いながら平然と。

 僕はやることがないので、綺麗な目鼻立ちや突けば跳ね返るような頬に可愛らしい涙袋が際立つなぁ、なんて思ってみる。

 加工された写真はウサギの鼻と耳つけられたこと以外に僕に変化はなかった。桜奈の部分には目を大きくしたり肌をわずかに赤くしたりなどJKらしい多種多様な変化がされていた。

「影くん行くよ!リフト止まっちゃう!」

 何かにハッキングされたかのように急な行動の変化。さっきまで写真をいじっていたとは思えないほどアグレッシブだ。

「これじゃあどっちが彼氏だかわかんないよ」

「いいのいいの♪」

 僕らは足早にリフトチケット売り場に向かっていった。


「二人で920円ね~」

 お金を払おうとする桜奈を押しのけて気のよさそうなおばちゃんにお金を渡すとリフト売り場まで案内された。流れてきたのはリフト…ではなく緑色にペイントされた個室のゴンドラだ。

 目の前のお客さんが乗り込んで次は僕らの順番。

 桜奈の方を見れば右手で髪をかき上げて耳が見えるようにしている。こんなことは言いたくないがこの仕草は面倒くさいときのヤツだ。これは甘えたいと思っているときにする行動で、たまにしかやらないからいいものの対処を見誤ればとんでもない厄災を周囲にまき散らす。これには思わずちょっとだけ顔を歪めてしまう。

「次の方どうぞ」

 僕らだ。この甘えたい症状によく効くワクチンは僕の王子様っぽい行動であると長い交際の中でわかっている。今考えても『思春期のあの頃によくもまぁやったな』と僕に思わせる行動で彼女の欲求を満たしていた。簡潔に言って非常にキツイ。だがそれ以外に方法もないので先に僕がゴンドラ内に入り、右手を差し伸べてこう言った。

「どうぞお手を。足元にお気を付けて」

 恥ずかしすぎてどっかに行きたい!!周りにいるスタッフさんたちは唖然としたり笑ったりしている。特に大学生くらいのお兄さんは手で口を隠して声まで出して笑っている。我関せずと手を引かれて僕の領域に入ってきた桜奈が羨ましい。

  ドタンッ!

 僕らのことを見かねてか、他のお客さんの時よりも早めにスタッフさんが扉を閉めた気がする。閉められてから気づいたが、密室に年頃の男女が二人というのは理性的にまずい。

「影くん!見て!外すごくきれいだよ!」

「いや、いいや。上からの景色を第一に見たいし、帰りのゴンドラでも見れるからね」

 窓があるからいいもののなければ今にもゴンドラから身を乗り出しそうな体勢であり、どぎまぎしているこの感情さえ吹き飛ばしてくれる。僕の彼女はそんなとても無邪気な人だ。そう、誰よりも子供っぽく甘えん坊な女の子、それが僕の彼女山城桜奈だ。

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