第五章 ー新たな半直線ー
day1
1ー旅立ちー
—2020年11月2日12:04— 桜奈の死まで139時間48分
翠から褐色へと変化する木々の紅葉は二人の門出を祝福している。
影二は全身白を基調としたコーデをまとって桜奈の家の前にいた。大きめのバイクを横につけ立っている。手荷物は財布、鍵、ビニール袋、そして今着ている衣服と明日着る予定の衣服のみだ。
影二は先ほど父親の会社の社長室を出るときに父である幻郎から話を受けていた。内容としては大きく分けて二つ。一つは影二のためにとお金をためていた影二名義の通帳(約500万)を渡すということ。もう一つは荷物がかさばるから服は現地で買うようにしてということであった。
「ごめん、おまたせ」
桜奈はバタバタと慌てながら家を出てきた。一緒に桜奈のお父さんも出てきた。桜奈は影二からの連絡を受けて最低限の荷物のリュックを背負っておめかししている。
「影二君、待たせて悪かったね。母さんを説得するのに手間取ってしまって遅れてしまった。先がないとはいえ、桜奈をよろしく頼むよ」
そう言うと影二に近づいて手を握り、ドスのきいた声で「手出したらただじゃ済まさないからね」と微笑み、家の中に戻っていった。
「桜奈、はいこれ」
手渡したのはヘルメット。恥ずかしながら僕がいつか二人で旅行する時にと準備して某通販サイトで購入して温めておいたものだ。
「ありがとう。それでどこに行くの?」
「あ……」
決めていなかった。二人で過ごせればどこでもいいと思っていたため何も考えていない。
「えーっと、乗りながら決めよっか」
何も考えていなかったのが顔に出ていたらしい。
「ごめん。じゃあ、後ろに乗って」
差し伸べた手を引っ張って真後ろに乗せる。僕の体に腕を回して桜奈はしがみついていた。ほぼまな板とはいえ女の子だ。背中に柔らかい感触があるのは言わずもがなだ。
「なんか変なこと考えてない?」
「いやいやいやいやいや……」
とっさに手を振る。女の感はすさまじいものだと実感させられた。まだ始まっていないが僕らの……いや、僕の旅の先が思いやられる——
「そんなことはいいとしてまずは北の方にいかない?」
「オッケー!私は影くんと一緒ならどこでもいいよ!」
——いや、意外と何とかなりそうかもしれないな。
北に向かうわけなので僕らは高速道路で走っている。バイク上だと風音などで上手く話が聞き取れないので話すことはなかった。僕としては後ろにいるというだけで幸せなので運転中にそれ以上は求めない。だが一つ目のパーキングエリアを過ぎたころに桜奈から話しかけられた。
ズァ――――
「影くんはさ、私のどこが好きなの?」
突然の質問に思わず体勢を崩して蛇行運転し、後ろの車にクラクションを鳴らされる。
ズァ――――
「大丈…夫?」
「いや、大丈夫?はこっちのセリフだよ。ごめんね、そんなに動揺すると思わなくて」
「どこだろうね。他人のことを自分のこと以上に頑張れることかな」
背中でびくっと動くのが感じられ、その後に「あと、誰よりも自分のことについて正直でかわいいところかな」と言うと桜奈の体温が上昇するのがわかった。
ズァ――――
「なんて言ったの?もっと大きな声で言って」
桜奈が照れながらそんなことを言うもんだからこちらまで恥ずかしくなってきた。今はこれまでのどんな時間以上に高校生らしい青春を送れていると確信を持って言える。
…………
「ありがとう」
風音が弱まりつぶやくように言ったたった五文字の言葉は僕の心に響く。続けて「大好きだよ」と言うものだから僕は桜奈だけに届くように「俺もだよ」と……。
二人の旅は始まった。この旅の先に二人がどんな回答を出すかはわからない。たった7日、されど7日。二人の時間は濃密にそれぞれの人生を彩っていく。
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